サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「刃皇紀」 第八章 古びた呪刀 5

 帝国における鉄路の発祥は、アレス盆地とヴォルト・アクシアを結ぶクヴォール本線であり、その主要な任務は呪工品の運輸であった。キグナシア同様、呪工業の盛んなヴェロナ半島でも、夥しい貨物と鉱夫を運ぶ為に、ノルダーテンとレウ・ヴェロナを繋ぐヴェロヌス本線が遽しく敷設され、後年、ノルド連峰に線路を通す難工事を経て、帝都までの延伸が実現した。

 イレファバン大路の北端にあるドレイナ駅は帝都延伸に合わせ、中継地点として整備されたもので、茫漠たる草原に接した木造の駅舎は華美な装飾とは無縁の、悪く言えば貧相な外観である。開業から既に二百年を閲していながら、重厚な貫禄よりも深刻な老衰が際立つのは、無計画な補修の痕跡が随所に露頭しているからであろうか。

「凄くボロボロだね」

 イスナの素朴な感想に、誰もが頷くしかない。建物の礎石にも、稲光のような亀裂が走っている。爆音を轟かせて出入りする列車の迫力に、この脆い駅舎が堪えられるか、不安を覚えるほどだ。

「修理すればいいのに。お金がないのかしら」

「ねえのさ。ドラン人たちは、敗軍の末裔だからな」

「ハイグンノマツエイ?」

 首を傾げるイスナに、カゲイロンは大袈裟に肩を竦めてみせた。

「お嬢ちゃん、知らないことが沢山あって羨ましいな。愉しくて仕方ないだろう」

「ちょっと、馬鹿にしないで下さい」

「建国戦争を知らないのか」

 銜えたガーシュを手放しで燻らせながら、エトルースが静かに訊ねた。

「それぐらい、知ってますよ。緑邦帝の戦争でしょ」

「緑邦帝陛下と言えよ。不敬罪で捕まるぞ」

 緑邦帝国の太祖アルヴァ・グリイスがタイリン平原の先住民であるドラン人を服属させ、王城を築いて践祚するまでの戦いを、後世の史家は「建国戦争」と命名した。創成の功業ゆえに、修学校でも錬兵校でも修呪館でも建国戦争に関する講義は必ず行われる。

 アイネイシア高原に蟠踞する騎馬民族であったグリシオン人の氏族社会を統一し、首長に推戴されたアルヴァ・グリイスは、南方に広がるタイリン平原へ侵略の毒牙を伸ばした。ドラン人の首長イレファバンは、累代の郷土を守る為に正面から対決を挑んだが、彼らの伝統的な武具である嵐棍は、グリシオン人の操る呪刀の怪物じみた威力に粉砕された。

 敗北が必至であることを悟ったイレファバンは、己の命と引き換えに、ドラン人への迫害を控えるよう、アルヴァ・グリイスに求めた。望みは叶えられ、敗軍となった総てのドラン人の身代わりに、イレファバンは斬首された。

「ドラン人は、遊牧民の暮らししか知らない。キグナシアやヴェロヌスには、クヴォール帝国以来の高度な文明があった。南部にも、ボルゼエレ帝国の遺産が山ほどあった。それを礎に、帝国に呑み込まれちまった後も、自治権を維持することが出来た。だけど、持たざる民であるドラン人に、グリシオン人は価値を見出さなかった。ドラン人が持っているものは、グリシオン人も総て持っていたからな」

「だから、貧しいということ?」

「金を遣る意味がないということさ。ドレイナ駅は、帝都とヴェロヌスを結ぶ大動脈の、ちっぽけな中継点に過ぎねえ。大枚を叩いて設備を更新して、何の見返りがある?」

 何百年も前の戦争の遺恨が、未だにドラン人の生活を呪縛している現実に、イスナはざらついた感情を懐いた。その当時、互いに啀み合い、殺し合った当事者たちは皆、とっくの昔に墓場の住人と化しているというのに、その末裔というだけで払い切れない負債を課せられるのは割り切れない話であろう。

