読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「ツバメたちの黄昏」 十三 三つ巴の抗争

 それから始まった私たちの生命を懸けた重要な打ち合わせが、実に剣呑な雰囲気の中で進められたことは言うまでもない。葉巻を燻らせながら椅子に踏ん反り返って、商館次長による計画の概略の説明を聞き、輸送課長による積荷の詳細や「運び屋」たちの陣容に関する説明には仏頂面で欠伸を咬み殺すバエットの不遜極まりない態度には、部下を使役することに慣れ親しんだ商会の重鎮は固より、乱暴な扱いに慣れ切った下っ端の書記官に過ぎない私でさえ、不快な気分にさせられた。本人が自称する通り、ファルペイア州立護送団の御歴々から「荷厄介な人物」として疎んじられていることは誇張でも何でもない、単なる素朴な真実なのだろう。

 無論、そのような観察から導き出される一つの推論、つまり「大して重要でもない、或いは積極的に排除したいとさえ思われている人間に、強引に押し付けられた危険な業務」というダドリアへの弾薬輸送計画の大雑把な要約は、私にとっても他人事ではなかった。アステル書記課長の説明が真実なら、少なくとも私が監督官に選ばれた理由は、州侯殿下の寵愛を賜っている従妹のマレリネアの推挙であるということになる。だが、それだって用心深く考え直せば、何処まで信用に値する話なのか知れたものではない。既に述べた通り、私とマレリネアとの間にはもう随分と長いこと音信が途絶えているのだし、サーカンタスでの生活を引き払ってユジェットへ移り住むときには、連絡を取る為の唯一の手懸りである住所さえ知らせなかった私の怠惰で冷淡な態度に、心の優しい彼女が傷つかなかったとは思えない。そもそも、彼女がソタルミア州侯家の宮廷に出仕しているという話さえ、私は知らなかった。学業を終えて商館の仕事に精を出すようになって以来、遠く離れたヴァガントリア州で商会を営むトラダック伯父さんと顔を合わせることも皆無となり、彼女の近況に触れる機会に恵まれなかったのだ。それくらい疎遠な間柄となってしまった今になって、彼女が俄かに州侯殿下へ口添えをして、うだつの上がらない書記官の私に華々しい大役(無論それは決して有難い御役目ではないのだが)を宛がうことに一役買うとは、何ともすっきりしない不自然な経緯だ。だが、この期に及んでアステル課長の言葉の真偽を問い質しても始まらない。既に事態は本格的に動き始めているし、商館長の「退職願を書け」という脅迫に当座は屈しないことを決めた以上、細かいことに拘泥したって無意味なのだ。

「君たちに運んでもらう積荷は此れだ」

 巨大な長方形の木箱、しかも厳重に鋼線を編み込んだ荒縄で括られたそれを、輸送課長のキーダンス氏が如何にも物々しげな態度で、長椅子に挟まれた卓子の上へ慎重に置いた。その上蓋や側面に記された様々な注意書きから、それが危険物であることは一目で分かった。中でも一際目立つのは、双頭の獅子と海蛇を組み合わせた図案、即ちソタルミア州侯家の累代の紋章であった。

「ファルペイアの州軍が使用している七五式ウィスメル砲用の徹甲弾だ」

 険しい顔で説明するキーダンス氏に、私は何とも複雑な表情で向き合うしかなかった。軍需物資、況してや弾薬というのは普通、民間の商会が取り扱うことのない代物であり、兵器屋の工場に軍隊の輜重部が直接赴いて受領するのが一般的な手順である。

「我々は七五式ウィスメル砲の徹甲弾榴弾、それから六〇式ファーリエン砲に用いる焼夷弾を、沿海州のパスターマリン造兵廠へ搬入する。それが州侯殿下の勅命だ」

「パスターマリン造兵廠」

 耳慣れない固有名詞に戸惑っている私を横目で一瞥して、仏頂面のバエットが徐に口を開いた。

「ダドリア南西部のキルクターク州にある海軍の軍需工場だ。火薬庫や武器庫も併設している。王党派の連中にとっては、死活的に重要な命綱というところだな」

「大雑把に言って、現在のダドリアの勢力図は三つ巴に塗り分けられている」

 バエットに発言の機会を与えるのが如何にも不愉快だと言わんばかりの態度で、輸送課長は私たちの些細な遣り取りに土足で割り込んだ。

「王党派が仲違いしていることは知っているな? フランタネル殿下の摂政派とコロディット殿下の陸軍派は、夫々の地盤に分かれて互いに啀み合っている。どちらも宮廷には出入りしているが、一触即発の状態だ。毎日のように何処かの路傍に、暗殺された政治家の亡骸が転がっているとも聞く」

 キーダンス氏の冷徹な眼差しは、萎びた法蓮草(ほうれんそう)のように蒼褪めていく臆病な私と、祖父の形見に貰った旧式の置時計のように顔色を変えないバエットを交互に眺め回した。ダドリアの不穏な噂を吐き気がするほど耳の孔に流し込まれて、唯でさえ意気消沈している私を益々追い詰める積りなのか、キーダンス氏の声音は怪談の語り手のように粘っこかった。

「そして『開明的』とも『破壊的』とも称される元老院議員オルヴァーロ・テラトリカス閣下率いる共和派。ダドリア全土で破壊的な抗議活動、要は暴動に明け暮れている。こいつらを徹底的に始末しない限り、あの国が秩序を恢復する見込みはない」

 はっきりと王党派寄りの姿勢を打ち出しながら言い放つキーダンス輸送課長の顔を、腕組みして長椅子に凭れたバエットの瞳は、木乃伊を思わせる無感動さで凝視していた。