サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

思索

Cahier(引き続き「ロリータ」・読書における一方的な信頼)

*先月からずっと、ウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」を読み続けている。新潮文庫で漸く400ページの背中が見え始めた。ビアズレーという大学町での暮らしを引き払って、再び二人の壮大な逃避行が始まったところ、いよいよ本格的に不穏な臭気が漂い始…

Cahier(「正解主義」・誤答・恐怖・奴隷)

*自分の外部に絶対的な「正解」が予め存在していると信じ込む態度を指して、私は「正解主義」という用語を提案したいと思う。 正解主義者は、自分の内部に絶対的な規範や、譲れない信念というものを持たない。或いは、持っていても信じ切ることが出来ない。…

Cahier(方法・価値観・守破離・相転移)

*或る組織に属して労働に明け暮れる。年数が経ち、春が来る度に真新しい心身を携えた後輩が現れる。その繰り返しで、組織の新陳代謝のリズムは保たれ、旧弊な慣習にも徐々に罅割れが生じていく。 或いは、子供が生まれる。夫婦だけの静かな生活に、喜ばしい…

Cahier(三毒・懲罰への欲望・感情の制御・排除の論理)

*今日、と言っても日付が改まったので昨日の話ということになる。職場で少し腹立たしいトラブルがあり、久々に厳しい口調で通達を発した。些細なミスの積み重ねが生み出した状況に過ぎないことは確かである。私の指導と監督が不充分であったことも認める。…

Cahier(正義・愛情・無底性)

*随分と昔に書いた「『正義』と『愛情』は相容れない」という表題の記事が、何の因果か、この「サラダ坊主日記」の注目記事の欄に突如として姿を現し、数日間、その状態を維持している。表題だけは漠然と覚えていたが、どういう中身の文章を書いたのかは、…

Cahier(ラピュタ・宮崎駿・自然・人間)

*仕事を終えて十時過ぎに帰宅し、テレビの電源を入れると、金曜ロードショーで「天空の城ラピュタ」を放映しているところだった。 金曜ロードショーで、スタジオジブリのアニメ映画の再放送に出喰わすことは、少しも珍しい話ではない。子供の頃、母親がVH…

Cahier(解散・改革・希望・ポピュリズム)

*本日付で衆議院が解散した。総選挙の投開票が十月二十二日に設定されると共に、テレビ画面の向こうに広がる政治の世界は大荒れの様子だ。東京都の小池百合子知事が「希望の党」の代表に就任して結党会見を開き、離党者の続出でゾンビと化した民進党の前原…

Cahier(大人と子供・愛の飢渇)

*偶に自分の幼少期のことを思い出す。自分がどういう経緯を踏まえて現在の状況や人格に辿り着いたのか、その流れのようなものを時折、辿りたくなるのだ。それは必ずしも感傷に耽る為ではない。そういう側面が一切存在しないと言い張る積りはないが、その渦…

Cahier(ヨーロッパ・近代・小説)

*最近は専ら海外の小説を読むことに、乏しい読書の時間を充てるように意識している。ウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」を舐めるようにちびちびと読み進めながら、日本語のみを理解し、一度も国境線を跨いだ経験を持たない、生粋の島国根性の持ち主とし…

Cahier(ロヒンギャ・人道的危機・世界宗教)

*夜の十時過ぎに仕事から帰宅して、夕食の仕度が整うのを待ちながら、普段と同じ習慣に則って「報道ステーション」を見ていたら、ミャンマーで起きた大規模な人道的災害に関するニュースが流れていた。ビルマ語を操る仏教徒が人口の大半を占めるミャンマー…

Cahier(高野山・空海・虚構性・他者の「無答責」)

*先日、珍しく土曜日に休暇を取り、母親と弟夫婦を自宅に招いた。夕方からは、地元の神社の祭礼があり、近くの通りは歩行者天国と化して、道に沿って一面に露店が軒を連ねた。台風の影響で弱々しい雨が降っていた。 子供を風呂に入れた後で、居間のソファに…

Cahier(ナボコフ「ロリータ」・今後の読書計画)

*最近は仕事に追われつつ、専らナボコフの「ロリータ」(新潮文庫)をちまちまと読み進めている。現代文学の古典の一つに数えられる「ロリータ」は、その性的な内容ゆえに当初は出版が難しく、結局はフランスのオリンピア・プレスという、ポルノグラフィの…

芸術と記憶(あるいは「祈り」)

芸術とは「記憶」の異称ではないだろうか。 芸術は、一瞬を永遠に変えたいという欲望に貫かれている。或る瞬間の出来事を永遠に記録しておきたいという欲望だけではない。つまり、単なる事実の記録だけに留まらない。失われてしまった何かを再び甦らせ、明瞭…

Cahier(小売業渡世・心筋梗塞)

*六日連続の勤務が今日で終わり、漸く人心地がついている。六日連続くらいで大袈裟に騒ぎ立てる積りもないが、立ちっ放しの仕事なので、躰の節々が何となく重たくなってくる。特に「通し」と言われる、朝から晩までのシフトで入る日が続くと、睡眠時間の確…

Cahier(禅僧への憧憬・国宝「瑞巌寺」・金閣の俗臭)