「同族嫌悪という奴かも知れんな」

 イスナの困惑と感傷に寄り添うように、エトルースがぼそりと呟いた。

 

 埃っぽい木造の駅舎へ戻ると、ひんやりとした空気が総身を覆った。寄棟の屋根に穿たれた天窓から光が射し、磨り減った床板へ流れ落ちている。草原の真ん中に置き忘れられたように広がるドレイナの街では、何処にいても吹き抜ける風の匂いを感じることが出来た。海沿いの街であるイシュマールの潮風とは異なり、乾いた土と草と馬糞の匂いだ。

「さっきと様子が違うな」

 エトルースの言葉に、正面の改札へ眼を向けると、群青色の方形の帽子を被った駅員が、困惑した様子の乗客たちを前に何事かを説明していた。眼を凝らすと、無骨な鎖が改札口を封じるように渡されているのが見える。既に乗降場へ入った客たちも、改札まで引き返して駅員の説明に不貞腐れたような顔で耳を傾けていた。

「列車は動かないよ」

 近付いていくと、無愛想に同じ説明を繰り返す駅員の疲れ切った声が耳を打った。

「警事局からの御達しだ。僕に文句を言われたって、動かせないものは動かせない」

「仕事へ行かなきゃなんねえんだ」

 中年の荷役らしい男が唾を飛ばして喚くように問い詰める。然し駅員の顔には、恫喝された者の恐懼は毫も滲んでいない。誰に何と言われようと、彼の権限では事態が打開しないことを骨身に沁みて心得ているのであろう。

「人が死んだからね。暫くの間、列車は運休だ」

「殺しなんか最近じゃ珍しくもねえ。その度に列車を止められちまったら、こっちは飯の食い上げだ」

 訴える側も訴えられる側も共に、陰鬱な顔色へ精一杯の気力を滲ませて言葉を吐き出している。殺しが相次いでいるとは物騒な話だが、荷役の男の言う通り、その度に列車の運行まで停められたら堪ったものではない。

「何とかならねえのか。俺たちは急いでるんだ」

 禿頭の如何にも剣呑な風貌のカゲイロンに詰め寄られても、駅員は動じる素振りも見せずに首を振った。

「駄目だよ。警事局からの通達に刃向かう訳にはいかない。そもそも、此れは警務本庁からの御命令だ。最近、多いんだよ、ああいう事件。犯人が逃げたら困るから、許可が下りるまで列車は動かせない」

「冗談じゃねえ。俺たちは一刻も早く帝都に行かなきゃなんねえんだ」

「この列車に乗り込む客は、一刻も早く帝都やヴェロヌスに行きたがってる連中ばかりさ。あんただけを特別扱いする訳にはいかない。悪いが、諦めてくれ」

「こっちは単なる商用や物見遊山で急いでるんじゃねえ。人の命が懸かってるんだ」

「どういう事情であろうと、駄目なものは駄目だ。人殺しに見す見す逃亡の手段を与える訳にはいかない」

 カゲイロンが凄味を利かせて迫っても、駅員は頑として首を縦に振らず、改札の向こうへ一行を通すことも拒み抜いた。軈て果てしなく続く押問答に痺れを切らしたエトルースが肩を掴み、猶も口説き落とそうとするカゲイロンの無謀を窘めた。

「列車を動かす権限は、この男にはない。警事局の通達なら、此処で幾ら粘っても埒は明かないだろう」

「聞き分けのいいことを言うじゃねえか。お前だってさっきまで時間がないって騒いでたくせに」

「それと此れとは話が別だ。列車に拘らずとも、他の手立てを探せばいい」

「生憎、それは無理な相談だよ」

 エトルースの懸命な説得に冷水を浴びせるように、駅員が二人の遣り取りを遮って口を挟んだ。

「獣車の出入りも一時的に封鎖されてる。そりゃ、抜け道がない訳じゃないが、見つかったら厳罰だ。あんたたちも、犯罪者の片棒を担いだなんて因縁をつけられたくはないだろう。大人しく待つのが賢明さ」

