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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

年の瀬雑感

年末商戦の山場の一つ、クリスマス商戦が終わった。今年は金土日の三連休という曜日並びの効果で、私が配属されているような百貨店立地の店舗には多くの集客があり、特に24日のクリスマスイブは昨年と比べて、爆発的な売り上げの伸び方であった。 毎日始発…

「ツバメたちの黄昏」 三十七 「風花号」の悪戦苦闘

純情だが余り頭の回らない部下を抱えて業務に精励するということは、数多くの艱難を抱え込むことに他ならない。無論、部下やバエットの前で己の小さな器を悟られたくないという一心から安易な感情の虚飾に走った私の浅薄な考え方が、真っ先に批判されるべき…

「ツバメたちの黄昏」 三十六 パドマ・ルヘラン氏の分不相応な矜持

当時も今も、フェレーン皇国の界隈では帆船が主流で、崇高なフェレノ王家の威光と版図を護衛する為に国庫から潤沢な支援を受けている軍艦に限っては、油を燃やして外輪を回す最新鋭の機構が据え付けられているものもあるが、それも海軍においてさえ主流派と…

「ツバメたちの黄昏」 三十五 暗い海原を渡る「フクロウ」たち

誰でも承知していることだろうが、広大な海洋は彼方此方に人目の行き届かない未知の領域を宿しているもので、深い森や猛々しく険阻な山岳と同じく、或いはそれ以上に、公権力の緻密な支配というものから無限に解き放たれている。それは一面では政治的な圧力…

「ツバメたちの黄昏」 三十四 洋上の夜襲、艱難の調べ

遽しい出立の準備の涯に乗り出したヘルガンタの沖合の海原には、月明かりと星屑の照り返しが美しく繊細な綾を描き、吹き抜ける潮風に総身を嬲られながら、私は自分がすっかり海の男の同胞へ転身したような気がして、慣れ親しんだ凡庸な現実との隔絶に眩暈を…

希望の代名詞としての「こども」

間もなく生後九箇月を迎えようとしている娘の挙動を日々眺めていると、色々な感情や想念が去来する。上機嫌に遊んでいるときの笑顔は格別で、天使のように愛らしく思えるが、機嫌が悪くて、口に銜えたおしゃぶりを寝室に充てている和室の暗がりへ投げ捨てる…

共感する歌は、広く届かないと、彼は言った

先日、NHKの「SWITCH」という興味深い番組で、映画監督の西川美和氏と、「いきものがかり」の水野良樹氏が対談していた。表題の「共感する歌は広く届かない」という発言は、水野氏のものである。 西川氏の「何故、自分たちの音楽活動がマス=大衆に…

「ツバメたちの黄昏」 三十三 遽しい船出

頑迷であることと、信念に忠実であること、見た目は同じようでも、実際の働きようは随分と異なる訳で、一概に良いとも悪いとも決めかねるのが、私たちの暮らす浮世の厄介な側面である。クラム・バエットが、己の信念と決断に対して頗る忠実であり、その精神…

冤罪弁護士

先日、NHKで「冤罪弁護士」として知られる今村核氏に関するドキュメンタリーが放送されていた。番組の優れた出来栄えも然ることながら、何と言っても今村氏の独特なキャラクター、或いは生き方と、日本の刑事裁判が抱えている現状の問題点が興味深く、法…

中上健次の「記憶」

先日、NHKで中上健次と「路地」の記憶を巡るドキュメンタリー番組が放映されているのを、切れ切れに眺める時間を持った。 和歌山県新宮市の被差別部落に生まれ育った中上健次の文業が、自身の生まれ育った環境に対する、愛憎の入り混じった執着に染め抜か…

「ツバメたちの黄昏」 三十二 狐色の頭巾の男

「結論から言えば、船は用立ててくれるんだな?」 痺れを切らしたバエットの眉間には三日月のような皺が幾つも縦に列なって見えた。頑迷極まりない性格のアルガフェラと向かい合って彼是と不毛な議論に時を費やすのは、彼の主義にも方針にも反する選択であっ…

「歴史」は「未来」を証明する

古文書や絵巻物といった歴史的遺産には、当時の人々の暮らしや習俗、思想や信仰が断片的に刻みつけられている。それらの古びた世界の「常識」は、現代に暮らす私たちの信奉する凡庸な「常識」とは随分、隔たっているように見える。同じ土地に住み、同じ人類…

