サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「眼高手低」の孤独(「予言」と「踏破」の二律背反)

 先日、Amazon佐々木中の「戦争と一人の作家」という本を取り寄せて、ぱらぱらと流し読みをした。或いは、そんな言葉が存在するか知らないが「啄読」した。小鳥が芋虫を嘴でするりと捕えて呑み下すような調子で、捲ったページに視線を彷徨わせ、翡翠が清流を泳ぐ魚を襲うような感じで読んでみたのだ。じっくり腰を落ち着けて読むには、赤ん坊が生まれたばかりで落ち着かない家にいては、なかなか難しい。無論それは、人生には本を読むことよりも大切な仕事が幾つもあるということの、間接的な傍証である。

 私は十代の頃に「堕落論」を読んで以来、坂口安吾の文章に余所では味わえない、独特の得難い滋味のようなものを覚え続けてきた。佐々木中の名前も知っていて、分かり難いが異様な疾走感に満ちたその文章に魅惑を感じてきたのは事実である。自分が佐々木中の誠実な読者であるとは思わないが、少なくともその荒々しく特異な存在感に頭の片隅を占拠されたことは疑いを容れない。それら二つの、私が関心を有する対象の意想外な組み合わせに惹かれて、慌ててスマートフォン経由でAmazonへ注文を入れた次第である。

 以前にも、このブログのどこかの記事で書いたような記憶があるが、私は坂口安吾を愛好していると自ら告白しながらも、実際には怠惰で不実な読者の誹りを免かれ得ない読書履歴の持ち主であって、あの有名な「夜長姫と耳男」すら最初から最後まで通読したことのない、いい加減な愛読者に過ぎない。彼の文業の刺激的な吸引力に触れた最初の入り口が「堕落論」や「日本文化私観」であった所為か、私の関心の主要な対象は専ら随筆の類であり、我慢して「白痴」なども読んでみたが特段の感銘は受けなかったし、その内容についても断片的な記憶しか海馬の中には残っていない。個人的に好んでいて清冽な読後感を忘れ難く魂に刻み込んでいる「風と光と二十の私と」は、所謂「小説」であるというより、坂口安吾の魅力が充満するエッセイの一種のようなもの(そもそも「小説」ではなく「随筆」として書かれたものだろうか? 無論、そんな区分に本質的な意義などないことは確かだが)であって、言葉で織り成された虚構とは呼び難い佳品であろう。

 そういう私であるから、佐々木中の「戦争と一人の作家」と題された坂口安吾を巡る長い論考の一部に、このような記述を探り当てたときは他人事とも思われなかったのだ。

 安吾は、みずからの定義になるファルスを裏切るようにして、陰惨で「淫乱」で「退屈」な小説を書き募ってきた。それは最晩年に至るまで変わらない。ゆえに安吾は駄作を量産した作家であり、むしろエッセイにおいて読むべき作家という評価をあたえられてきた。その理由も説明されぬまま。しかし、例外的に愛され「成功」した小説とされてきた作品はある。それは「桜の森の満開の下」およびその原型たる「紫大納言」およびその後の「夜長姫と耳男」であるだろう。われわれはここに共通の特徴を見出すことになる。無論それは小説以前の「説話」「物語」に属するものだと、まずは言うことができる。

 佐々木中の書きつけたこの認識が、日本社会において広く共有されている文学的な「常識」の一部であるのかどうかを、生憎確かめる術は持ち合わせていないが、坂口安吾といえば「堕落論」や「日本文化私観」といった高名な随筆の作者だという論調は、私自身の読者としての実感にも即するものである。「堕落論」を読み進める時の爽快な興奮に比較すれば、例えば実家の書棚に並んでいた貰い物の新潮社版日本文学全集に収録されていた「青鬼の褌を洗う女」などの手触りは、乱暴な言い方をすれば「安価」で「陳腐」なものであった。独特の大らかな語り口には、坂口安吾という作家の開放的な側面が木洩れ陽のように射し込んでいるものの、小説そのものの文学的強度には疑問符を謹呈しない訳にはいかない。随筆や評論における闊達な精神の働きに比べれば、小説における坂口安吾の筆法は余りにも質的な不安定さが目立ち過ぎるように思われる。「夜長姫と耳男」が緊張感を湛えた「小説的文章」で綴られていることには完全に同意するが、小説家としての坂口の文章は、扱い得る対象や射程が限定されてしまっている。批評的な随筆の書き手としては紛れもなく一流だが、小説家としては二流の烙印を逃れ得ないのではないか。たとえ彼自身が「小説を書く」という営為に対する一方ならぬ情熱と信仰を何度も繰り返し随筆において語り続けてきた作家であるにしても、その実作と理論との間には容易に埋め難い「隔絶」が関与している。

 作家としての、或いは文学者としての才能に関する、このような内在的な「乖離」の症状は、坂口安吾を偉大な小説家の系譜に列ねて位置付けることを、少なくとも私に躊躇わせる。私の逡巡など何の意味もないに違いないが、佐々木中の記述は私の読者としての実感に、見事に暗合するものであった。一口に言い切ってしまえばそれは「眼高手低」ということになるだろう。物事の理路は明瞭に見通せるにもかかわらず、実際にその見通しに従って物事を具体的に推し進めていくことが出来ない、いわば「評論家的な気質」が、坂口安吾という一見すると磊落なタイプのように感じられる作家の内部には、根深く息衝いているのである。佐々木中の言葉を借りるなら、それは「美学的無関心」ということになる。確か、批評家の江藤淳も「作家は行動する」の中で、坂口安吾の文体について「誠実な無責任」という具合の表現を用いていたのではないか。坂口の審美主義は、彼を盲目的な実践から分離する効用を発揮しており、そのことが坂口の小説的な「実作」における構造的限界を画定したのではないだろうか。別の角度から言えば、坂口安吾という作家は余りにも知性的であり、抽象的な論理を愛好する種族であったのだ。

 同様の構造は若しかすると、三島由紀夫に関しても適用することが可能であるかも知れない。三島由紀夫の審美主義は徹底的なものであり、また彼の理知的な能力の比類無い優秀さは敢えて論じるまでもない。彼の小説には退屈を覚える人でも、その批評的なエッセイに滲み出る鋭敏で犀利な眼力には感銘を受けずにいられないだろう。言い換えれば、知性的であることは審美的であることと結びつき易く、それは往々にして「創造的な盲目」の齎す崇高な奇蹟との間に、千里の径庭を構えることに繋がってしまうものなのだ。尤も、三島は坂口よりも遥かに器用であったと言うべきだろう。説話的な構造と世界観を招き入れることで辛うじて小説的な強度を確保し得た坂口に比べれば、金閣寺の炎上など、現実に起きた社会的事件を巧みに換骨奪胎して己の私的な「美学」の証明へ作り変えていった三島の辣腕は、相応に評価されるべきものである。

 何れにせよ「眼が見え過ぎる」ということは必ずしも「存在の幸福」を約束しない、ということは言えるようだ。無論、それは職人的な「技術の徹底」を安易に称揚するための言葉ではない。誰しも偏向は免かれ得ないものである。私は私の本質を見極めようとして、この抽象的で無味乾燥な文章を黙々と書き綴っているだけなのだ。

 

戦争と一人の作家: 坂口安吾論

戦争と一人の作家: 坂口安吾論