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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

サラダ坊主日記(仮)開設の辞

どうも皆さん、こんにちは。いや、こんばんは。

月曜日の真夜中に、寝静まった千葉県船橋市の片隅から、サラダ坊主がご挨拶させていただきます。誰も読んでいないと思いますので、これは実質的に独り言です。

独り言ですから、好き勝手に書いても世間は微動だにしないと思いますので、好き勝手に書きます。

私は何の変哲もない坊主頭の成人男性に過ぎませんが、ふと思い立ってこの度、ブログというものに手を染めることを決意しました。きわめて自己満足的に書き綴り、飽きたら投げ出されてしまうかもしれません。しかし、どんな食品にも賞味期限があり、どんな映画にも終映時刻があるように、何かがいったん始まったら終わりが来るのは当たり前です。それに、ひっそりと息絶えても誰が困る話でもありませんので、そのときは静かに棺の蓋を閉じたいと思います。

このブログには、明確な目的があるわけではありません。何か商業的な目的のために運営されるのでもなく、多くの個人的なブログがそうであるように、個人の勝手な雑感を垂れ流すためのものです。こういう言い方は反感を買うかもしれませんが、多くのブログには、それが存在しなければならない特別な意義のようなものはありません。しかし、どんな生き物にも、厳密には生きていることの客観的な意義などなく、目的を持たない一連の現象として蠢いているに過ぎないわけですから、それ自体は悪いことではないでしょう。

しいて言えば、このブログでは私という特に何の変哲もない人間の脳内に思い浮かんだ泡沫のような思考の欠片が、傍迷惑にもインターネットという公共の通信インフラを媒介として、広大なウェブの大海原へ投じられるということです。それ以外に機能はなく、書き綴られた文章のクオリティを保証するいかなる基準も機関もございません。

しかし、すべてのブログはそこから一歩を踏み出し、ごく一部の優れた、そして幸運な書き手の開いたブログだけがティラノサウルス・レックスのごとく轟然と聳え立ち、社会的な脚光を浴びることになり、場合によっては銭金が動くようなことにもなる訳です。

私にもしも志のようなものがあるとすれば、それは文章を通じて読む人を楽しませるということ、文字=言語を浮世の憂さを晴らすためのエンターテイメントの手段に供するということ、それだけでございます。むろん、それはあくまでも私個人の「動機」でありますから、「結果」がどうなるかは第三者の厳正なる、いや、別に厳正でなくてもいい、身勝手極まりない偏見によって裁定される問題であります。

要するに、まずはご一読くださいということにつきます。世の中には星の数よりも多くのブログがあり、ブログ以外にも読者の関心を惹き寄せることを狙った文章というのは無数に公開されておりますので、このブログはまず間違いなく、海の藻屑と消え果るでしょう。しかし、海の藻屑であっても、生を受けた以上は生きていかねばならず、呼吸が続く限りは明日の訪れを信じて悪あがきしたりブレイクダンスしたりするでしょう。

どんな赤ん坊にも立ち上がる権利があるように、どんな凡人にもブログを開設する権利だけは保証されているに違いないということを信じて、この通り、開設のご挨拶とさせていただきますので、よろしくお願い致します。