読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「沖縄」という政治的な場所 3

前回の続きを書く。 saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com 前回の記事では、車椅子の青年が位置付けられている文学的な役割に関して、一つの問いを設けた。つまり、車椅子に乗らなければ自力で移動することの難しいアメリカ人の青年の形象を通…

「沖縄」という政治的な場所 2

先日の記事の続きを書く。 saladboze.hatenablog.com 前回の記事で、私は村上春樹の「ハンティング・ナイフ」という小説を読解するに当たって、作中に登場するアメリカ人の車椅子の青年を、どのように位置付けるのかという問題が、重要な鍵を握っているとい…

「沖縄」という政治的な場所 1

在日米軍の普天間基地移設に伴う措置の一環として、沖縄県名護市辺野古の埋め立て工事が再開され、沖縄県知事の翁長氏、名護市長の稲嶺氏を中心に反発が強まっているという報道に接した。 私は人生で一度も沖縄へ足を踏み入れた経験がなく、沖縄という土地が…

「存在しないものだけが美しい」という理念 2

「存在しないものだけが美しい」という理念は、あらゆる倫理と対立する、若しくは倫理的なものと無関係に存在する命題である。存在しないものであるからこそ、美しく感じられるという精神的な構造には、絶えず死臭が染み込んでいる。 無論、あらゆる「美しさ…

グローバリズムとコミュニズム

先々週くらいから、乾石智子の「魔道師の月」(創元推理文庫)を読むことに飽きて、居間に積み上げたまま店晒しにしていた「共産主義者宣言」(平凡社ライブラリー)を鞄に入れて持ち歩き始めた。 私は共産主義という思想の意味を少しも理解していない。私の…

サラダ坊主風土記 「安房鴨川」 其の四

今回の記事で連載は最後になる(予定)。 saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com 鴨川シーワールドは、少なくとも関東地方ではそれなりに名前の知られたレジャー施設であり、名物のシャチのパフォーマンスも観覧した…

肉声と省察(それは誰が語っているのか?)

世の中には定説として認められている考え方や、或いは一般的な常識として流布している思想信条などが無数に存在する。だが、それらの多くは主語を欠いていて、誰の発案したものなのか、明確に見定めることが難しい。 だが、どんな考え方にも、具体的な生身の…

サラダ坊主風土記 「安房鴨川」 其の三

再び紀行文の続きを書く。 saladboze.hatenablog.com saladboze.hatenablog.com 総武線快速列車の直通運転の終着駅であり、一つの重要な「境界」である上総一ノ宮駅を出発すると、次第に車窓越しの景観は仄かな南国の雰囲気を知らぬ間に纏い始めた。その薄ら…

「検索不能」という価値

世の中、誰でも何でも分からないことはパソコンやスマホで手軽に「検索」して調べるのが当たり前になっている現代社会において、相対的に「検索出来ない情報」の価値が増大していくのは、考えてみれば至極必然的な成り行きである。誰かが「情報化」したもの…

「出生」と社会的合意

典拠が何だったか、具体的に思い出せないまま書くが、先日、2016年の日本における嬰児の出生数が遂に百万人を割り込んだという報道に接した。 少子高齢化が、成熟した、古びた国家である日本の「宿命」だという論調は長い間、私たちの社会における共通の…

人工知能は、書くことの秘儀を駆逐してしまうのか?

文章作成を主務とした人工知能(AI)が実用化され、色々な方面で活躍しているという。その記事作成能力は恐るべきもので、既定のテンプレートに厖大な情報を紐づけることで、客観的な事実を伝達する為の文章を瞬く間に書き上げてしまうらしい。文法的に精…

サラダ坊主風土記 「安房鴨川」 其の二

先日の記事の続きを書く。 saladboze.hatenablog.com 前置きばかり長くなって恐縮だが、自分の好きなように書かせてもらいたいと思う。海浜幕張駅から、京葉線を経由して外房線に乗り入れる特急「わかしお」に乗り込み、私たち家族は房総半島の南東部に位置…

サラダ坊主風土記 「安房鴨川」 其の一

会社から勤続十周年の御褒美に、公休とは別に十日間の連休を貰ったので、一月下旬から二月の頭まで働かずに過ごしている。こういう機会は滅多にあるものではないので、本当ならば一週間くらい遠くへ出掛けたいところだが、一歳未満の娘がいるので、そうした…

