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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「沖縄」という政治的な場所 4

社会 文学

 今回で連載四回目である。

saladboze.hatenablog.com

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 前回の記事で、私は車椅子の青年の発言に着目し、彼が「何もしないこと」を自らの役割として担っていることに関して、断片的な省察を積み重ねた。今回の記事では、その点に関して更に考察を進めていきたい。

 「何もしないこと」が単なる禁圧や制限の結果ではなく、積極的な役割として是認されており、そのことによってシステム全体の利益に資する存在、という抽象的な定義から、具体的な存在の様態に関するイメージを導き出すことは容易ではない。敢えて暴論を承知の上で仮説を提示するならば、私は「象徴天皇」という制度を事例に選びたい。

 「象徴天皇制」に関する歴史的な経緯や、その実質的な機能に就いて、私は精確な知識を有していない。従って、飽く迄も私の独善的な見解として、以下の暴論を書き殴ることになるので、その点を念頭に置いて御一読願いたい。

 「何もしないこと」によってシステムの存続に寄与するという特殊な社会的地位の機能に関して、象徴天皇制ほど適切な事例は他に思い浮かばない。何故なら、象徴としての天皇は、日本という国民国家の統合の「旗じるし」という重責を担いながら、その政治的な実権を完全に除去された存在であるからだ。これは、車椅子の青年が作中において観念的な独白を通じて暗示しようとしている曖昧模糊とした存在の形態に、具体的な姿形を与える為の恰好の「現実」ではないだろうか。

 「何もしないこと」を、日本国憲法第四条に規定された「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」ことと同一視すれば、車椅子の青年が強いられている境遇はまさしく「象徴としての天皇」そのものに他ならない。このように考えると、作中で触れられる「家族」という観念を「国家」という観念に置き換えることも、強ち牽強付会とは言えなくなるのではないか。青年は政治的に無力であることを絶対的な存在の条件として刻印されている。だが、それは彼が本当の意味で如何なる政治性とも無縁の存在であることを意味しない。「政治的に無力であることの政治性」の作用を認めなければ、彼がシステムの存続に対して積極的な貢献を為し得る理由が消滅してしまうからだ。

 そう考えるならば、何故、車椅子の青年とその母親が、自発的な意志に基づかない無期限の「休暇」に追い込まれているのか、その背景と経緯を想像することは最早、それほど困難な作業ではない。日本国憲法の改正と象徴天皇制の導入が歴史上、どのような社会的趨勢の中で実行に移されたのか、私たちは誰でも知識として理解している。太平洋戦争に敗北し、アメリカの主導によって運営されたGHQの統治下に置かれる過程で、日本は象徴天皇制の導入を、つまり国家元首としての「天皇」の政治的な無力化のプロセスを受容したのである。青年が「禁じられた存在」として「無際限な休暇」の日々に幽閉されてしまったのは、彼の政治的な権力が空前絶後の惨劇を齎したからである。少なくとも「アメリカ」は、そのように考えていただろう。

 だが、歴史を遡って考えるならば、こうした「象徴天皇制」は古来、日本という国家においては政治的な常套手段であり、社会の基本的な構造として当然の如く容認されていた仕組みではなかっただろうか。軍部による政治への容喙は、鎌倉幕府の設立以来、日本の歴史的な伝統であり、寧ろ天皇自身が強大な政治力を発揮して中央集権的な独裁を維持することが出来た期間は驚くほど短い。鎌倉幕府以前にも、日本の行政の中枢を実質的に支配していたのは藤原氏によって代表される一部の公家であり、彼らが摂政や関白の地位を独占することによって、天皇さえも政治的な道具として傀儡のように操っていたことは、歴史に関する基礎的な知識の範疇に属する。

 坂口安吾は「堕落論」の中で次のように述べている。

 私は天皇制に就ても、極めて日本的な(従って或いは独創的な)政治的作品を見るのである。天皇制は天皇によって生みだされたものではない。天皇は時に自ら陰謀を起したこともあるけれども、概して何もしておらず、その陰謀は常に成功のためしがなく、島流しとなったり、山奥へ逃げたり、そして結局常に政治的理由によってその存立を認められてきた。社会的に忘れた時にすら政治的にかつぎだされてくるのであって、その存立の政治的理由はいわば政治家達の嗅覚によるもので、彼等は日本人の性癖を洞察し、その性癖の中に天皇制を発見していた。それは天皇家に限るものではない。代り得るものならば、孔子家でも釈迦しゃか家でもレーニン家でも構わなかった。ただ代り得なかっただけである。
 すくなくとも日本の政治家達(貴族や武士)は自己の永遠の隆盛(それは永遠ではなかったが、彼等は永遠を夢みたであろう)を約束する手段として絶対君主の必要を嗅ぎつけていた。平安時代藤原氏天皇の擁立を自分勝手にやりながら、自分が天皇の下位であるのを疑りもしなかったし、迷惑にも思っていなかった。天皇の存在によって御家騒動の処理をやり、弟は兄をやりこめ、兄は父をやっつける。彼等は本能的な実質主義者であり、自分の一生がたのしければ良かったし、そのくせ朝儀を盛大にして天皇を拝賀する奇妙な形式が大好きで、満足していた。天皇を拝むことが、自分自身の威厳を示し、又、自ら威厳を感じる手段でもあったのである。(筆者註・引用文は「青空文庫」より転載)

 この指摘は、本稿の眼目にとって重要な省察を豊富に含んでいる。象徴としての天皇、つまり政治的には無力な存在を「象徴」として神輿のように担ぎ上げることで得られる「固有の政治力」を、日本の累代の政治家たちは存分に活用してきた。政治的に無力であることが、固有の政治性を生成するという特異な原理は、少なくとも日本という国家においては磨き上げられた伝統芸能にも等しい、行政の常道なのである。

 従って、車椅子の青年が語る「システム」の原理はそのまま、日本という国家の原理として置換することが可能である。無論、彼は「アメリカ人」として作者の手で具体的に規定されているではないかと、読者諸賢は速やかな反駁を試みるだろう。だが、その点に就いても、解釈は幾つかの種類に枝分かれし得ることを考慮に入れておく必要がある。「ハンティング・ナイフ」の作者は、「日本」という国家が実質的に「アメリカ」の一部と化していることを暗示しているのだと、穿った見解を試みるのも自由な読者の権利なのである。

 車椅子の青年によって体現される「象徴的権力」の入り組んだ政治性が、日本古来の国政の常套手段であることを認めるとしても、私は「ハンティング・ナイフ」の世界を掠める「太平洋戦争」の陰翳を看過することに賛成しようとは思わない。あらゆる政治性から切断されることによって、あらゆる種類の人間と結び付くことが出来る「天皇」の特異な社会性は、それ自体が究極的な権力の源泉である。そうした仕組みの歴史的な「古さ」を言い立てることで、論点を「日本」だけに絞り込むのは近視眼的な措置であろう。何故なら、車椅子の青年は単に「無際限な休暇」への適応の為だけに生存している訳ではなく、この作品の中心的なイメージである「ハンティング・ナイフ」への奇怪な欲望を密かに内包しているからだ。ナイフに対する欲望が、或る暴力的で独裁的な「政治性」への欲望の、危険な比喩であることは論を俟たない。(次回へ続く)