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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「沖縄」という政治的な場所 1

 在日米軍普天間基地移設に伴う措置の一環として、沖縄県名護市辺野古の埋め立て工事が再開され、沖縄県知事の翁長氏、名護市長の稲嶺氏を中心に反発が強まっているという報道に接した。

 私は人生で一度も沖縄へ足を踏み入れた経験がなく、沖縄という土地が辿ってきた複雑な歴史に関しても概ね無知であると言い切って差し支えない。沖縄という土地を呪縛し続けている様々な政治的軋轢の堪え難い痛みに就いても、鋭敏な想像力を働かせることさえ出来ない愚物である。それでも、個人的に考えたことを広大な情報空間の片隅に小刀で刻むように書きつけておきたい。

 沖縄という土地が、日本とアメリカの複雑な関係性を集約し、象徴的に拡大する特殊な政治的領域であるという私の認識は、それほど的外れなものではないと思う。沖縄は、太平洋戦争において唯一、苛烈な地上戦が展開され、民間人を含む夥しい数の戦死者を計上した土地であり、戦後はアメリカの占領統治下に置かれ、1972年の「沖縄返還」に至るまで、その施政権は日本政府の掌中から奪われ続けていた。日頃、私たちはアメリカとの政治的な関係性に就いて濃密な意識を持つことは少ない。だが、沖縄の人々は在日米軍基地の問題を巡って、絶えず巨大な政治的存在としてのアメリカの影に直面し続けている。本土に暮らす日本人の大半が敢えて見凝めようとしなくても済んでいる「歴史的遺産」の暗部を、沖縄という土地は今でも背負い続けることを強いられているのだ。

 沖縄という土地に就いて考えるとき、私は村上春樹の「ハンティング・ナイフ」という短い小説のことを思い出すのが常である。以前にも、このブログで「ハンティング・ナイフ」に就いては取り上げたことがある。改めて読み返してみても、何となくすっきりとしない、謎めいた小説である。尤も、それはこの短い作品が複雑であったり難解であったりするからではない。文章自体は、村上春樹らしい率直で明快な表現力を隅々まで行き渡らせているから、意味が分からないということも、読解が進捗しないということもない。彼の文章はカフカのように明晰であり、少しも抽象的で俯瞰的な観念によって汚染されていない。そこには訳知り顔で文学的な解釈を加えたがる私のような卑しい愚者に好都合な手懸りが殆ど存在しないか、若しくは注意深く隠蔽されていて、安易な図式化に根底から抗っている。

 だから、私が「ハンティング・ナイフ」に日米関係の複雑な構造の象徴的な表現を見出した積りになって舞い上がるのは、作品に対して無礼でもあり、不躾でもあり、無神経でもあると思う。しかし、私の内なる性癖は、そのような傲岸不遜の振舞いに敢えて踏み切ろうとする欲望を制御することが不得手である。

 ブイの上空は米軍基地に向かう軍用ヘリコプターの通り道になっていた。彼らは沖合からやってきて、ふたつのブイの真ん中あたりを通過し、椰子の木の上を越えて内陸の方へと飛び去っていった。パイロットの表情まで見えそうなほどの低空飛行だった。緑色の鼻先からは、昆虫の触手のようなアンテナがまっすぐ前方に突き出していた。でも軍用ヘリコプターの行き来をべつにすれば、そこは今にも眠り込んでしまいそうな、静かで平和な海岸だった。誰にも邪魔されず、のんびりと休暇を過ごすには、うってつけの場所だ。

(筆者註・本稿における「ハンティング・ナイフ」の引用は、新潮社発行の「めくらやなぎと眠る女」に収録されているバージョンに基づいている)

 語り手の「僕」が訪れた、この穏やかなリゾート地が「沖縄」であると明示されている訳ではないが、わざわざ「米軍基地に向かう軍用ヘリコプター」という記述が採用されている点を考慮すれば、この作品の舞台が「沖縄」であるという推測を組み立てることは、それほど不当な判断ではないだろう。そして、旅行者として設定されている「僕」の視点の位置や角度が、本土から訪れた部外者の微温的な性格を強調するように仕立てられていると解釈するのも、荒唐無稽の考え方ではないと私は信じる。

