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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

狂気とユーモア・異様に明晰な覚醒・見落とされた違和感・カフカ「変身」

 フランツ・カフカの名高い小説「変身」(新潮文庫)を読み終えた。

 彼是と文学的な話柄に就いて偉そうなことを書き殴っている割に、カフカの「変身」も読んだことがなかったのかと笑われるかも知れないが、それは仕方のないことである。とりあえず読んだので、覚書程度に記事を認めておく。

 この作品は広く知られているように、グレーゴル・ザムザなる人物が或る朝、眼を覚ますと、不愉快な外見の毒虫に変身していたという挿話から始まる。作者は、グレーゴルが毒虫に変化してからのザムザ家の顛末をひたすら丁寧に描いていく訳だが、その描き方の丹念な写実性とは裏腹に、グレーゴルは何故自分が毒虫に姿を変えてしまったのかという至極尤もな問いを、最後まで口に出さぬまま死んでいく。この重要な文学的「禁則」が、或る意味では淡々としていて、異様なところなど何もない筆致に、奇妙な眩惑的効果を与えている。語り口の徹底的な平静さと、眼を覚ましたら不意に毒虫に変身していたという荒唐無稽な設定との乖離が、この作品の全篇を貫く文学的な活力の源なのだ。

 実際、カフカの文章は極めて明晰で、細部にも行き届いており、何も思わせぶりな要素はない。それでも彼の作品に奇妙な迫力が漲るのは、その明晰な筆致によって紡がれる物語の設定が超自然的なものであるからだ。つまり、ここでは虚構と現実との境目が済崩しに踏み荒らされている。読者はそこで当惑してもよいし、笑ってもよい。だが、私は笑えなかった。ザムザの追い込まれた状況が精細に描き出される所為で、その不条理な境遇が恐ろしく感じられたからである。彼が追い込まれている状況は、或る側面から眺めれば滑稽極まりない。だが、全篇に漲る奇想の残酷さに、私の唇は終始こわばり続けた。ここから「不条理」という観念を引き出すのも結構だが、そういう観念以上に先ず、毒虫に変身したザムザの姿の生々しい活写が、こちらの脳裡を占拠してしまう。

 呆気なく、皮肉の利いた終幕の場面は、世界に対する悪意だろうか、それとも一種の自虐だろうか。

 

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)