*娘を寝かしつけて、夕飯の準備が整うのを待つ間、NHKの「日曜美術館」を漫然と眺めていた。番組の最後に流れる、全国の様々な展覧会の御報せの中に、「正受老人と白隠禅師」(飯山市美術館特別展)が混じっていて、眼を惹かれた。 私には美術に関する知…

Cahier(カミュのヒロイズム・仙台旅行)

*先日、アルベール・カミュの「ペスト」を読んだ感想を記事に纏めて投稿したところ、以前から、そのブログを拝読させて頂いているid:filmreviewさんから、印象的なコメントを頂戴した。 私はカミュの「ペスト」を、ヒロイズムに対する否定の身振りとして捉…

Cahier(七十二回目の終戦記念日・「記録」の重要性・米国の年老いた戦闘機乗り)

*昨日は七十二回目の終戦記念日ということで、先の大戦に関連する報道番組が数多くテレビの画面に映し出されていた。夜にはNHKの総合テレビで「本土空襲」と銘打ち、太平洋戦争において米軍が展開した、日本に対する本土空襲の実態を解明するドキュメン…

Cahier(知識の偏り・詩作)

*銘々の人間が、個人的な興味を懐く対象というのは様々であり、同じ動物好きでも、犬好きや猫好きや鳥好きや熱帯魚好きなど、その愛情の矛先は多様な領域へ向かい得るものである。そういう関心の持ち方というか、精神的な志向性のようなものの偏り、特徴は…

Cahier(悪夢・離婚・未熟・カフカ)

*先ほど、寝つきの悪い子供に寄り添って眼を閉じていたら、疲れに誘われるように知らぬ間に眠りに落ちていた。そして、久々に悪夢を見た。妻から別れを告げられる夢だった。理由は分からない。詳しい経緯も、具体的な科白も、早くも記憶の彼方に霞み始めて…

Cahier(夏・花火大会・ファミレス・交通事故)

*八月に入ってから仕事が忙しく、なかなかブログの更新に着手する余裕を確保することが出来なかった。カミュの「ペスト」を読み終えたら、纏まった感想記事を認めたいと考えているのだが、未だ300ページにも達していない。なので、断片的な雑録を書き記…

Cahier(アルベール・カミュ、ミラン・クンデラ、新入社員、ドラゴンクエスト)

*フランスの作家アルベール・カミュの小説「ペスト」(新潮文庫)を読んでいる。未だ200ページ弱の段階なので、纏まった感想を綴れる状態ではない。翻訳が、日本語として熟していなくて、意味を追うのに難儀するが、余りに滑らかな日本語であっても、却…

「勇気」に就いて

勇気を持つことは、誰にとっても簡単な行為ではない。勇敢であること、様々な艱難を懼れないこと、不安や絶望に呑み込まれないこと、あらゆる先入観を信じないこと、これらの崇高な資質は、万人によってその意義を承認されながらも、実践の現場においては様…

芸術と「quality」

芸術というジャンルが特殊であるのは、それが如何なる意味でも「クオリティ」(quality)が総てであるという苛烈な構造的条件に貫かれているからではないかと、私は思う。 芸術という人間にとって根源的な営為が、商業的な原理に巻き込まれることが何ら珍し…

「苦悩」に就いて

幼い頃、私は真面目な優等生というタイプの人間であった。幼稚園に上がるか上がらないかという頃から、公文式へ通わされていた御蔭で、小学校に上がってから暫くの間は、勉強に躓くということがなかった。テストは満点を取るのが当たり前で、先生や級友の保…

「個人的な辞書」に就いて

生きることは思い出すことに似ている。生きているだけで人間の頭脳には重油のように記憶が溜まり、時に醗酵し、時に蒸発する。生きることは記憶を積み重ね、その網目を複雑な紋様にまで高めていくことだ。そうやって人間は生きることに慣れ親しんでいき、一…

「孤独」に就いて

世の中には「孤独を懼れるな」という激励に満ちた言説が飛び交っている。実際、孤独そのものを懼れても無益であることは確かな事実であり、多かれ少なかれ、人間が孤独という止むを得ない状況に呑み込まれることは少しも奇態な現実ではないと言うべきだろう…

「プライド」に就いて

「自信を持てない人ほど、プライドが高くなる」というのが私の個人的な見解である。自信というのは文字通り「自分で自分を信じること」を意味するが、自分で自分を信じられない性格の人間は往々にして「他人の評価に基づいて自分自身を信頼する」という迂遠…

「決断」に就いて

決断することは常に難しく、多くの危険を孕んでいるものだ。決断するとき、私たちは綿密な熟考を経ている場合もあるし、単なる素朴な思い付きだけを足掛かりに選んでいる場合もあるが、何れにせよ、決断が困難であることには変わりがない。綿密な検討を積み…

「卑屈」に就いて

自分で自分の人生に責任を持つことを拒むと、人間は必ず「卑屈」になるか、或いは「虚勢」を張るようになる。自分で自分を信頼することが出来ないという精神的状態は、自分の人生に自分自身の判断で責任を取ろうとせず、総てを外在的事象の結果として捉えよ…

「正論」に就いて

「正論」は凶器のようなものである。無論、これは一種の極論に等しい命題だ。如何なる正しさとも無関係に、己の実存を歩み続けることは簡単ではない。如何なる正しさも肯わないままに、自分の人生を切り拓いたり、苛酷な試練に挑戦したりすることは不可能で…