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サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

一歳児のための、記憶の里程標

 三月十五日に、娘が一歳の誕生日を迎えた。

saladboze.hatenablog.com

 上記の文章を、落ち着かない、ふわふわとした心境の中で一人、自宅の居間でパソコンに向かって打ち込んでから、一瀉千里に、一年間という歳月が流れ去った訳だ。そして生まれたばかりの、とても簡単に壊れてしまいそうに感じられる、人間よりも爬虫類を思わせる顔立ちであった娘は、大きな口を開けて猛然と離乳食を平らげる立派な一歳児に変貌を遂げた。感無量である。

 ミルクを存分に呑み、苺やバナナや蜜柑といった果実にも眼がない娘は順調に体重を増やし、逞しく育った両脚を操って自宅の二階へ通じる階段さえ、親の知らぬ間に登頂してしまうほどの活発な女の子へ無事に進化を遂げた。無論、未だ一歳だ。それは少しも到達点ではないし、人生の本格的な入り口に辿り着いた訳でもない。それでも、ここまで何とか大きな怪我もせず病気もせずに歩いて来れたことが、何よりも嬉しく、安心である。

 人間は容易く色々な出来事を忘却の彼方へ押し流してしまう生き物である。最近読んでいる村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」(新潮文庫)にも、語り手である「僕」が何らかの出来事に関して「思い出せない」と呟く場面が散見する。未だ読了していないので(何しろ文庫本三冊分の長大な分量の小説なのだから)纏まった感想を書くことは差し控えるが、この「思い出せない」という些細な忘却=記憶の「枯死」の累積が、或る時、俄かに巨大な災厄を齎すこともあるだろうと、私は改めて考えた。妻のクミコが「僕」に向かって、次のように述べる件は良くも悪くも印象的である。

「あなたは私と一緒に暮らしていても、本当は私のことなんかほとんど気にとめてもいなかったんじゃないの? あなたは自分のことだけを考えて生きていたのよ、きっと」と彼女は言った。

 私は今から約六年前に離別した前妻から「あなたは結局、子供が一番じゃなくて、自分が一番なんでしょう」と吐き捨てられたことがある。いや、吐き捨てられたという言い方には、不当な悪意が入り混じっているかも知れない。彼女は真剣な思索と真剣な憤懣の末に、私の行動や思想を革める目的で、そのように悲痛に訴えたのかも知れないのだ。だが、私は彼女の言い方が不満であった。そのように一方的な断定を投げつけられる筋合いはないし、私は子供のことを愛していたからだ。たとえ、その愛し方が先方の眼には物足りなく、誠意が欠けているように見えたとしても、私は私なりの考え方や信条に基づいて、子供を愛していたのだ。

 だが、今になってみれば、私の愛し方は未熟であったかも知れないと思う。二十歳の私が生まれたばかりの息子に接するときの愛情の形と、三十一歳の私が一歳の誕生日を迎えた娘に接するときの愛情の形には、少なからぬ相違点がある。恐らく十年前の私は今よりも遥かに未熟であったし、父親としての覚悟も、夫としての覚悟も、一個の人間としての覚悟も恥ずかしいほどに生温いものであった。たった十年では、変わらないものも多いに違いない。だが、十年の星霜を経て培われた新しい知見や経験が、十年前の不徳を埋め合わせるように、新しい交響曲を奏でるということも、この広大な地上では充分に起こり得るのだ。

 それは十年前の悔恨や無知や、そこから派生する大小様々の「罪悪」を償還するものではない。どんな出来事も、それが繰り返し反復されるように見えたとしても、それは長い歴史の中に滴り落ちた、代替の許されない単独の現象である運命からは、断じて逃れられない。だが、そうした厳粛な事実は却って、明るい展望を齎す契機ともなり得るのではないか。償うことが不可能であるからこそ、私たちは過去の悲劇を礎として、新しい未来を建築する力を獲得する。償えるのならば、償うしかあるまい。償えないからこそ、人間は新しい一歩を踏み締めることで、己の愚かさを鞭打ち、己の惰弱を刺殺するのだ。