 列車のみならず獣車まで運行を阻まれているとなると、残る手段は徒歩だけということになる。流石に広漠たるタイリン平原の街道を遅々として歩むのは現実的ではない。カゲイロンと二人だけなら、そのような強硬手段も不可能ではないが、ひ弱な若造を率いて帝都までの果てしない道程を踏破するのは気の滅入る話であった。

「悪いが、堪忍してくれよ。こっちも手の打ちようがないんだ」

 駅員は心底うんざりした様子で二人に向かって頭を下げた。

「この列車が何処へ通じてるかは、あんただって知ってるだろう。緑邦帝国の王城アルヴァ・グリイスさ。その列車へ人殺しが乗り込んで、帝都で悪さをしたら、誰が咎められると思ってる? 俺たちドラン人だ。だから警事局も、迂闊に列車を動かせないのさ」

 駅員の言い分に、熱り立っていたカゲイロンも返すべき言葉を見失った。タイリン平原は緑邦帝国の中枢たる帝都アルヴァ・グリイスの御膝元である。そこに暮らすドラン人たちは建国戦争に敗れ、不本意な服属を強いられた怨念を忘れていない。皇帝の足許に蠢く叛徒を野放しにしておけない帝国政府は歴代、平原の監視と異民族の懐柔に労力を費やしてきた。少しでも謀叛の疑いがあれば、直ちに官憲が動き出す。ドラン人たちが、政府の猜疑心を刺激するような事態を可能な限り回避したがるのは当然であった。

「文句があるなら、警事局に言ってくれ。どうせ、突っ撥ねられるだろうけどな」

 駅員の説得を諦めた一行は、止むを得ず踵を返した。無論、素直に引き下がった訳ではない。カゲイロンの粗野な号令の下、イレファバン大路の南端に位置するドレイナ警事局へ、直談判に赴く為である。

「おいおい。こっちも随分と荒れてるじゃねえか」

 駅舎同様、老朽化の著しい警事局の前には、大勢の野次馬が集まっていた。中には人目も憚らず口汚い言葉を叫び、警務官に詰め寄る者もいる。石段に屈み込んで、泣き崩れている者もいる。勢い余って警務官の胸倉を掴んだ若い男が、他の警務官に捻じ伏せられ、地面に顔を擦り付けながら、猶も喚き続けている光景に、サルファンは唖然とした。一人の女が刺されただけで、此れほどの騒ぎが持ち上がるものなのか。イシュマールでも、船員同士の喧嘩が殺人に発展することはあったが、誰もこんな風に、警事局まで押し寄せたりはしなかった。

「落ち着け、落ち着け。ちょっと道を空けろ」

 呆気に取られるサルファンを尻目に、カゲイロンは群衆を掻き分けて前へ進んでいった。二本の脚で立ち始めた頃から、馬術棍術を仕込まれ、戦士として錬成されるドラン人の男たちは、誰もが魁偉な体格の持ち主である。然しカゲイロンは平然と彼らを押し退け、横一列に居並ぶ警務官の垣根まで辿り着いた。

