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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

歌い手のマテリアル

文学

 先日から投稿を開始した幾つかの拙い詩作品たちは、2011年10月13日以降に書いたものである。東日本大震災が発生した、良くも悪くも長く記憶に留められるであろうこの年は、私の身辺に様々な変動が起こった一年でもあった。

 幾度もこのブログで断片的に述べている通り、私は二十歳の時に最初の結婚をした。妻と仲違いをして、下らぬ理由から派生する口論の絶えない日々を過ごした後、2011年の6月6日付で正式に離婚した。松戸駅から程近い、妙に湿気の多い陰気なワンルームの安アパート(駅から徒歩10分の距離で、家賃は4万円だった)へ引っ越した私は或る日、仕事から夜遅く帰ってきて、貧相な郵便受けに松戸市役所からの封書が突っ込まれていることに気付いた。開封してみると、中身は「離婚届を受理した」という通知であった。そんなことは言われずとも知っていると、疲れ果てた躰の内側から苛立ちが迫り上がったことを覚えている。同時に、切実な徒労感と侘しさにも魂を蝕まれた。感情の面だけでなく、法律的な意味合いにおいても、私たちは「別れた」のだ、ということが、骨身に沁みたのである。 

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 これらの詩篇は、離婚した当時の心境に基づいて書き綴ったものである。読み返すと、今でも当時の悲嘆や虚無感が生々しく甦ってくるような気がする。考えてみれば、単なる文字の羅列から、五年前の記憶が或る鮮烈な印象を伴って引き出されるというのは、不思議な経験である。離散的な記号の束が、肉体的な感情の記憶に強く深く結び付いていることの証明でもあるだろう。実際、詩語をパソコンの画面上に列ねながら、私は懸命に過去から現在に至る精神の変容の過程を、明確な「言葉」に置き換えようと苦闘していたのだ。その報われない格闘の痕跡が今も、これらの詩篇には濃密に染み渡っている。

 私が最も熱心に詩篇を書いていたのは、たった一年で終焉を迎えた大学時代であった。「殺戮の歌」という表題の下に纏め上げた百篇の詩篇を、日本文学館という自費出版系の会社が催していたコンテストに応募して、月間優秀賞を授与されたことを覚えている。尤も、彼らのコンテストが本当に文学的価値への誠実な情熱に基づいて運営されていたかどうかは疑わしい。作家志望者を甘言で誑かして出版費用を毟り取るような手口が横行していると、ネット上には幾つも書き込みが転がっており、日本文学館消費者庁から業務停止命令を受けたことがあるらしい。後に経営破綻した碧天舎からも、学生の頃に、出版を勧める執拗な勧誘の連絡が幾度もあった。どう贔屓目に見ても、私の書いた作品の価値に魅せられたというより、私が出版の為に費やすかも知れない金銭に魅せられて連絡を寄越したとしか考えられない雰囲気だったので、きっぱりと固辞した。辛うじて、詐欺的な商法の被害者となることを免かれた訳である。

 自分の経験を振り返ってみると、精神の平衡を崩した時に「詩作」への欲望が迫り上がる傾向があるようだ。日々の生活が充実していて、余り思い悩むことがない時期には、詩作という孤独で閉鎖的な営為に血道を上げようという気分にはならない。しかし、例えば離婚という非常に精神的な負荷の大きい経験を済ませた後には、詩作というのはどうにもならない内なる感情を表象するのに、極めて適した手段であると言える。随筆でもいいが、余りに苛酷な経験の後では、出来事の流れを第三者にも分かり易く整理することが困難である。どうすればいいのか、どうすることが正しかったのか、そういった苦悩は離婚届が受理され、別々の場所で暮らすようになった後も、無際限に持続するもので、簡単には事件の総体を俯瞰することが出来ないのだ。そういう場合、理知的な言葉よりも感情的な言葉、断片的な言葉、散文的なシンタックスに収まらないような言葉の方が、表現の媒体としては適格である。

 私は本職の詩人でもないし、アマチュアとしても詩作に熱心な男ではないから、余り偉そうなことを言うべきではないのだが、自分なりの所感を書き留めておく。詩歌を作るということ、つまり文字によって「歌う」という行為は多かれ少なかれ、現実の体験や記憶を反映している。どれだけ茫漠とした語句の列なりによって構成されていても、そこには必ず内的な論理が介在している。但し、その内的な論理は充分に社会化されていないので、分かり易く明快な「公共」の言葉では巧く表すことが難しい。だから、詩歌という様式は常に主観的な曖昧さを湛えているのである。 

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 無論、現実の経験や記憶に依拠せずとも、詩を作ることは出来る。例えば「さよなら、渚」という詩篇は、漠然とした「夏」のイメージに「離別」のイメージを重ね合わせただけの、綿菓子のように頼りない作品である。 

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 一方、この「居心地」という詩篇は露骨なほどに「離婚」という体験から得た様々な認識を養分として作られている。だが、この詩篇を書いたときには、既に私は別の女性に仄かな恋慕を持ち始めていたので、掉尾の部分に、そのような心情を暗示するような文言が混ざっている。はっきりとした関係を持つ見込みは立っていなかったものの、私は離婚を経由した後でも「女性」という存在に絶望を見出すことはなかった。結局、今回は巧く行かなかったけれども、反省を活かして次の関係を作り出すことは不可能ではないと考えていた。もっと厳密に言えば、私は「離婚」の苦しみを経由することで、自分が「一人では生きられない性質の人間であること」を明瞭に悟ったのだ。