サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

仏教の中国化(「彼岸」ではなく「此岸」を重んじよ)

 引き続き、末木文美士の「仏典をよむ」から触発されたことを書く。あくまでも仏教に関するド素人の私が書き綴る主観的な感想であり雑記なので、学術的な信憑性を満たすことは有り得ないが、その点については御寛恕を願いたい。

 インドで発祥した仏陀の教義はアジア全域に伝播したが、シルクロードを経由して辿り着いた中国において、その思想は重要な変貌を遂げたと考えられる。スリランカを経由して東南アジアへ流布された所謂「南伝仏教」とは異質な、大乗仏教と呼ばれる潮流がシルクロードを渡って東アジアへ根付き、独自の発達を果たしたのである。

 どんな宗教も、それが創始された社会の特質をあらゆる地域において純粋に保持し続けることは不可能に等しい。仏教に限らず、キリスト教イスラム教などの普遍的な影響力を備えた宗教的体系は必ず、伝播の過程を通じて地域に固有の習俗や信仰と混淆し、独特の変質を果たすことが通例である。その変質の中身に関しては個別的な事例として一つ一つ検討する必要があるが、本稿では厖大な漢訳経典を有し、日本や韓国、ヴェトナムに多大な影響を及ぼした「中国」に対象を限定して、勝手気儘な雑文を草したいと思う。

 インドで発祥し、釈迦の死後、様々な宗派に分裂して劇しい論争を繰り返してきた仏教は元々、極めて観念的で理論的な体系を有している。所謂「部派仏教」の世界においては、凡そ二十に分裂した宗派が銘々、固有の理論を整備し、その過程を通じて仏教の学術的な側面は極めて精緻な発達を成し遂げた。無論、具体的な実践としての「修行」の重要性も認識されていたと思われるが、その実践の闊達さを押し潰すような圧力を孕むほどに、インドにおける仏教的理論の体系は抽象的な高みへ達している。有名な竜樹の「中論」にしても、宗教的な実践の作法というよりも一種の哲学書のような趣を備えている(附言するまでもないが、私は「中論」の内容を一行たりとも理解していない)。宗教に思想が附随することは何ら奇異な事態ではない。だが、余りにも観念的な精緻さを高めてしまえば、その実践は途方もない困難を否応なしに義務付けられることになる。

 そのような抽象的志向性が、数学における「ゼロ」の観念を発明したと称されるインドの風土に根差した集団的な特質であるとしたら、遥か西方の天竺で発祥した仏陀の教義を受け容れた東アジアの大国、中国の社会的な特質は、インドのそれとは全く対蹠的なものであったと言えるのではないだろうか。千年以上も昔に「空」という極めて抽象的な概念の厳密な理論化を試みた竜樹のような存在は恐らく、インドという社会的風土の特質と不可分の関係性を有している筈である。だが、そのような極めて精緻な理論的体系を備えた仏教も、中国という異郷の社会に受容されていく過程においては、根本的な変容を果たさざるを得なかった。その最も顕著な事例が「禅宗」の発達であると、私は思う。

 禅宗の世界には「不立文字」「教外別伝」という考え方がある。観念的な理論に依拠するのではなく、具体的な実践をあくまでも重視するという方針である。また中国禅の世界においては「漸悟(段階を踏んで修行し、悟りに達すること)」よりも「頓悟(直ちに、一気呵成に解脱へ至ること)」が重んじられ、主流派となった。インドの仏教が永遠にも等しい果てしなく長大な時間のスパンで物事を捉えるのに対し、中国仏教の代表格とも言える禅の世界では「直ちに悟ること」が奨励されたというのは、分かり易く象徴的な対比である。言い換えれば、インドの仏教が「彼岸志向」であるのに対し、中国の仏教は「此岸志向」の傾向が強いのだ。これは中国の伝統的な思想である儒教が「怪力乱神を語らず」という論語の文句に従って、異界の想像に禁欲的であったことの反映であると言えるかも知れない。端的な表現を用いるならば、中国社会の風土は「現世的」で「急進的」なのである。無論、それが禅宗の闊達な精神を培い、まだるっこしいスコラ的な議論よりも明快な実践主義を大きく羽撃かせたことは、歴史的な財産であろう。

 阿弥陀如来の誓願に縋ったり、弥勒の降臨を待ち望んだりする迂遠で気長な方法よりも、凡夫がそのまま直ちに森羅万象の奥義へ達する為の方法を講じることが、中国仏教の本懐であり特質であると、暫定的に結論してみたい。インドで構築された抽象的な議論の大規模な伽藍に比べれば、中国で興隆した禅宗の教義は極めて明快で、実際的な合理性に満ちている。彼らは精緻な理論を排斥するのみならず、それを積極的に否認し、時には破壊すら企てるのだ。その奔放な行動力が、インドにおいて保たれていた仏教的なものの核心に決定的な変容を強いたことは確実である。観念の綿密な操作に汲々とするよりも、直接的な実践を通じて速やかに「悟り」へ到達しようとする中国禅宗の価値観は、或る意味では仏教の本質的な要素であった「異界性」の抛棄に通じる。「この世に生きる限り、救済されることは有り得ない」という原始仏教のラディカルな発想は中国において転換され、寧ろ「この世において救済に与ること」を重視する現世利益的な方針が主流派の地位を占めることとなった訳だ。禅宗の明朗で闊達なイメージ(それが一般的に共有されているものなのか、私は知らない)の源は、インドの仏教が抱え込んでいた旺盛な想像力とは全く異質な、中国的合理主義の清々しさに存すると私は思う。それはインドの仏教が理論的な操作において「合理的」であったのとは異なる意味で、つまり現実的な行動の分野において「合理的」であるということだ。理論的な整合性を嘲笑し、一蹴してしまうような威勢の良い「合理性」が、中国仏教の本領なのではないか。そういうことを、末木文美士の「摩訶止観」や「碧巌録」に関する記述に触れながら、極めて個人的に漫然と考えた次第である。

 

仏典をよむ: 死からはじまる仏教史 (新潮文庫)

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