「列車は何時になったら動くんだ」

 手近な警務官を捕まえて訊ねると、相手は大声で答えた。

「当分は動かせない。女を刺した犯人の行方が知れるまで、運行を停止せよとの御達しだ」

「こっちは急用なんだ。さっさと動かしてもらわねえと困る」

「それは無理な相談だ。我々が犯人の身柄を確保するまでは、我慢してもらいたい」

「おいおい、俺は忙しいんだよ」

 カゲイロンは型通りの返答に苛立ち、語気を強めた。

「一刻も早く、帝都に行かなきゃなんねえんだ。あんたたちの仕事が終わるのを、指を銜えて待ってる時間はねえんだよ」

「貴様、口の利き方を弁えろ!」

 警務官は佩刀の柄に手を掛けて怒鳴った。すると、カゲイロンの傍らにいたドラン人の男が、二人の間に割り込んできた。

「列車を動かす訳にはいかねえよ、兄さん。ラルダドラドの卑劣な鼠が、遠くへ逃げちまうだろ」

「ラルダドラド?」

 耳慣れぬ単語に、カゲイロンは男の顔を見凝めた。

「余所者は知らなくてもいいさ。だが、ドレイナの問題に嘴を入れるのは止めておきな。列車は動かせねえ。俺たちが許さん」

 男は隆々たる筋骨を誇示するように腕を組んで凄んだ。その首筋には、紫の奔馬の刺青が彫られている。イレファバン大路で刺された女を介抱していた男の首にも、同じ刺青が刻まれていたことをカゲイロンは反射的に思い出した。

「じゃあ、此れは一体何の騒ぎなんだ。列車を動かせと、談判してるんじゃないのか」

「俺たちドラン人は、列車が動こうが停まろうが、どっちでもいいのさ。どうせ、あの列車はグリシオン人とヴィアロン人の為に走っているだけだ。このドレイナには、如何なる富も齎さない」

 男は唇を歪めて吐き捨てるように言った。

「無能な警務官どもに、さっさとラルダドラドの息の根を止めろと要求してるのさ」

 その挑戦的な言葉に、先刻の警務官が顔色を変えた。

「おい、お前」

 柄に掛かった指先が怒りに顫えている。今にも抜刀しかねない勢いだ。

「警務官を侮辱するのは、国法に抵触する行為だと分かっているのか」

「文句があるなら、一人前の仕事をしてみろ、グリシオン人の走狗め」

 男は怯む気配も見せずに力強く顎を上げて言い返した。

「此れ以上、我がミランサ・リャーグから死人を出す訳にはいかん。お前たちが役に立たないなら、せめてラルダドラドへ殴り込む許可を、我が氏族に与えろ!」

「貴様、よくも言ってくれたな」

 走狗という言葉が、警務官の理性を吹き飛ばしたことは明白であった。腕が毒蛇のように素早く走り、抜き放たれた軍刀が日盛りの碧空に燦然とした。女たちの悲鳴が上がり、男たちの瞳に剣呑な光が一斉に燃え立つ。同僚の暴走を阻もうと、他の警務官が腕を伸ばすが、完全に頭へ血が上った様子の本人は脇目も振らず、軍刀を振り翳して喚き立てた。

「叩き殺してやる! 公共の安寧を守る崇高な使命に奉仕する我々を、帝国の狗呼ばわりとは、いい度胸だ!」

 咄嗟に掴みかかり、斬撃を封じようとする男の蟀谷に、警務官の肘打ちが入った。眩暈を起こして屈み込んだその背中へ、警務官の熱り立った瞳が狙いを定める。

(どうなってんだ、この街は)

 呟きながら上体を屈める。光り輝く軍刀が無慈悲に振り下ろされたところへ、カゲイロンの段平が滑り込んだ。鋭く澄んだ音が鳴って、弾かれた軍刀が後ろへ逸れる。二つに圧し折れた刃の切れ端が、宙を舞って警事局の壁に突き刺さった。

「下らねえことで人を殺めるのは止せ。曲がりなりにも、警務官だろ、てめえ」

 段平を握ったカゲイロンに睨まれて、毒気を抜かれた警務官は蒼褪めた。剣呑な遣り取りに、群衆の狂瀾が潮の引くように静まっていく。命拾いした男は、頭を庇って地面に伏せたまま、凝と動かなかった。

