サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

文学

抽象と断罪 三島由紀夫「午後の曳航」

三島由紀夫の「午後の曳航」(新潮文庫)を読了した。 この作品に限らず、三島文学の普遍的な特質と言える要素なのかも知れないが、今回「午後の曳航」を通読して改めて感じたのは、その文体や構成の根本的な「明晰さ」である。様式美と言い換えてもいい。三…

書くことで癒やされるものがあるのならば

今、僕は語ろうと思う。 もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。(…

方法と主題

文学作品を論じるに当たって、表題に掲げた「方法」と「主題」は相互に対立する観念として峻別されることがある。無論、一つ一つの作品が何らかの「方法」と「主題」の複雑なアマルガムとして形成されていることは明白な事実なのだが、何れの観念を重視する…

「少年性」をめぐる惨禍 大江健三郎「飼育」を読んで

大江健三郎の芥川賞受賞作である短篇小説「飼育」を読み終えた。 作家の初期の傑作長編小説として名高い「芽むしり仔撃ち」にも通底する独特の空気を湛えた、この美しい小説は、独自の文体を駆使して、無垢であると同時に淫らで狂暴でもある「少年」の心理と…

境界線の彼方へ 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(第3部 鳥刺し男編)

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」(第3部 鳥刺し男編)を読了した。 この錯綜した筋書きを持つ長大な物語の概要を、何かしらの理論的な構図の中に縮約して織り込めるという自信は、少なくとも現在の私の持ち物ではない。敢えて私見を述べるならば「未整…

「書く」という営為は、一様ではない

チェコに生まれ、後にフランスへ亡命したミラン・クンデラは、「小説の技法」(岩波文庫)という極めて刺激的な文学論の集成に収められた「六十九語」という興味深いエッセイの中で、小説家と呼ばれる人種の厳密な定義を試みている。この定義はそのまま、ク…

経験的現実の解体 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(第2部 予言する鳥編)

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」(第2部 予言する鳥編)を読み終えた。 読後の印象としては、長い物語が漸く具体的に、本格的に動き出したという感じである。一巻を通じて緻密に、慎重に、丁寧に整えられていった物語の基盤が、語り手の妻であるクミコ…

日常性を蝕むもの 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(第1部 泥棒かささぎ編)

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」という長篇小説の第一巻「泥棒かささぎ編」を読了したので、感想の断片を書き留めておく。 尤も、この「泥棒かささぎ編」を通読したのは、今回が初めてではない。遡ること十数年前、私が未だ中学三年生だった頃の、高校進…

視線の政治学 安部公房「他人の顔」に関する試論

安部公房の「他人の顔」(新潮文庫)を、十余年越しに読み終えた。 大学一年生の春に買い求めて途中で投げ出し、それきりずっと私の小さな書棚に埋没を続けていた一冊を、改めてきちんと通読することが出来たのは、ささやかな歓びである。折角の機会なので、…

近代化の原理 2 (ミラン・クンデラ「小説の技法」に導かれて)

ミラン・クンデラの「小説の技法」(岩波文庫)を読了したので、感想を書き留めておく。 現代文学の最も重要な牽引役の一人に計えられ、フランツ・カフカの熱心で雄弁な擁護者としても名高いチェコの亡命作家ミラン・クンデラの手で綴られた、このカラフルで…

「絶望の螺旋」を突破せよ 乾石智子「魔道師の月」

乾石智子の「魔道師の月」(創元推理文庫)を読了したので、感想を書き留めておく。 前作の「夜の写本師」(創元推理文庫)にも共通して指摘し得ることだが、乾石智子という作家がファンタジーの体裁と様式を借りて執拗に追究している主題は、象徴的な言葉と…

近代化の原理(再び「燃えつきた地図」について)

安部公房という作家は、「都市」と「沙漠」の双方に強い関心を有していた作家である。批評家の柄谷行人は「都市」と「沙漠」が共に「共同体の間」に存在する領域であることを、確か「言葉と悲劇」に収められた講演録の中で指摘していたように記憶するが、実…

「死者の眼差し」に潜む「明晰」

大岡昇平の「野火」は不穏な小説である。その不穏さは、題材の異様さ、つまり敗色濃厚な南方戦線への従軍経験という、誰の身にも平等に降り掛かるとは言い難い経験の異様さに基づいていると言えるが、無論それだけではない。語り手のメンタリティの異様さが…

人間本来無一物

車谷長吉の「赤目四十八瀧心中未遂」は、今まで読んだ中では屈指の精神的衝撃を、私の心に齎した異様な小説であった。作者の数奇な人生遍歴が彼方此方に投影されているらしいが、彼が「私小説」という文学的理念に強烈な執着を示すことで知られた作家だから…

「神なき世界」と、条理の否定(死んだのは「ママン」ではなく「神」だったのだろうか?)

