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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

小説「昊の棺」 6

 逢瀬は、その後も人目を忍びながら、翌年の春先までダラダラと続いた。私たちの関係は肉体的なものであり、享楽を目的とした儚い紐帯に過ぎなかったので、結婚を考えるとか、大袈裟な野望には話が及ばなかった。

 会わなければ気が狂いそうになるといった、初々しいぐらいの情熱と、私たちの背徳的な関係は無縁であった。私に関しては、夏月を裏切ったことへの後ろめたさが影法師のように絶えず背後へ伸びており、藤香を渾身の想いで愛せない踏ん切りの悪さが粘りついて離れなかったし、藤香の側でも、花盛りの女体という資産を、惨めな妻帯者に全額預け入れる理由は持ち合わせていなかった。彼女が私に懐いた好意は、不慣れな環境で一人前に育たねばならぬという重圧に始終晒される中で、私が水先案内人として手頃な存在であった為に生じた化学反応に他ならず、彼女自身が社会人として成長を遂げていくにつれて、私という存在が、黒ずんだ銀製品のように価値を下げるのは当然であった。

 但し、子供のいない共稼ぎで、自由になる金の多い私との不倫は、退屈な日常に多少の彩りを添えるのに適しており、遊びゆえに面倒な口論にも発展しない気楽さも、関係を長引かせた。幕引きの瞬間は、彼女が本当に好きな男と知り合ったことで俄かに訪れた。そもそも女性は、既婚者でありながら他の女と逢瀬を重ねる男に、正銘の敬意を懐くような生き物ではなく、私を見切ることに決めてからの彼女の段取りの良さは、際立っていた。彼女は包み隠さず事情を説明し、関係の清算を望んでいることを告げた。時間と共に高まっていく罪悪感に苦しめられていた私は、流されるままに承諾した。それは下手に揉めると会社に密告されて火の手が広がりかねないと怯えたからでもあった。潮が退くように、彼女は私への感情を失って、気付けば新年度の到来と共に配置転換で部署も変わっていた。それきり、業務上の交流さえ途絶え、私は再び沙漠のような寂寞へ抛り出された。

 夏月は、相変わらず業務に追われる日々を送っていた。寂寞たる日々の埋め草として最適であった藤香との関係を断たれてしまった私は、人恋しさに顫えた。今まで、藤香との逢瀬に口実を考えずとも済む気楽さを感じていた夏月の留守が、刃と峰を裏返したように、孤独の痛みを強いた。

 偶に休みが重なっても、夏月は終日ベッドに寝転がって惰眠を貪るばかりで、私との外出に時間を割こうという姿勢は微塵も窺わせなかった。気を遣って家事に精を出しても、彼女の疲れた顔が綻ぶことはなかった。

 思えば、藤香との別れが、私の胸底に投じた錨のような傷は、そのとき感じていたレベルよりも数段深く、重たいものであったのかもしれない。相手を生涯の伴侶として考える誠意を欠いておきながら、藤香の愛情が本物であることを期待していた。しかしそれは単なる思い上がりで、初心に見えた夏月は、妻帯者との情事に明るい未来が見込めないこともきちんと算段に入れて、離陸のタイミングを常々計っていたに違いない。吹き寄せてきた上昇気流を掴まえて鮮やかに飛び立った彼女の清々しい飛行機雲を、私は指を銜えて眺めていることしか出来なかった。

 夏月との関係から脱け出し、自由な世界に飛び出したいと願っていた私に、藤香は鉄槌を下した。私は、夕立に驚いた鳥が巣へ逃げ帰るように、不倫の記憶を暗渠に投げ捨てて、何食わぬ顔で舞い戻った。

 それにしても、彼女の出張の頻度は異常で、海外に出掛けることもあり、どうやら旅行プランの企画者としての彼女の手腕は、会社から称讃されている様子であった。信頼に応えようと、直向きに頑張る勤勉な彼女の姿は、誇りに満ちていた。しかし私は、彼女の素晴らしい活躍を、旦那として支えようとは思えなかった。置き去りにされた淋しさが、魂を咬んでいた。それは幼稚な感情であったが、幼稚と分かっていても、疼く心を宥めるのは難しく、出張の度に齎される空白の大きさは、家を空けて女と遊んでいた己の罪を棚に上げて言うのだが、堪え難い水準に達していた。どうにもならない切なさと、私は静かな自宅で向き合っていなければならなかった。

 何処から手を付ければ良いのかも分からぬほどに、二人の関係は多くの誤作動を抱えていた。修理するには、根本的に指の数が足りない気がした。

 

 そして私は、決定的な何かを受け容れなければならない時期を迎えつつあった。結婚してから、六年の歳月が流れていた。何の為に生きているのかも分からない無感覚が、私の最も親しい伴侶であった。

 春先のことであった。私は体調を崩し、熱っぽい躰を無理に抱えて職場へ出掛けていた。気合で持ち堪えられるだろうという事前の目算は、安易であったらしく、そのうち眩暈に襲われて床へ頽れた。吐き気が躰の芯から泉のように湧いて、食道を遡り、私は会社のトイレに一時間近くも籠城した。

 私が限界を迎えていることを察して、上司が早退を命じた。会社を飛び出し、積み残した業務をどうやって片付けるかの計算も蔑ろに、電車へ駆け込んだ。茅場町から東西線に乗り換えて、私は通勤ラッシュの喧噪とは打って変わった昼過ぎの静寂に救われた気持ちで、座席の片隅に萎れた向日葵のように蹲った。