 「軍用ヘリコプターの行き来をべつにすれば」という「僕」の意図的な註釈は、沖縄の置かれている政治的な現実の危険な側面を捨象することに他ならない。「僕」は軍用ヘリコプターの存在に着目しても、そこに特別な意味を読み取ろうとはしないし、その背景に秘められている無数の「経緯」に特別な注意を払うこともない。彼は飽く迄も一介の旅行者として、東京から来た観光客として、この「今にも眠り込んでしまいそうな、静かで平和な海岸」を訪問し、貴重な休暇を堪能しているに過ぎない。そうした眼差しの性質が、沖縄に対する「本土」の視線の比喩であると強弁するのは暴論に聞こえるだろうが、総ての読者に認められた崇高な権利として、私の手前勝手な「誤読」を許してもらいたい。

 ブイの上には思いがけなく先客がいた。ブロンドの髪の、見事に太ったアメリカ人の女だ。ビーチから見たときにはブイの上には誰もいないように見えたのだが、たぶん僕が泳いでるあいだに、彼女はやってきてそこにあがったのだろう。女は小さなビキニの水着を身につけて、うつぶせになっていた。よく畑に立っている「農薬散布注意」の旗を連想させるような、ひらひらした赤い水着だった。彼女はほんとうにまるまると太っていたので、その水着は実際以上に小さく見えた。彼女の肌はまだ白く、ほとんど日焼けしていなかった。ここに来て間がないのだろう。

 言うまでもなく、沖縄及び日本にとって「アメリカ」という国家が有する意味は、特権的な水準に位置付けられているが、戦後七十年を閲した今、本土と沖縄との間には「アメリカ」に対する意識の隔たりが根深く介在しているように思われる。今回の辺野古移設に伴う工事の執行に対して、名護市の稲嶺市長は「日本政府は沖縄県民を日本国民として扱っていない」と言い、憤怒を露わにしている。それは薩摩藩の圧政から、明治政府の琉球処分を経て、太平洋戦争における惨たらしい本土決戦の災禍に至るまで、沖縄という土地が日本政府から受けてきた陰惨な仕打ちに対する、蓄積された被害感情の発露であると同時に、今も猶、戦勝国アメリカに対する「生贄」として「沖縄」を差別し続ける日本政府のエゴイズムに対する「宿怨」の表明でもあるだろう。

 言い換えれば、沖縄という土地には、日本という国家がアメリカとの関係を通じて、歴史的な暗がりの奥底へ封じ込めてきた「戦争」の記憶が今も、生々しい現実として宿り、様々な事件を通じて絶えず喚起され続けているのである。本土においては余り意識されず、記憶が薄らいでいるようなことも、沖縄においては切迫した現実として感受されている可能性は決して小さくない。

 僕は海岸にまた目をやった。車椅子の母子の姿はやはり見えなかった。兵隊たちはまだビーチ・バレーボールを続けていた。ライフガードが、監視台の上から大きな双眼鏡で何かを熱心に見ていた。やがて沖合から二機の軍用ヘリコプターが姿を現し、まるで不吉な手紙を運ぶギリシャ悲劇の特使のように、重々しく我々の頭上を轟音とともに通り過ぎ、内陸に向けて消えていった。そのあいだ我々は黙って、そのオリーブグリーンの飛行体を見上げていた。

 海軍の将校を兄に持ち、海軍上がりの航空機のパイロットと離婚した経歴を持つ、アメリカ人の女性と会話する間、「僕」の眼に映じる風景の中には、米軍を想起させる断片が幾つも埋め込まれている。それは一見すると何気ない叙景に過ぎないが、こうした描写が「意図的ではない」と考えなければならない特別な理由は存在しない。繰り返し強調するように書き込まれる「アメリカ」と「兵隊」に関する記述は、単なる作品の彩りでも飾りでもなく、或る「使命」や「役割」を背負ったものとして解釈されるべきだと私は思う。

 そして改めて強調するまでもなく、この短い小説において最も重要な意義を担っていると考えられるのは、語り手の「僕」がたびたび見掛ける車椅子に乗ったアメリカ人の青年である。彼の素性に就いて、私たち読者が明確に知り得る事実は限られている。因みに私は、今回「ハンティング・ナイフ」を再読するまで、彼が「アメリカ人」であると明記されていることを見落としていた。

 彼が何者なのかを考え、推測し、何らかの仮定的な答えを導き出そうと努めることは、この作品に嵌め込まれた様々な「意味の萌芽」を掴む上では、不可避の作業である。だが、彼の正体を見極めることは少しも容易ではない。具体的な記述を一つずつ拾い集めて、見通しの良い展望を少しずつ手作業で拵えていく以外に方途はない。

 だいぶ長くなったので、続きは次回に引き継ぐことにする。

 

めくらやなぎと眠る女

めくらやなぎと眠る女