サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「カッターナイフ」

それは無駄な

悪あがきというやつで

私はいつまでも

携帯が青く光るのを

唇をかんで待っている

鳴らない電話に

不意に光りと音が

よみがえるのを

私は平凡な生活の

様々な場面で待っている

あきらめられない魂が

この胸の奥に

いつまでも熱い光りをたたえている

 

あらゆる恋は錯覚から始まりやがて終わる

温度が急激に下がっていくときの

物哀しい音階を 私は忘れたことがない

ピアニッシモからフォルテッシモへ

心臓の音が

やみくもに高鳴っていく

顫えることを忘れた携帯電話

私は故障を疑ってみるが

それは春に買い替えたばかりで

艶やかに輝いている

 

その錯覚があまりに甘美であるために

私たちは道を踏み誤り

奈落へ足を滑らせる

風の強い一日

つないでいた指先がほどけるように

心と心の剥離が起きた

そして視界はふさがれる

漆黒の闇が

私の心に冷たい蔽いをかける

詩作 「国境線の突破」

金網越しに

まぶしい太陽が見える

熱い風がカラダを包んではなさない

喉が渇いて死にそうだ

記憶が飛びそうだ

この国境線の金網が

いつまで経っても俺とあいつを隔て続けるんだ

 

車は大破してゴミの塊だ

眠れない夜はマリファナタバコが肺を焦がす

ハンドルを握りすぎて指の皮がボロボロだ

俺たちは苦しい毎日をずっと送ってきた

そろそろ救われたってバチはあたらねえだろ?

 

この金網の向こうに

あいつは暮らしてる

常夏の太陽のしたで

気ままに後家暮らし

指を立てて

爪を立てて

金網を攀じ登るけれど

吸い込んだ陽射しの熱さで

火傷しそうだ

だけど火傷なんかにかまってられない

苦しいけれど弱音は吐かない

俺にはもう

時間が残されていない

この金網の上に

真昼の太陽が辿り着くまえに

詩作 「ワット・オーム・ボルト・アンペア」

稲妻がひらめく

暗い夕空を鉤裂きに

光りが渡る

突然の雨に慌てふためいて

あなたは軒先に隠れる

何を売っているのだか知れない

個人商店の雨樋のおと

 

都会の孤独は深刻だ

あなたはいつまでもそれに慣れることができない

迷宮のような地下鉄を乗り換えるとき

あなたはいつも後ろを振り返って

息を殺した刺客をさがす

行方の知れない電車に乗って

あなたはガラスに頬をはりつける

夕立は劇しく

側溝は泥水で濁っている

 

この広すぎる世界で

あなたの願いはたったひとつ

叶えられない願いがひとつ

その美しい唇で

呪文のように願いを唱える

 

どこにいるのでしょうか

わたしはだれをさがしているのでしょうか

降りやまない雨

途方に暮れた顔で

あなたは呟く

 

そのときわたしはあなたと初めて眼が合った

いやほんとうは初めてではなかったけれど

そうやってまっすぐに視線がぶつかるのは初めてだった

電流が空を劈いた

雨音が消えた

電車の騒音も

人々の溜息も

停電のように鮮やかに消えて

思わず伸ばした手に

あなたの冷えた頬が触れた

 

心臓が走り出したように強く脈打つ

カラダのなかの空気があふれそうになる

ねえ前からこうなりたかったんだよ

隠して抑えて殺していたけれど

唇は霧雨に濡れている

準備は整っていた

愛することがわたしのなかで急に音を立てて重みを増す

サイドブレーキは壊れた

ラクションが鳴りひびく

混みあう横断歩道のまんなかで

わたしのココロが

あなたのカラダにようやく追いついた

詩作 「幸福な星の物語」

好きであることは

様々な苦しみを呼び寄せる

魔法のようなもので

私たちは時にその変動に戸惑う

(好きであることは我々を混迷に導く)

私たちの感情は常に劇しいアップダウンをくりかえす

「さよなら」と「離れたくない」の

はざまで

私たちは透明に呼吸している

(好きであることは自己完結性を拒む)

昨日まで

逸らすこともできなかった眼差しが今日

不意に背けられる

 

哀しみはいつも

私たちの足もとを

冷たく濡らす

(それはまるで罪悪のように我々を虐げる)

あなたのいない風景に

あなたのいる風景が重なって

私の涙腺は開放される

(それがまるで無意味な現象であることを我々は経験的に熟知している)

別れは思い出を残骸にかえて

涙を自己満足に堕落させる

別れのとき

私たちの涙はいつも

自己憐憫のためにのみ流される

(それは愛情ではなく自慰行為である)