アルベール・カミュの「異邦人」(新潮文庫)は、世界的にも日本国内においても非常に有名な小説だが、実際にどれくらいの数の人々が、あの決して長大でもない薄い一冊の小説を読み通して、その内容を熟読玩味しているのか、心許ないような気がする。あの有…

戦後の焼け野原を疾駆する「バケモノ」の思想 坂口安吾「堕落論」について

今日は坂口安吾の「堕落論」に就いて書くことにする。 このブログでは、過去にも幾度か「堕落論」に言及したことがある。中学生時代に初めて手に取り、茹だるような夏の退屈な午後に繙いた「堕落論」の衝撃は、今も私の胸底から、その轟くような残響を掻き消…

「沖縄」という政治的な場所 5

今回で連載は五回目である。思いのほか書き終わらず、考究が長引いている。 saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com 今回は、作品の掉尾に置かれた車椅子の青年の独白の引用から始めたいと思…

「沖縄」という政治的な場所 4

今回で連載四回目である。 saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com 前回の記事で、私は車椅子の青年の発言に着目し、彼が「何もしないこと」を自らの役割として担っていることに関して、断片的な省察を積み重ねた。今…

「沖縄」という政治的な場所 3

前回の続きを書く。 saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com 前回の記事では、車椅子の青年が位置付けられている文学的な役割に関して、一つの問いを設けた。つまり、車椅子に乗らなければ自力で移動することの難しいアメリカ人の青年の形象を通…

「沖縄」という政治的な場所 2

先日の記事の続きを書く。 saladboze.hatenablog.com 前回の記事で、私は村上春樹の「ハンティング・ナイフ」という小説を読解するに当たって、作中に登場するアメリカ人の車椅子の青年を、どのように位置付けるのかという問題が、重要な鍵を握っているとい…

「沖縄」という政治的な場所 1

在日米軍の普天間基地移設に伴う措置の一環として、沖縄県名護市辺野古の埋め立て工事が再開され、沖縄県知事の翁長氏、名護市長の稲嶺氏を中心に反発が強まっているという報道に接した。 私は人生で一度も沖縄へ足を踏み入れた経験がなく、沖縄という土地が…

ファンタジーという言葉 3 (乾石智子という作家に関する覚書)

最近、乾石智子の「魔道師の月」(東京創元社)という小説を読んでいる。 私にとって、乾石智子の作品に触れるのは、彼女の処女作である「夜の写本師」(東京創元社)に続いて未だ二作目に過ぎず、この「魔道師の月」という小説も100ページほどを読み進め…

ファンタジーという言葉 2

或る意味では、どんな種類の文学作品もファンタジーの眷属なのだと強弁することは充分に可能である。どんな文学作品も、それが私たちの住まう外在的な現実の単なる引き写しに過ぎないということは有り得ないし、仮に有り得たとすれば、それは文学「作品」で…

ファンタジーという言葉

難しく考え始めたら際限がなくなる主題というのは、世の中に幾らでも転がっている訳で、言葉の定義なんかも厳密さを追求し始めたら、それこそウロボロスの如く出口の見えない無限の循環へ呑み込まれる結果に帰着しかねない。 ファンタジー、という言葉には、…

恩田陸「常野物語」

なるべく短く書こうと思っているが、実際に短く書けるかどうかは分からない。 私は恩田陸という作家が余り好みではない。尤も、私が読んだことのある彼女の小説は数えるほどで、恐らく彼女はどちらかと言えば多作の部類に含まれる書き手であろうから、そんな…

淡々とした空想紀行文の余韻 筒井康隆「旅のラゴス」

吉田健一の「金沢」を繙くことに飽きて、新たに筒井康隆の「旅のラゴス」という小説を読み出した。文頭から文末まで縦横に視点が入れ代わり、文意が宙吊りにされ続ける吉田健一の酩酊したような文章と比べると、随分簡潔で読み易いように感じられる。いっそ…

中上健次の「記憶」

先日、NHKで中上健次と「路地」の記憶を巡るドキュメンタリー番組が放映されているのを、切れ切れに眺める時間を持った。 和歌山県新宮市の被差別部落に生まれ育った中上健次の文業が、自身の生まれ育った環境に対する、愛憎の入り混じった執着に染め抜か…

幻覚の「金沢」 古井由吉と吉田健一をめぐって

サン=テグジュペリの「人間の土地」を読み終えたので、今度は吉田健一の「金沢・酒宴」(講談社文芸文庫)を繙くことに決めた。 朝の通勤電車で猛烈な人波に押えつけられながら、ページを捲り始めたのだが、その独特の捩れるような、揺らぐような文体に振り…

「エコロジー」という神話 サン=テグジュペリ「人間の土地」に関する読書メモ 2

テレビの向こう側では、世界の色々な場所で巻き起こった、大小様々な悲劇や災害の風景が、まるで果てしなく縁遠い、対岸の火事の眺望のように入れ代わり立ち代わり映し出され、日常の雑務に追われる私たちの視界を横切っていく。シリアの内戦は泥沼化し、博…

沙漠の景色、その独特な生理 サン=テグジュペリ「人間の土地」に関する読書メモ 1

サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮文庫・堀口大學訳)を少しずつ読んでいる。遅々として進まないが(一挙に読むには、言葉の意味を推し量るのに時間が掛かるのだ)、断片的に覚書を記しておこうと思う。 1939年にフランスで出版された、この稀有…