「存在しないものだけが美しい」という理念 1

「存在しないものだけが美しい」という理念の形態に就いて書いておきたい。 予め注意を促しておくが、この「存在しないものだけが美しい」という命題は万人に公認され、あらゆる場面に普く該当するものではない。広範な領域において確認し得る強力な思想の様…

「恋愛」の危険で純粋な形象 新海誠監督「君の名は。」をめぐる断想

幕張新都心のイオンシネマで、今更ながら「君の名は。」(新海誠監督)を観賞してきた。実に印象深く心に残った作品であったので、今更ながら感想を書き留めておきたい。 この作品は日本のみならず、国境を飛び越えて海外でも幅広く公開され、好評を博してい…

現実と幻想の抽象的接合 「千と千尋の神隠し」をめぐる断想

金曜ロードショーで、久々に宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」を再見する機会に恵まれた。改めて見直してみても、やはり「傑作だ」という素朴な感嘆と新鮮な興奮が生まれ、既に知り尽くしている筈の筋書きや一つ一つの場面さえ、少しも退屈な印象を齎さずに…

己の「無明」を悟るべし

新聞記事やテレビの報道番組などでも、よく見かける慣例の一つに、「破綻」という単語を「破たん」と表記する、というものがある。私はあれを眼にする度に何とも歯痒く、情けないような気分に陥ってしまうのだが、無論、あれは当用漢字という国家の指針を遵…

書くこと、紡ぐこと

世間が寝静まった夜に、こうやってパソコンに向かって当て所もなく文字の列なりを打ち込み続けるという奇特な習慣を己に課すのは、我ながら異様な振舞いだと感じない訳ではない。そもそも、黙々と文章を書き連ねるという行為、具体的な誰かに宛てた私信とい…

ファンタジーという言葉 3 (乾石智子という作家に関する覚書)

最近、乾石智子の「魔道師の月」(東京創元社)という小説を読んでいる。 私にとって、乾石智子の作品に触れるのは、彼女の処女作である「夜の写本師」(東京創元社)に続いて未だ二作目に過ぎず、この「魔道師の月」という小説も100ページほどを読み進め…

ファンタジーという言葉 2

或る意味では、どんな種類の文学作品もファンタジーの眷属なのだと強弁することは充分に可能である。どんな文学作品も、それが私たちの住まう外在的な現実の単なる引き写しに過ぎないということは有り得ないし、仮に有り得たとすれば、それは文学「作品」で…

ファンタジーという言葉

難しく考え始めたら際限がなくなる主題というのは、世の中に幾らでも転がっている訳で、言葉の定義なんかも厳密さを追求し始めたら、それこそウロボロスの如く出口の見えない無限の循環へ呑み込まれる結果に帰着しかねない。 ファンタジー、という言葉には、…

恩田陸「常野物語」

なるべく短く書こうと思っているが、実際に短く書けるかどうかは分からない。 私は恩田陸という作家が余り好みではない。尤も、私が読んだことのある彼女の小説は数えるほどで、恐らく彼女はどちらかと言えば多作の部類に含まれる書き手であろうから、そんな…

「ツバメたちの黄昏」 四十一 マロカ島の砂浜

四日目の明け方、すっかり体力の衰えた私は瞼を開く労力さえ頑迷に惜しんで、船艙の暗がりに薄汚い砂色の毛布と共に身を横たえ、懶惰な眠りの深淵を彷徨していた。 乏しい食糧と真水の備蓄は、公平な管理とは無縁の荒くれ者たちの手で恣意的に取り扱われてお…

徒然なるままに

最近、以前に書き始めて暫く放置していた「ツバメたちの黄昏」という小説の続きを書くことに熱中している。いや、熱中と呼ぶには程遠い水準の熱量で書き綴っているのだが、その背景には、当て所もなく寄る辺ない雑文を草するばかりでは満たされない「己の内…

「ツバメたちの黄昏」 四十 シュタージの尻尾に導かれて

それから、漂流は三日三晩続いた。 不機嫌極まりないマジャール・ピント氏の御託宣の通り、人力で櫂を漕いで乗り超えるには、錦繍海峡を抜けた先の海域は潮の流れが余りに劇しく手強かった。ウェルゲリア大陸南岸と、ラカテリア亜大陸東北部のセヴァン半島に…

「ツバメたちの黄昏」 三十九 漂流の引鉄

クラッツェルの度肝を抜くような爆発的な一撃を喰らってからの、フクロウたちの動顛と混迷は思わず哄笑したくなるほどに深刻で、滑稽に感じられた。自分たちは性悪な十字鉤を山ほど発射して獲物の航行の自由を奪い去ることに御執心でありながら、自分たちが…

