サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「まず読んでみる」という蛮勇に就いて

 どうもこんばんは、サラダ坊主です。

 最近、岩波文庫に収められたハーマン・メルヴィルの「白鯨」を読んでいます。最初に「白鯨」という作品に触れたのは恐らく小学生の頃で、両親が同じ団地の知り合いから譲り受けた大判の「世界文学全集」(確か講談社の発行だったと記憶しています)の一冊として、私は初めて書名と作者名を認知しました。或る寒い晩、蒲団に潜り込んで腹這いになって繙いたところ、滅法面白かったのを覚えています。しかし、面白かった割には、忍耐力の足りなかった少年の私は続きを読まず、ピークオッド号の出帆よりも遥かに手前の段階で、微かな記憶を辿るならば確かイシュメールがクイークェグと友誼を結んだ辺りで、それっきり投げ出してしまったのでした。

 昨春、津田沼の駅前にある書店で偶々「白鯨」の文庫本を手に取り、具体的な動機が何だったのかは思い出せませんが、改めて二十年越しに再挑戦してみようと発心して、購入に至りました。そして頑張って読み始めたのですが、結局は根気が続かず、情け無くも途中で挫折してしまいました。従って今回の挑戦は、三度目の正直ということになります。

 「白鯨」という小説は、必ずしも私にとって読み易い作品ではありません。丁寧な補注を附した翻訳であるとはいえ、メルヴィルの自由闊達な文章に鏤められた豊饒な知識や、独特の大袈裟なユーモアを理解することは、現代に生きる平凡な日本人に過ぎない私にとっては決して容易な所業ではないのです。描かれている対象自体がそもそも「捕鯨」という私自身の属する日常生活とは縁遠い世界なので、言葉そのものの意味を拾い集めるだけでは、メルヴィルの提示するイメージの概略を把握することが困難であることも、大きな要因の一つです。

 従って、単なる表層的な娯楽への関心だけを心の支えにして、この「白鯨」というアメリカ文学の古典へ挑みかかるのは、ティーシャツとジーンズにサンダル履きで雪山への登攀を試みるような暴挙だと言えます。相応の仕度と決意がなければ、途中で遭難して凍りついた雪達磨に成り果てることは眼に見えています。幸いにして読書という営為に不慮の死の危険が付き纏う見込みは小さいですが、生半可な覚悟で着手して、済崩しにページを捲る指先に停止を命じるのは、とても勿体ない話であると思います。

 けれど、重装備を誂えることに意識を向け過ぎて、いつまでも畳の上の水練のような真似に時間と労力を費やすのも馬鹿げた話でしょう。「白鯨」を正しく読みこなす為に英語を操れる訓練をしよう、英語を完璧に会得してから「白鯨」の原書を読むことにしよう、などと壮大な野望を描き始めると、準備が整う前に寿命が燃え尽きてしまう虞さえ生じます。準備は大事ですが、それは最終的な目的ではなく、飽く迄も手段の範疇を超えるものではありません。

 これら二つの矛盾したメッセージは、一つの道筋を明々と照らし出す為の地均しのようなものです。自分の少年時代の記憶を呼び起こしてみると、その道筋の輪郭や正体は一層鮮明に浮かび上がります。子供の頃の私は、色々な本を読むに当たって、巧く理解出来ない箇所に差し掛かると、いい加減に読み飛ばすことを懼れませんでした。恥知らずと言えば全くその通りですが、言い換えれば、それは「蛮勇」の為せる業であり、同時に「目的」と「手段」のヒエラルキーに対する素直な理解の賜物でもありました。重要なのは一冊の本を最後まで読み通すことであり、その概略を把握し、骨格を理解することです。枝葉末節に就いては後日、徐々に足場を固めて取り組んでいけばいいのです。読めない漢字があるのならば、差し当たり字義を推測する程度に留め、後に字引へ訊ねてみればいいのです。そもそも「正しい読解」という奇怪な理念、教科書的な謬見に過度に引き摺られて、繁文縟礼の虜囚と化す必要など皆無でしょう。煎じ詰めれば読書とは即ち「個人的な体験」(©大江健三郎)に過ぎないのですから、崇高な真理を目指して哲学的な考究に励んだり、苛酷な宗教的鍛錬に打ち込んだりする筋合いは、当初から存在していないのです。

 これは読書に限った話ではありませんが、人間は「完璧な理解」を望む余り、あらゆる「誤解」への過剰な怯えに苛まれて、取り組むこと自体を諦めるという悪癖に囚われがちな生き物です。一通り読んだ積りでも、自分の眼光は一向に紙背に徹することが出来ていないという無力感は、前向きな再読への呼び水となるならば有益ですが、抛棄や挫折の要因として働くならば厄介な精神的癌細胞に他ならないと言えるでしょう。そんな絶望に囚われて総身を竦ませるくらいならば、夏物の軽装で雪山へ踏み込む愚かしい「蛮勇」を召喚した方が遙かに建設的であり、自身の成長にも寄与するでしょう。

 そうした「蛮勇」を呼び覚まし、己の魂魄を奮い立たせることによって、敢えて私は自分の知らない「異界」へ通じる扉を辛抱強く押し開いていきたいと考えています。移り気な私の計画ですから実現するかどうか分かりませんが、この「白鯨」を読了した暁には、岩波文庫に収録されている作品を中心に「古典文学への旅路」に踏み出そうとも考えています。「まず読んでみる」という勇敢な心意気を常に携えて、進んでいきたいというのが、最近の私の率直な心境です。