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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「居心地」

詩作

そりゃあ重要ですよ

居心地は

家具屋の店員みたいに

男は言った

去っていった女の

猫背のシルエットが

眼裏で笑いさざめく

居心地が悪くて

家を出た女の

行方を尋ねる気力は

もうどこにも残っていない

 

居心地を良くするための努力を

あなたは怠っていたんでしょう

男は先輩づらで

口笛を吹くように言う

わたしはタバコを吸いながら

そうかもしれませんねと

他人事めいた口調で答える

閉店時刻の近づいた

薄暗い喫茶店の片隅で

 

努力すればなんとかなるものですかねえ

吸い過ぎたタバコのせいで

眉間の奥が少し痛む

男は腕を組んで

眉根を寄せる

まあ

相性ですからねえ 居心地は

合わない服は選ばないことですよ

気軽に裾上げのできるものでもないですからねえ

ほんの少しだけ

慰めるような響きが混じる

合わない服のように

あつかえるものではない

あの女の感情は

わたしは思わず

掌をこすり合わせる

扱いかねて

火ぶくれした

わたしの掌

 

別れて正解ということですか

男は 適切な沈黙で

わたしの問いを受け止める

誰だって合わない服を

デザインやら値段やらに眼がくらみ

つい買ってしまった経験が

あるものですよ

口に運んだコーヒーがひどく苦いのは

砂糖が足りないせいではない

わたしは性懲りもなく

新しいタバコに手を伸ばす

分からない男だな あんたも

家具屋のような男は苦笑する

頭が痛くなると分かっているのに

肺も喉も限界を迎えていると分かっているのに

性懲りもなくタバコを吸うわたし

合わない服に手を伸ばす愚かなわたし

 

蛍の光」が流れる

喫茶店のウェイターは

床をモップで磨きはじめた

わたしと男は黙って立ち上がる

外は冷え切った晩秋の夜

気をつけてお帰りなさい

家具屋のような男は

コーデュロイのジャケットをひるがえす

残されたわたしは

反対の方角へ歩きだす

反省と無縁の

自分自身をもてあましながら

 

合わない服に手を伸ばすわたし

合わない服でも欲しくなるわたし

合わない服でも構わないから

袖を通してみたくなるわたし