 夏月は公休であった。どんな乱暴なウイルスに不法侵入されたのか心当たりはないが、かなり重篤な急性胃腸炎に襲われて身動きも取れない私の衰弱した心は、夏月の顔を思い浮かべて取り縋るような心境であった。普段は確かに冷え切った関係であるが、此れほどの重病を患い、百足の如く這って帰ってきた旦那にまで無関心を貫くことはあるまい、というのが、私の甘ったれた妄想であった。頭の中がぐるぐると回り、眼を開いていることが辛くて、浦安やら妙典やらの駅名を西船橋と聞き違えて立ち上がり、再びライフルで腹部を撃ち貫かれたようにへたり込む。

 鞄から遽しく取り出した鍵、思い返せばそれは悲痛な運命の扉を開く鍵であった。不確かな指先で鍵を探り当て、ドアに差し込む瞬間、私は決して触れてはいけない忌まわしい世界の境目に接していたのだ。玄関に足を踏み入れた私は、俯きがちに歩いていた為に、三和土の異変に即座に気付いた。見慣れない黒い革靴、私よりも明らかに大きなサイズで、しかも見るからに上質な光沢が、私の網膜に静かに染み入った。居間に向かったが夏月は見当たらず、夫婦の寝室へ向かったところで、私は立ち尽くした。

 夏月が此方を見ていた。彼女の裸を見るのは久し振りで、畳まれたストライプのスーツとネクタイは、残念ながら私の所有物ではなかった。そのときに湧き起こった感情に就いて、どんなに言葉を費やしても、それを第三者に伝え得るという自信は持てない。男は整えた髭を指先で擦り、明らかに動揺を押し殺している様子で、逞しい肩や腕は、薄らと汗ばんでいた。

「何をしてるんだ」

 間抜けな問いに違いなかったが、他に手頃な言葉を探す余裕もない。

「見ての通りよ」

 開き直った女は強い。私は、擦れ違い続けた歳月の重みに圧倒された。何処で道を間違えたのか。彼女の瞳には背徳者の翳りよりも、ぎらついた野獣のような光が明滅していた。男が立ち上がろうとするのを夏月が押し留め、はっきりとした口調で言い放った。

「出ていってよ」

 どんな希望も絶望も、まやかしに過ぎない。

 

 後に聞いた話では、男は夏月の上司で、商品企画部の係長ということであった。要するに先輩社員が後輩社員を「食べちゃった」という意味では、私と藤香の事例と同類であって要するに「ありふれた話」である。「食べちゃった」という事件が「ありふれた話」であるのが、職場というものなのかもしれない。既婚者である夏月に手を出して、旦那に現場を目撃されてしまった係長の手抜かりは嘲笑されるべきであろうが、きっと夏月の方が覚悟を固めていたことの方が、露顕の大きな要因であったろう。彼女はバレたって構わないと闘志を燃やしていたに違いないのだ。

 

 駅から海岸へ向かって、住宅地の細い通りを歩いた。街には夏の劇しい光が横溢して、どんな憂愁もこの光に触れれば忽ち揮発してしまうのではないかと思うくらいに、景色に鮮明な輪郭を与えていた。歩きながら、心の奥では常に終幕までの時間を計えていた。ずっと昔、本質的な意味での「穢れ」というものに疎かった頃、私たちは手を繋いで夏の江ノ島を歩くという典型的恋愛に幸福だけを見ていた。総ては退屈なほどの平和に満たされていた。若く幸福な男女、清浄な右手と左手。ねえ、と夏月は私に話しかけ、此間見た映画の話(アルツハイマーの女流作家のドキュメンタリー映画だったり、内戦下のソマリアで暮らす黒人の男女の悲恋の映画だったり)や、昨日の帰り道に見かけた猫の愛らしい仕種や、バナナの医学的効果や、二酸化炭素を削減する為にゴーヤを育てたいという話や、セックスにおける体位の多様性や、父親が競馬場で転倒して足を骨折しながらも窓口に並んで一〇三〇円の払い戻しを受けたという哀れな「武勇談」や、好きな小説や、星占いの信憑性といった話題を、ラジオのディスクジョッキーのように語り続けて倦まなかった。光の夥しい土地で何かに導かれるように、私たちは持ち寄った情報を交換し続けていた。それが幸福な季節の特権であることさえ、愚かにも気付かないままで。

 今はもう語るべきことはない。語られるべき言葉は繰り返す日々の隙間に滑り落ちて、後を追えなくなった。この場所には、記憶と風紋しかない。青空を渡る鳶の鳴き声が、陽気な服装に包まれた人々の行き交う通りに、哀しみの切れ端のように落ちてくる。夏の江ノ島、嘗て私はその光景を愛したが、今となっては、その輝きは幾らなんでも眩し過ぎる。遠くの方で誰かがサッカーボールを蹴っていて、シラス丼を食べる為に蛇のような行列を作っている人たちがいて、今の私はその何れにも所属しないまま、時間の圧政に抗う術も持たない。ねえ、と夏月が話しかけるとき、それは単調な一日の区切られた瞬間に過ぎなかった。語りかけられることの幸福を、若き日の私はもっと惜しむべきだったのではないか? 大切なものなんて数えるほどしかないと言い張るとき、私の眼は色んな「貴いもの」たちの燦然たる姿に気付かず、その低い囀りを聞き落としていたのだろう。

 急坂を登り始める私の行く手には、土産物を商う強引な呼び声が谺していた。