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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

退屈な人生の、退屈な燦めき

追憶

 久々に朝から晩まで働いて、随分と疲れを覚えた。これでも小売の現場に立つようになって十年を越え、今更「通し」の立ち仕事に心身を参らせる虞はない。だが、昔のように、つまり二十代前半の頃のように、無我夢中で働き抜くことの尊さのようなものには、余り眩惑されなくなった。働くことは確かに尊い営為であり、若い時分には、特に世間知らずの青二才の時代には、自分の流儀や哲学など無造作に投げ捨てて、馬車馬の如く走り回る季節を経験することも、得難い財産を築くことになるとは思うが、年齢を重ねるうちに、そういう暑苦しい美学が白々しく見え始めるのだから、人間の心というのは実に頼りないものだ。

 過去を振り返ると、直近の十年間に限っても、色々と人生を揺るがすような出来事が幾つもあった。私は平凡な勤人に過ぎないが、その身分に応じて凡庸な生活を営んでいる積りであっても、冷静に考えてみれば意外に世間の常識から逸れたような経験も幾度か味わった。いや、特別な体験をしたという訳ではない。断片だけを眺めれば、どれも手垢に塗れた出来事に過ぎない。二十歳で結婚し、二十五歳で離婚する、そうした物事の進捗には、傍目には推し量り得ない厄介な事情や悲喜交々の感情が潜んでいるのだが、これだけ広大な世界に生を享けながら、その程度のことを特異な体験だと吹聴して回るのは愚かしい誇張でしかないと、結論せざるを得ない。

 現在の妻と再婚するとき、前妻との間に儲けた息子の戸籍を整理する必要に迫られた。現在の妻を両親に紹介する為の食事会の日に、私は市役所で息子の転籍の手続きに就いて職員から教示を受けた。親権は向こうが握っていたから、前妻に色々と動いてもらわないと物事が前に進まないことを知り、市役所のベンチに座って電話を掛けた。その電話口で前妻から、胃癌が発覚したと告げられ、私の脳味噌は真っ白になった。そのときの衝撃を、どのような言葉で表現すればいいか分からない。驚き、哀しみ、怒り、混乱、とにかく様々な情念や思考が沸騰して、私の視界を濁らせたのだ。とりあえず電話を切り、松戸駅で両親と合流して、予約していた店へ向かった。個室の席へ通され、どういう話の流れだったか忘れたが、私は両親と恋人の眼前で泣きじゃくった。随分と素っ頓狂な男である。結婚に向けて、実の両親に交際相手を紹介する為の食事の席で、胃癌に罹った前妻の境遇を想って、号泣したのだ。今の妻に対して、とても無礼な振舞いだったと思う。それでも私は、湧き起こり迫り上がる感情に蓋をすることが出来なかった。「情」という奴だろうか。そんなものを引き摺っても仕方ないと理窟では弁えながらも、全く予想していなかった病魔の登場に、理性は容易く屈服して、激情に主導権を譲り渡したのだ。

 愛憎を表裏一体と看做すのは古来、有り触れた考え方である。擦れ違い、当初の愛情を薄れさせた揚句に離婚へ至ったのだから、胃癌になろうが何だろうが、所詮は他人事だと言えなくもない。だが、人間の魂はそれほど簡単には割り切れないものだし、そこまで酷薄な合理主義を信奉し続けるのも、私の柔な魂にとっては苛酷な試練であった。流した涙の意味を、完全に整理して、その本質を把握するのは頗る難事である。それに時間が経ってしまえば、その瞬間に突き上げるように感じた衝撃の生々しさも、驚くほど色褪せ、古びた靴底のように磨り減っている。そうやって乗り超え、印象の掠れてしまった無数の記憶を携えながら、私はこれからも数十年の「余命」を生き延びていくのだろう。それが人生の根本的な風景なのだと、口先だけで納得するのは容易いことだ。思いも寄らぬ風景に邂逅する度に、人は少しずつ老いていく。「何を見ても何かを思い出す」と、ヘミングウェイは書いた。追憶の監獄に囚われるのは、不幸な生涯であるに違いない。記憶は常に先入観と偏見の温床である。それでも、自分の足跡を黙殺して、総てを更地に戻してしまうことは許されないのだ。