「演歌」のメンタリティ

所謂「演歌」や「歌謡曲」という名称で扱われる邦楽には、男を支え、苦労を堪え忍ぶ健気な「女」というイメージが頻出する。女性の社会進出が叫ばれるようになって久しい昨今、そういうイメージが古臭く感じられるのは止むを得ない。しかも、そうした社会的…

理解されること、記憶されること

芸術の目的、或いは「本望」は、理解されることではなく、記憶されることに存するのではないだろうか。 芸術は何かを説明する為に存在するのでもなく、何らかの論説を述べる為の代替的な手段でもない。それは何かを伝えようとするが、その伝えようとする内容…

ギフトとしてのブログ

ブログを運営し、極めて個人的な文章を世間に向かって垂れ流すことに、何の意味があるだろうか。誰に頼まれた訳でもないのに、誰が関心を寄せるかも分からない、身勝手な主題を選んで、身勝手な文章で書き綴る、というのは、腕の悪いストリート・ミュージシ…

詩を書いても何にもならない

また、思い立って詩を書いている。そういう根拠の不確かな思いつきに衝き動かされるのは、私の人生における根本的な慣習である。 詩なんか書いても仕方ない、という想いは昔からあった。そもそも、詩歌というものには、世間的な需要が殆どない。或いは、そう…

詩作 「帰り道」

秋は深まる 刻一刻 風のなかで冷えていくあなたの頬が 秋の光りに染められて 夕闇は冴え渡って 思わず手を伸ばす 芯から冷えた あなたの頬 子どものように 幼い唇 誰もいない公園に 夕陽が射す 無人のブランコが 木枯らしに揺れる 知らない間に ずいぶん遠く…

二転三転する生き物

長文の記事を書くと宣言しながら、早速その方針に飽きてしまった。 saladboze.hatenablog.com 長文の記事を書くのもいいのだが、そうやって自らのブログの方針として掲げて、自縄自縛の状態に陥ってしまうと、パソコンを開いて一つの記事を仕上げることが無…

幻覚の「金沢」 古井由吉と吉田健一をめぐって

サン=テグジュペリの「人間の土地」を読み終えたので、今度は吉田健一の「金沢・酒宴」(講談社文芸文庫)を繙くことに決めた。 朝の通勤電車で猛烈な人波に押えつけられながら、ページを捲り始めたのだが、その独特の捩れるような、揺らぐような文体に振り…

詩作 「世界の終わり」

地平線が 燃える 火柱を あげるように 夕陽が没する 壮麗な音楽のように 世界が騒ぎだす もうすぐ なにもかも終わってしまうよ なにもかも 更地に戻ってしまうよ わたしたちは 一斉に 耳をふさいだ 聞きたくない音をすべて 拒んできたわたしたちの 罪なので…

詩作 「クランベリー」

懐かしい歌が 窓辺から聞こえる 古びたラジオ 手入れの行き届いた庭 わたしは目を覚ます 朝が来る 幸福な記憶を 手帳のようにめくる 本棚に囲まれた明るい部屋 そこでは静寂だけが暮らしている 時を刻む音に 名前も知らない鳥の声がまじる わたしは歯を磨き …

詩作 「他人の財産」

触れてしまえば 罪になる その危うい境界線を見定める あなたが不意に 翳らせた横顔 その憂いに 指で触れてしまいそう あなたが帰る部屋は 寒空の下で あたたかく燃えている 月明かりは電柱を照らし 走り去るタクシーのヘッドライトが 束の間 真実を暴くよう…

「エコロジー」という神話 サン=テグジュペリ「人間の土地」に関する読書メモ 2

テレビの向こう側では、世界の色々な場所で巻き起こった、大小様々な悲劇や災害の風景が、まるで果てしなく縁遠い、対岸の火事の眺望のように入れ代わり立ち代わり映し出され、日常の雑務に追われる私たちの視界を横切っていく。シリアの内戦は泥沼化し、博…

「自由」の重圧に堪えかねて

私が生まれ育った社宅には、それなりに大きなベージュの本棚があって、それは今も両親が終の栖として定年後に購入した東松戸のマンションの和室に聳え立っている。母親の本は、料理や裁縫に関する書籍や雑誌が大半を占め、他にはフランス語の小さな辞書、そ…

サラダ坊主の施政方針演説 「長文の推進と、独創的価値の蓄積」

九月の末日から十一月も半ばを迎えた現在に至るまでの四十数日、ずっと毎日このブログの更新を続けてきた。それは最初から企図された方針ではなく、一身上の都合に由来するものだと、つまり「成り行き」に過ぎないと言える。九月の頭くらいから私は転職活動…

結局、誰もが「ドナルド・トランプ」ではないのか?