「シャーゼン!」

 沈黙を引き裂くように、厳めしい声が響き渡った。玄関へ通じる石段の上に、年配の警務官が立っている。その瞳は、怒りの為に底冷えしていた。

「民衆に向かって軽々しく刀を抜くとは、如何なる料簡か」

 軍刀を失った警務官は血相を変え、その場に蛙のように跪いて大袈裟に許しを乞うた。

「申し訳ありません、局長。あの男が」

「言い訳は後で聞く」

 警事局長に相応しい威厳を湛えて、男は徐に石段を降りた。ミランサ氏族の郎党を名乗った男の傍らに屈み、腕を掴んで立ち上がらせる。

「相次ぐ凶行を防ぐ手立てを持たぬ己の無力、局長として、忸怩たる思いを抱えている」

 殺されかけた恐怖が消え残っているのか、男は茫然と立ち竦んだまま黙り込んでいる。その頼りない躰を支えてやりながら、局長は群衆を睥睨し、大声を張り上げた。

「警事局長のヴァルクリフだ! 諸君の憤懣と怨嗟は、十全に承知している。目下、ラルダドラドに警務官を派遣し、犯人の検挙に尽力しているところだ。本庁にも、問題解決に向けた支援を要請している。断じて、このまま同胞の尊い命が失われていくのを、座視する積りはない! どうか、我々の衷心を理解し、協力を賜りたい。この通りだ!」

 ヴァルクリフは地面に両膝を突き、静まり返った群衆の前で、這いつくばるように身を伏せた。硬い敷石道に額を擦り付け、祈りを捧げる敬虔な神官のように動かない。

「そうやって、何時までも俺たちを騙し続けるのか」

 若い男が、苦り切った顔で雨垂れのような不満を吐き捨てた。然し流石に、市内屈指の有力者である警事局長の拝跪に、追い討ちの罵詈を投じるのは躊躇われたのであろう。平伏を止めない局長の姿から顔を背け、不快そうに踵を返すと、男は荒々しい靴音を響かせて、その場から立ち去っていった。

「お前らが腰抜けだから、ラルダドラドの連中が図に乗るんだろう」

 人垣から飛んだ疎らな罵声は、大波と化す前に力なく立ち消えた。先刻の男に倣って、群衆は激情を呑み込んだ蒼白い顔で方々へ散り始めた。最後の一人が帰るまで、局長は地に伏したまま、面を上げなかった。

「列車を動かせと直談判するのは、どうやら酷らしいな」

 エトルースが腕を組んで呟くと、カゲイロンは答えずに局長の傍へ歩み寄った。

「おい、止めておけ」

 険しい顔で窘めるエトルースに、カゲイロンは片手を向けて口を噤ませた。謝罪の姿勢を崩さない局長の姿を憐れむように見下ろし、暫時の躊躇いの後、徐に口を開く。

「ヴァルクリフ」

 不意の呼び掛けに、局長は当惑した顔で身を起こした。その双眸が、静かに見開かれる。

「若しかしてお前、カゲイロンか」

「まさかと思ったが、人違いじゃなさそうだな」

 カゲイロンが口許を綻ばせると、ヴァルクリフは興奮した様子で立ち上がった。

「何故、ドレイナに?」

「訳があって、帝都へ向かってる。ヴェロヌスから列車に乗ったんだが、この街で立ち往生という訳さ」

 カゲイロンの言葉に、ヴァルクリフは警袍の砂埃を払いながら眉を曇らせた。

「恥ずかしいところを見られたな」

 ヴァルクリフは、カゲイロンが南方警務院の暴徒制圧局長を務めていた頃の同僚で、当時は捜査統括局の情報部長であった。ドレイナ出身のドラン人で、十四年前に故郷の警事局長に栄転し、現在に至っている。

「事情は知らんが、随分と揉めてるらしいな」

「ああ。そのうち、暴動が起きかねない勢いだ」

 肩を落とすヴァルクリフの顔には、憔悴の色が濃かった。強訴する群衆の剣幕から察するに、こうした談判は既に幾度も繰り返されているのであろう。その度に警事局長として矢面に立たされるのは、職責とはいえ苛酷な役回りには違いない。

「列車は当分動かねえのか」

「大通りで女が殺された。犯人は未だ捕まっていない。そいつを取り押さえるまで、列車を動かす訳にはいかないんだ」

「一体、何があったんだよ」

「詳しいことは中で話そう。俺の部屋なら、邪魔は入らない」