淡々とした空想紀行文の余韻 筒井康隆「旅のラゴス」

吉田健一の「金沢」を繙くことに飽きて、新たに筒井康隆の「旅のラゴス」という小説を読み出した。文頭から文末まで縦横に視点が入れ代わり、文意が宙吊りにされ続ける吉田健一の酩酊したような文章と比べると、随分簡潔で読み易いように感じられる。いっそ…

サラダ坊主日記 新年の御挨拶(2017年)

新年明けましておめでとうございます。サラダ坊主です。本年も何卒宜しく御願い申し上げます。 クリスマス以来、大晦日、初売りと稼ぎどころの日々が続いて仕事が立て込んだ所為で、すっかり躰がボロボロになってしまった。官公庁は暮れの29日から正月休み…

「ツバメたちの黄昏」 三十八 銛撃ちクラッツェルの渾身の投擲

「だが、構うことはないとも言えるな。何れにせよ、フクロウどもの餌食になるのは真っ平御免だ」 ジグレル・クラッツェルの良識的な懸念に対して、小隊長クラム・バエットが導き出した答えの中身は随分と粗略で大雑把なものであった。最早、それは一つの組織…

年の瀬雑感

年末商戦の山場の一つ、クリスマス商戦が終わった。今年は金土日の三連休という曜日並びの効果で、私が配属されているような百貨店立地の店舗には多くの集客があり、特に24日のクリスマスイブは昨年と比べて、爆発的な売り上げの伸び方であった。 毎日始発…

「ツバメたちの黄昏」 三十七 「風花号」の悪戦苦闘

純情だが余り頭の回らない部下を抱えて業務に精励するということは、数多くの艱難を抱え込むことに他ならない。無論、部下やバエットの前で己の小さな器を悟られたくないという一心から安易な感情の虚飾に走った私の浅薄な考え方が、真っ先に批判されるべき…

「ツバメたちの黄昏」 三十六 パドマ・ルヘラン氏の分不相応な矜持

当時も今も、フェレーン皇国の界隈では帆船が主流で、崇高なフェレノ王家の威光と版図を護衛する為に国庫から潤沢な支援を受けている軍艦に限っては、油を燃やして外輪を回す最新鋭の機構が据え付けられているものもあるが、それも海軍においてさえ主流派と…

「ツバメたちの黄昏」 三十五 暗い海原を渡る「フクロウ」たち

誰でも承知していることだろうが、広大な海洋は彼方此方に人目の行き届かない未知の領域を宿しているもので、深い森や猛々しく険阻な山岳と同じく、或いはそれ以上に、公権力の緻密な支配というものから無限に解き放たれている。それは一面では政治的な圧力…

「ツバメたちの黄昏」 三十四 洋上の夜襲、艱難の調べ

遽しい出立の準備の涯に乗り出したヘルガンタの沖合の海原には、月明かりと星屑の照り返しが美しく繊細な綾を描き、吹き抜ける潮風に総身を嬲られながら、私は自分がすっかり海の男の同胞へ転身したような気がして、慣れ親しんだ凡庸な現実との隔絶に眩暈を…

希望の代名詞としての「こども」

間もなく生後九箇月を迎えようとしている娘の挙動を日々眺めていると、色々な感情や想念が去来する。上機嫌に遊んでいるときの笑顔は格別で、天使のように愛らしく思えるが、機嫌が悪くて、口に銜えたおしゃぶりを寝室に充てている和室の暗がりへ投げ捨てる…

共感する歌は、広く届かないと、彼は言った

先日、NHKの「SWITCH」という興味深い番組で、映画監督の西川美和氏と、「いきものがかり」の水野良樹氏が対談していた。表題の「共感する歌は広く届かない」という発言は、水野氏のものである。 西川氏の「何故、自分たちの音楽活動がマス=大衆に…

「ツバメたちの黄昏」 三十三 遽しい船出

頑迷であることと、信念に忠実であること、見た目は同じようでも、実際の働きようは随分と異なる訳で、一概に良いとも悪いとも決めかねるのが、私たちの暮らす浮世の厄介な側面である。クラム・バエットが、己の信念と決断に対して頗る忠実であり、その精神…

