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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「一神教」的価値観への根本的排撃 丸山眞男「日本の思想」に関する読書メモ 1

文学

 先日、AMAZONで丸山眞男著作を数冊取り寄せた。その中で一番ページ数が少なく、新書の体裁なので読み易いのではないかと思われた「日本の思想」(岩波新書)に着手している。末木文美士の「仏典をよむ」を読み進めるうちに個人的な懸案の課題となり始めた「日本の特質」というものを解き明かす上で、恐らく丸山眞男著作は不可欠の地位を占めているだろう。柄谷行人の「日本精神分析」でも、内田樹の「日本辺境論」でも、丸山の「日本の思想」は重要な参考文献として言及されている。

 異ったものを思想的に接合することを合理化するロジックとしてしばしば流通したのは、周知のように何々即何々、あるいは何々一如という仏教哲学の俗流化した適用であった。ところがこのように、あらゆる哲学・宗教・学問を――相互に原理的に矛盾するものまで――「無限抱擁」してこれを精神的経歴のなかに「平和共存」させる思想的「寛容」の伝統にとって唯一の異質的なものは、まさにそうした精神的雑居性の原理的否認を要請し、世界経験の論理的および価値的な整序を内面的に強制する思想であった。近代日本においてこうした意味をもって登場したのが、明治のキリスト教であり、大正末期からのマルクス主義にほかならない。つまりキリスト教マルクス主義は究極的には正反対の立場に立つにもかかわらず、日本の知的風土においてはある共通した精神史的役割をになう運命をもったのである。したがって、両者ともひとしく、もし右のような要請をこの風土と妥協させるならば、すくなくも精神革命の意味を喪失し、逆にそれを執拗に迫るならば、まさに右のような雑居的寛容の「伝統」のゆえのはげしい不寛容にとりまかれるというディレンマを免れないのである。

 「雑居的寛容の『伝統』のゆえのはげしい不寛容」という修辞から、直ちに想起されるのは遠藤周作の「沈黙」である。この作品の中で、主人公のロドリゴが敬愛する神父フェレイラは、日本という風土の孕む本質的な「習合」の性格に苦しめられ、絶望の涯に棄教を選んでしまう。それは何故なのか、という問いは、日本という国家の不吉な相貌に対する考察を要求するが、私は長い間、その客観的な理由が掴めないまま日月を閲してきた。だが、この丸山眞男の精緻な文章は、何故熱心な宣教師であるフェレイラが日本という風土において棄教を選択しなければならなかったのか、その複雑な経緯に関して犀利な省察を与えている。外来思想に対する異様な寛容さを示し、仏教儒教道教神道も何もかも混ぜ合わせて仲良く同居させてしまう日本の伝統的な姿勢が、何故キリスト教に対する苛烈な弾圧に踏み切ったのか。無論、フェレイラの苦悩と絶望は、宣教に対する徳川幕府の執拗な迫害に対するものではない。彼の絶望はもっと根源的且つ宗教的なものであり、端的に言えば「日本ではキリスト教は受け容れられない、表面的には受容されているように見えても、本質的な意味では絶対に受容されない」という内容の絶望である。それは日本において、キリスト教文化の表層的な意匠ならば幾らでも流布することは出来るが、キリスト教という信仰の最も本質的で根源的な要素は理解されず、寧ろ排撃されるということである。丸山の考察を踏まえれば、その理由は明瞭に看取されるだろう。キリスト教が日本的な風土に根付かないばかりか、寧ろ積極的な排撃を蒙る背景には、苛烈な一神教として誕生したキリスト教の内面に含有されている「精神的雑居性の原理的否認」が、日本的な雑居的寛容の「伝統」と正面から対立してしまうという事情が介在している。