あなたの顔が

ぼやけるのは

重たい哀しみが

私の眼を

私自身の心臓に向けさせるからだ

 

幸福な季節が

静かに不意に

おわりをむかえ

私たちは冷たい風に

身をすくませる

すべては錯覚の累積だったと

過ぎ去った日々は

一斉に口をそろえる

それでも私たちの本能が

欲望と愛情を忘れることはない

旋律はつねに鳴り渡りつづける

この高らかな旋律は幸福な星の讃歌なのだから

 

別れても別れても

新しいきずなが

あちこちに日々

繰り返し芽生えて

土をかぶせるひまもない

私たちは刻一刻と新しい恋に落ち

眼がくらみ

耳が遠くなり

魂だけがヒーターのように紅くかがやく

無数に掘られた

墓穴へ落ちるように

私たちは刻一刻と違う誰かを好きになって

想いをかきたてられて

切なさのあまりに

ナイフのような言葉さえ

振り回しかねないのだ

あなたが好きですと百回告げても

だれも驚かない

この美しい

幸福な星のうえで

私たちは毎夜

新しい誰かの

柔らかい裸体にかぶさり

優しく交わるのだ

喘ぎが旋律となって

夜空へ展がるように祈りながら

詩作 「スイッチ」

責めても無駄でしょう

誰かがそれに触れたのですから

ブレーカーが落ちるように

使用量が容量を超えたのです

あふれだしてしまったのです

覆水

盆に返らず

掌を返したように

あなたは顔を背けます

その横顔に

水銀灯の光がにじむ

 

心変わりという

美しい言葉

昔の人も

私と同じ

とまどいのなかで

この単語を発明したのでしょう

使い勝手のよさで

爆発的に普及

今夜もすべての街角で

この言葉が

それぞれの心の虚に

蝉の声のように響き渡る

 

もう必要ではなくなりました

需給のバランスは崩れました

あなたは遠くへ行くのでしょう

空の広さに憧れてしまったのだから

畳んでいた翼に

爽やかな風を感じたのだから

もう迷う必要はない

あなたは高らかに空を飛べる

そして私は

地上に取り残された

信号機のように

遠ざかるあなたの影を

見送っている

風雨があなたを襲い

太陽が闇に没したとしても

あなたが振り返ることはない

あなたの翼は

この大空の

透き通るような風をとらえたのだから

 

行けるかぎり

あなたは飛ぶのでしょう

だから私も

あなたを忘れて

纜をほどき

明日の方角へ

静かに漕ぎ出します

詩作 「親子」

それは

互いに分かり合えないものを指す

隠語です

憎しみの類義語です

友情の対義語です

友人はとりかえられる(しかも随意に)

腐れ縁は途切れない

古いゴムホースみたいに

民法的規定にこだわり続ける(旧弊)

女は捨てられるが(きちんと謄本に×がつく)

これは切断が難しい

顔面を整形して

放浪の旅に出ても

役所の倉庫には

彼らのパソコンのなかには

永遠に遡れる履歴が

つねに残っていて

皆様のアクセスを(照会を)

お待ち申し上げております(悪用しないで下さい)

 

抵抗すれども

流れる血まで

取り替えられない

透析で洗っても

水源は変わらない

運命を呪うのは

愚かしいことです

あきらめなさい

あんた最近

ほんとうにお父さんによく似てきたね(平和な食卓)

詩作 「声が聴きたくて」

さびしいという言葉が

何故あるのか

さびしいという感情が

何故あるのか

ときに私たちは見失う

重力が

世界を地上に繋ぎとめるように

何かが私たちを

引き寄せあい

遠ざかることを禁じる

さびしさの痛みが

胸の奥をえぐるとき

私たちは世界から浮き上がり

月と星の昊へ近づいている

 

電話が鳴り

私の心臓は

そのコール音にあわせてふるえる

私は怯えているのだろうか

喪失の予感に

失われるという定めに

なぜ

失う前から

私たちは

懼れてしまうのだろう

時間という尺度に

依存しているせいで

私たちは日に日に

喪失の予感が重たくなるのを感じる

未来に関する計算が

多すぎるのだ

私たちは明日の奴隷のように

線路の先ばかり

みつめている

 

足りないものを求める

補えないものを欲しがる

存在しないものを夢見る

別れた恋人に焦がれる

私たちの

欲望は

いつまでも

矛盾だらけで

埒のあかない問題にばかり

首をつっこむのだ

得られないものが愛しい

得られないものだけが

私たちを誘う

口笛のように

軽やかに

執拗に