冤罪弁護士

先日、NHKで「冤罪弁護士」として知られる今村核氏に関するドキュメンタリーが放送されていた。番組の優れた出来栄えも然ることながら、何と言っても今村氏の独特なキャラクター、或いは生き方と、日本の刑事裁判が抱えている現状の問題点が興味深く、法…

中上健次の「記憶」

先日、NHKで中上健次と「路地」の記憶を巡るドキュメンタリー番組が放映されているのを、切れ切れに眺める時間を持った。 和歌山県新宮市の被差別部落に生まれ育った中上健次の文業が、自身の生まれ育った環境に対する、愛憎の入り混じった執着に染め抜か…

「ツバメたちの黄昏」 三十二 狐色の頭巾の男

「結論から言えば、船は用立ててくれるんだな?」 痺れを切らしたバエットの眉間には三日月のような皺が幾つも縦に列なって見えた。頑迷極まりない性格のアルガフェラと向かい合って彼是と不毛な議論に時を費やすのは、彼の主義にも方針にも反する選択であっ…

「歴史」は「未来」を証明する

古文書や絵巻物といった歴史的遺産には、当時の人々の暮らしや習俗、思想や信仰が断片的に刻みつけられている。それらの古びた世界の「常識」は、現代に暮らす私たちの信奉する凡庸な「常識」とは随分、隔たっているように見える。同じ土地に住み、同じ人類…

「演歌」のメンタリティ

所謂「演歌」や「歌謡曲」という名称で扱われる邦楽には、男を支え、苦労を堪え忍ぶ健気な「女」というイメージが頻出する。女性の社会進出が叫ばれるようになって久しい昨今、そういうイメージが古臭く感じられるのは止むを得ない。しかも、そうした社会的…

理解されること、記憶されること

芸術の目的、或いは「本望」は、理解されることではなく、記憶されることに存するのではないだろうか。 芸術は何かを説明する為に存在するのでもなく、何らかの論説を述べる為の代替的な手段でもない。それは何かを伝えようとするが、その伝えようとする内容…

ギフトとしてのブログ

ブログを運営し、極めて個人的な文章を世間に向かって垂れ流すことに、何の意味があるだろうか。誰に頼まれた訳でもないのに、誰が関心を寄せるかも分からない、身勝手な主題を選んで、身勝手な文章で書き綴る、というのは、腕の悪いストリート・ミュージシ…

詩を書いても何にもならない

また、思い立って詩を書いている。そういう根拠の不確かな思いつきに衝き動かされるのは、私の人生における根本的な慣習である。 詩なんか書いても仕方ない、という想いは昔からあった。そもそも、詩歌というものには、世間的な需要が殆どない。或いは、そう…

詩作 「帰り道」

秋は深まる 刻一刻 風のなかで冷えていくあなたの頬が 秋の光りに染められて 夕闇は冴え渡って 思わず手を伸ばす 芯から冷えた あなたの頬 子どものように 幼い唇 誰もいない公園に 夕陽が射す 無人のブランコが 木枯らしに揺れる 知らない間に ずいぶん遠く…

二転三転する生き物

長文の記事を書くと宣言しながら、早速その方針に飽きてしまった。 saladboze.hatenablog.com 長文の記事を書くのもいいのだが、そうやって自らのブログの方針として掲げて、自縄自縛の状態に陥ってしまうと、パソコンを開いて一つの記事を仕上げることが無…

幻覚の「金沢」 古井由吉と吉田健一をめぐって

サン=テグジュペリの「人間の土地」を読み終えたので、今度は吉田健一の「金沢・酒宴」(講談社文芸文庫)を繙くことに決めた。 朝の通勤電車で猛烈な人波に押えつけられながら、ページを捲り始めたのだが、その独特の捩れるような、揺らぐような文体に振り…

詩作 「世界の終わり」

地平線が 燃える 火柱を あげるように 夕陽が没する 壮麗な音楽のように 世界が騒ぎだす もうすぐ なにもかも終わってしまうよ なにもかも 更地に戻ってしまうよ わたしたちは 一斉に 耳をふさいだ 聞きたくない音をすべて 拒んできたわたしたちの 罪なので…

詩作 「クランベリー」

懐かしい歌が 窓辺から聞こえる 古びたラジオ 手入れの行き届いた庭 わたしは目を覚ます 朝が来る 幸福な記憶を 手帳のようにめくる 本棚に囲まれた明るい部屋 そこでは静寂だけが暮らしている 時を刻む音に 名前も知らない鳥の声がまじる わたしは歯を磨き …