 八百万の神を信奉し、古来の神々と外来の如来や菩薩を習合させて崇めることに何の痛痒も覚えない日本人の特性は、南蛮渡来のデウス様を敬愛することに関しても特段の苦痛や不快、精神的抵抗を懐くことはない。しかし、キリスト教が本来抱え込んでいる一神教的な原理主義の精神に対しては、何もかも習合させる雑居的寛容の価値観が厳しく反発してしまうのである。多神教的、或いは汎神論的な感覚の発達は、舶来品の文化に染まることで異種交配的な発達を遂げてきた日本の宿命である。そこでは原理的な検討という主体的な機軸が働かず、あらゆるものが無造作に受容され、交配され、独自の変貌を遂げるという一連の事象が常態化している。この主体的で一元的な原理の不在は、単なる欠如ではなく、西洋の精神や文物によって容易に補填されるものでもない。寧ろそこには積極的な排撃の姿勢が存在するのであり、あらゆるものを一元的に管理し、統制しようとする普遍的な原理の樹立が常に妨げられ、挫折を強いられてしまうのだ。つまり、フェレイラの挫折はキリスト教という信仰そのものの伝播に関する挫折ではない。日本に教会を築き、キリストの教えを広めること自体は決して難事ではないのだ。しかし、日本という泥濘に植え付けられたキリスト教の精神は必ず、多神教的な変質を施され、その本来的な核心を書き換えられてしまう。それは捻じ曲げられ、日本的な解釈を加えられた「基督教」へと変質する限りで、異様な寛容さに基づく歓待を受けるのである。

 統一的な原理の排除という積極的な方針が、例えば内田樹の論じるように東アジアの「辺境」という地政学的な条件によって完全に説明され得るものなのかどうか、私には分からない。だが、このような汎神論的習合の仕組みが、日本における様々な発明を支えてきたことは事実であろう。統一的な原理を排撃することによって活発な独創性を維持してきた私たちの文明が、例えば中東を席捲しているイスラム原理主義の暴威や、或いは世界一の大国であるアメリカ合衆国において政治的に強固な地盤を有しているキリスト教右派原理主義とは根本的に異質な特性を備えていることは、私たちの手柄であるというより、私たちの国家が置かれてきた歴史的な条件の偶発的な産物であるに違いない。言い換えれば、私たちは原理的な統制ということが必ずしも必要ではない社会を維持してきたのだ。本来、互いに文脈の異なる様々な事物を混ぜ合わせて共存させておいても、深刻な葛藤や紛争が起きないという日本的な特質は、私たちの国土が頑丈な器のような役割だけを担っていれば済むという地政学的な条件によって支えられている。つまり、国土という器そのものの存亡が問われることが、私たちの歴史においては稀少な事態なのである。人工的で意識的な努力によって、この国家を支えなければならない、という局面を免かれ続けてきた事実が、私たちの雑居的寛容と、それゆえの不寛容という特質を形成した。

 だが、こうした雑居的寛容が常時、貫徹されてきた訳ではないことも、歴史的な事実として認めなければならない。あらゆるものを猥雑に混淆させて平然としていられる私たちの心性は時折、発作的な純化の欲望に囚われてしまう場合がある。概ねそれは、外国による圧迫を加えられたときに極端な暴発を遂げる。幕末の尊王攘夷運動、太平洋戦争時の鬼畜米英の獅子吼など、排外的なナショナリズムの異様な奔騰は、雑居的寛容の伝統とは相容れない突発的な異変のように見える。このような純化への欲望は、明確な原理や体系を持たない自己に対する反動の発作なのだろうか。明治政府が断行した廃仏毀釈のような思潮も、古来の伝統である神仏習合を純化しようとする試みであろう。そういう「自己の原理の明確化」に傾こうとするとき、日本人の意識は奇妙な興奮に呑み込まれ、不合理な情熱が穏健な理知的判断を駆逐してしまう傾向が根強い。それは私たちが「原理主義」の扱い方に習熟していない為に生じる不均衡の表れなのだろうか。

 長くなったので今日はこれで擱筆する。