連日、アメリカ大統領選挙の衝撃的な結末に関する報道が、ネットやテレビを賑わしている。傲慢で明け透けな「レイシスト」のドナルド・トランプに、アメリカの良識は屈したのだろうか? バラク・オバマ、ヒラリー・クリントンの描いてみせた「希望」は所詮、…

創作「14号原理主義者の告発」 第一回「JR幕張駅南口、午前二時 第一幕」

花見川区幕張地域は内陸側にあり、JR総武線・京成電鉄千葉線沿線である。美浜区幕張地域は海浜側にある埋立地で、JR京葉線沿線である。これらの地域の地誌は、おおよそ以下の通りである。 習志野市から千葉市西部にかけての東京湾沿い一帯は、下総台地が海岸…

沙漠の景色、その独特な生理 サン=テグジュペリ「人間の土地」に関する読書メモ 1

サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮文庫・堀口大學訳)を少しずつ読んでいる。遅々として進まないが(一挙に読むには、言葉の意味を推し量るのに時間が掛かるのだ)、断片的に覚書を記しておこうと思う。 1939年にフランスで出版された、この稀有…

食べることは、どんどん抽象化されていく

私は仕事でサラダを中心とした所謂「惣菜」を取り扱っている。こういう業種は世間では「中食」と呼ばれていて、レストランなどの「外食」と、家庭で料理を作って食べる「内食」との中間に位置するものとして分類されている。 大昔ならば、家族の食事は家でお…

小説「14号原理主義者の告発」の不定期連載を開始します

どうもこんばんは、サラダ坊主です。 以前、こんな記事を当ブログにアップしました。 saladboze.hatenablog.com 国道14号線、通称「千葉街道」によって分断されている「幕張」の現実に関する誇張された記事なのですが、今回、これを題材にして、当ブログに…

KDPでの自作小説販売を停止しました

どうもこんばんは、サラダ坊主です。 先日、KDPで開始した自作小説「刃皇紀」の販売を取り止めることにしました。 saladboze.hatenablog.com 未だ初めて一週間も経っていない段階で何故、急激な方向転換を行なったのかと言えば、自分でも、はっきりとは分…

売上の根底には「信用」が横たわっている

小売業の店長という立場は、日々の売上予算を追い掛けることに仕事の重点が置かれる。サービスの良し悪し、商品の良し悪しは固より大事な要素だが、幾ら壮麗な経営理念を公言してみたところで、実際に数字を出せなければ販売部の任務を成し遂げたことにはな…

「儲からないことをやるのは罪である」という呪縛

私は小売業の店長で、現場で日々、収益の追求に明け暮れている。それは私の所属する組織が「企業」であるからで、この苛酷な資本主義社会においては、利潤の追求は常に至上命題である。別に銭金を儲けることだけを念頭に置いている訳ではなく、大前提として…

赤ん坊の頭の中では何が起きているのか?

相変わらず、風邪気味である。手短に書く。 もう直ぐ生後八箇月が経とうとしている私の愛娘を眺めていると、不思議な感慨に囚われることがある。彼女は生まれてから未だ一年も経っていない、つまり彼女の人生は四季の一巡さえ経験していない段階にあるという…

個性的である為には、「自分」というコンテンツを再発見するしかない

どうやら風邪を引いてしまったらしく、体調が芳しくないので、余り入り組んだ記事は書けそうにもない。思い浮かんだことを漠然と綴って、パソコンの画面に待ち針で縫い留めておきたい。 ブログでも小説でも、或いはもっと日常的な次元で、仕事や家事、諸々の…

詩作 「刺青と口紅」

あなたの顔に 刺青を彫りたい どう足掻いても 消えないように 洗っても擦っても 落ちないように 想いが 痣のようにいつまでも 残りつづけることを 願う針先 破れた皮膚の 裂け目のように あなたの嘘を 彩る口紅 真実から 見捨てられた言葉で 駆け引きにおぼ…

「刃皇紀」 第十三章 矜りと祈り 7

開け放たれた出窓から吹き込む夜風が、血腥い喧噪を運び、総身を包んだ。手摺を掴んで身を乗り出した途端、地鳴りのような砲声が耳を打つ。遥か彼方から、アラルファン軍事局の哨戒塔が巨大な啌気燈を紅く閃かせて、耳障りな警鐘を狂ったように打ち鳴らすの…

