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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「天冥の標」について再び

文学

 「天冥の標」第九巻を読んでいる。最初に本屋で立ち読みしたのは、確か第五巻の「羊と猿と百掬(ひゃっきく)の銀河」で、シリーズ物だと気づいてから「メニー・メメニー・シープ」を読んで惹かれた。私好みの荒唐無稽な妄想が次々と尤もらしく書き綴られる良質なファンタジーだ。何となく文章や人の捉え方に乾いたところがあり、そこが湿潤な性格の私とは微妙に相容れないような印象も受けたが、兎に角面白いことには間違いない。

 この作品は、兎に角バラエティに富んでいる。作者の持てる力量を限界まで投入したような仕上がりで、次から次へと新たな要素が投じられ、窯にくべられて鮮やかな焔を噴き上げる。極限まで広げられた大風呂敷が、巻を追うごとに益々広げられていくので、他人事ながら不安を覚えるほどだ。

 妄想を形にすること、それに具体的な表象を与えること、そのことに異様な執着を示せる人間だけが、本職の作家というものに不可避的になっていくのだろう。官能的な描写も血腥く悲惨な描写も各種取り揃えて、一定のヴォイスで語り続けていく小川一水の強靭な筆力には感服するしかない。多少退屈な部分があったとしても(例えば私は第四巻の「機械じかけの子息たち」に関しては、延々と繰り返される性的描写にそれなりの劣情は催したものの、基本的には退屈を感じた)、それさえも作者の革命的な挑戦の為には必要なプロセスなのだろうと寛大に受け容れてしまう。それほどの熱量が行間に埋め込まれ、匂い立っているのだ。

 いよいよ作品は大詰めを迎えつつあるが、どういう着地点を示すのか気懸りである。