未知の領域に挑戦するということ

最近、サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮文庫)という随筆集を読んでいる。表紙の挿画は、同じ作者の「夜間飛行」(新潮文庫)も含めて、高名なアニメーション監督である宮崎駿の手になるものである。「人間の土地」の巻末には、宮崎駿が「空のいけ…

KDPで、自作小説「刃皇紀」を販売します

どうもこんばんは、サラダ坊主です。 Amazonの電子書籍出版サービス「Kindle Direct Publishing」で自作の小説「刃皇紀」(因みに「じんのうき」と読みます)の一部を販売することにしました。それに伴い、このブログに記事として掲載していた分は削除しまし…

「刃皇紀」 第十三章 矜りと祈り 6

掌を通じて、熱い水脈のようなものが徐々に流れを強めつつあるのが明瞭に感じられた。慣れ親しんだ感覚であることは間違いないが、今回は特に念を入れて集中力を高めている。指先から爪先に至るまで、濃密な念気の奔流が行き渡り、呪刀に漲る無数の呪子の波…

ブログは作品ではなく、コミュニケーションである

インターネットに象徴される通信技術の爆発的な進歩が、多くの無名の素人の自己表現を強力に後押しする起爆剤として作用していることは、明瞭な事実であると思う。インターネットの契約さえ結んでしまえば、それほど大きな経済的負担も背負わずに、自分の作…

ジュール・ヴェルヌの想像力と、若き日々

母方の祖父母の家は、山口県の下関市にあった。子供の頃は夏と冬に、新下関の駅からタクシーに揺られ、坂道に面した古びた一軒家に運ばれるのが慣例であった。祖父は昔、捕鯨船の機関長を務めていて、時には南氷洋まで遠出して半年以上も家を空けることもあ…

遠く掠れた記憶のなかの文学的断想 ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」

ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」を読んだのは、もう何年も昔の話で、細かい描写や具体的な筋書きは殆ど記憶していない。インドという国家・風土にルーツを持つ移民の息子が、アメリカという大地で自分の人生を慎重に、誠実に織り上げていく地味な物…

図書館の子供たち

私は小さな頃から読書が好きで、小学生の頃から図書館に通うことが重要な趣味の一つであった。当時は未だ、大阪府枚方市に暮らしていて、樟葉駅に程近い樟葉図書館が、私の主要な拠点であった。自転車を乗り回して出歩くことが日常になってくると、わざわざ…

寺田寅彦の「父性」

最近、断続的に「寺田寅彦セレクション1」(講談社文芸文庫)を読んでいる。著名な物理学者であると同時に、夏目漱石に師事した名文家としても知られる寺田寅彦の文章には、現代の平均的な日本人には綴り得ないであろうと思われる、独特の芳香と滋味が沈潜…

詩作 「高速道路」

宙に浮いた オレンジの灯りが 連なる夜の風景 すばらしい速度で 無理にさらってしまうみたいに タイヤが軋む あなたの寝顔が 鋭いオレンジの 光の刃に 傷つけられる それでも昏々と 眠りつづける 胎児のような 表情はゆるがない 江戸橋 汐留 浜崎橋 一ノ橋 …

「出来ない理由を探すな」というイデオロギー

仕事をしていると、色々な意見に遭遇する。銘々の個性を備えた人間同士が、様々な見地から自分の持論を述べ合うのだから、それらの多彩な見解が相互に矛盾したり、或いは適当な次元で折れ合い、馴れ合ったりするのも、日常茶飯事になるのは避け難い。だから…

「知らない=つまらない」は、つまらない

私は読みたくなる本が新たに見つかると直ぐに、今手許に置いてページを捲っている書物を投げ出してまで、そちらへ乗り換えたくなる衝動に強く抗えない質である。移り気というか、浮気性というか、余程熱中して読み進めているものでもない限り、そうした衝動…

未来を切り拓く「追憶」

何かを思い出すという営為は、一歩踏み誤ると、直ちに怠惰な感傷へと姿を変えてしまう。誰しも郷愁の甘美な感覚には、冷淡ではいられないに違いないが、それが過ぎ去った世界の哀惜に留まるどころか、寧ろ二度と復権することのない失われた記憶への異様な愛…

商売の根本は「売れないこと」である

私は二十歳の時からずっと小売業の現場で食品を取り扱って飯を食ってきた。けれど、そうやって商売で給与を稼いで家族を養ったり家を買ったり、その他様々の雑多な支出に金を費やしたり出来るのは、つまり曲がりなりにも私が商売人としての渡世を営んでいら…