サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

中上健次「地の果て 至上の時」に就いて

 一箇月ほどの期間を要して、漸く中上健次の長篇小説「地の果て 至上の時」(新潮文庫)を読了した。

 この複雑で長大で奇怪な小説を、短い言葉で簡潔に要約したり評価したりすることは殆ど不可能だが、敢えて一言に約めるならば「傑作」ということに尽きると思う。何が傑作なのか、何処が傑作なのか、それを明瞭な言葉に滑らかに置き換えることの出来ない己の未熟を恥ずかしく感じる。

 小説という芸術に如何なる価値や意義を求めるか、或いはもっと端的に効用を求めるのか、それは人によって千差万別であり、その基準を敢えて一律に固定化させる必然性も特に存在しない。ただ、この小説に関する私の個人的な感想としては、ここには紛れもなく一個の痛ましく歯痒い「人生」の光景が刻まれている、それが異様な迫力と遣る瀬なさを伴って痛切に伝わってくる、そこに「地の果て 至上の時」という作品の価値は漲っている、ということが言えるだけだ。

 「岬」「枯木灘」と書き継がれてきた竹原秋幸の人生の物語は、この分厚い「地の果て 至上の時」において、いよいよ壮大な「転調」の刻限を迎えたように見える。「岬」の私小説的な湿り気を帯びたスケッチが、続く「枯木灘」において明確な骨組みを備えた緊密な小説に変貌したように、秋幸の置かれる物語的な環境は「地の果て 至上の時」において、奇妙な「開放」を受け容れて劇的に転調している。その「開放」の原因が「路地」の物理的な解体という抗い難い現実によって齎されていることは明白である。秋幸という私生児を育んだ「路地」の閉鎖された時空は、社会的=政治的な諸条件に衝き動かされるように破壊され、単なる空漠たる虚無へ変貌している。言い換えれば「開放」は「喪失」の陽画として構造化されている。

 過去の作品において、竹原秋幸が絶えず「血族」と「地縁」に対する度し難い憎悪に貫かれていたことを、改めて確認しておこう。義弟の殺害を理由に服役した秋幸は、刑期を終えて故郷の街に戻ってくるが、そのとき、あれほど濃密な愛憎の対象として位置付けられていた「路地」は物理的な破壊を蒙り、単なる雑草の繁茂する空き地に様変わりしている。失われた「路地」の亡霊じみた「意味」を絶えず問い続けながら、彼は憎むべき父親に接近し、その真実を少しずつ己の耳目を通じて確かめ、検分していく。これらの一連の筋書きを簡略な構図に置き換えることは容易ではないし、そもそも、この物語の有り余る「脱線」の累積は、そうした図式化の不可能性を告示する為に選び取られた作法のようにも見える。或いは、そうした図式化を試みながらも絶えず裏切られていく秋幸=作者の懊悩の反映のようにも感じられる。その両義性に満ちた揺らぎが「地の果て 至上の時」という作品の時空に、異様な壮大さを齎しているのだ。

 私は今、この作品に盛り込まれた複数の矛盾する断片を統合するような、俯瞰的な視座を自ら構築する力を持たない。だから、この記事は極めて断片的な認識の寄せ集めに過ぎなくなるだろう。

 何故、浜村龍造が自殺したのか、自殺せねばならなかったのか、その意図は何だったのか、という問題は、この作品を構成する中心的且つ重要な課題であると言えるだろう。それを近代的な物語の失調、という具合に図式化してみたところで、何かが明確になったという気分にもならない。「父殺し」の不可能性という曖昧な文言で、浜村龍造の縊死を片付けることは出来ない。そもそも、秋幸が本当に浜村龍造を殺したいと願っていたのか、それさえも「地の果て 至上の時」を読んでいる間には、確信を持って肯うことが出来ないのである。

 「岬」においては、秋幸の龍造に対する憎悪や敵意はもっと素朴で、明瞭な輪郭を備えた感情として描かれていた。それが義妹との近親相姦という迂遠な方法を辿って表出されたのは、或る意味では秋幸が自分の内なる敵愾心の正体を明瞭に自覚していなかったことの反映ではないかと思われる。彼は近親相姦を通じて、実父に対する復讐を(一矢報いたという程度だが)成し遂げたと考えた。だが、続く「枯木灘」において、その復讐が単なる自己満足であり、全く的外れの攻撃であったことに、秋幸は否応なしに気付かされることになる。そして憎悪は再び、義弟の突発的な殺害という形で噴き出す。それでも浜村龍造という強大な「父親」に致命傷を与えることは出来なかった。

 ここまでの段階では、秋幸の軸足は完全に「路地」と「母親」の側に置かれている。だが、この「地の果て 至上の時」においては「路地」の消滅を契機として、秋幸の軸足は「母親」の領域から「父親」の領域へ、奇妙なほどに滑らかな移行を遂げている。土木から林業への転身は、その象徴的な表現であろう。巻末に付された犀利な解説の中で、作者の盟友でもあった批評家の柄谷行人は「母系的なものと父系的なものとの抗争」という表現を用いているが、実際に「枯木灘」までの竹原秋幸は明瞭に「母親」の生み出した世界の中で「子供」としての視線を維持し続けていたのである。しかし、そのような「母子」の閉鎖的な関係性は「路地」の物理的な解体によって、それに比例するように解体されてしまう。母子の関係性が壊れた後で、浜村龍造に接近する秋幸の振舞い方は、必ずしも「母子」のような親子関係を維持していない。言い換えれば「母子」の関係と「父子」の関係は、同じ「親子」関係ではあるものの、根本的に異なっているのである。但し、この消息を、柄谷行人の言葉を借用して「母系的なものと父系的なものとの抗争」と言い換えるだけでは、私の視野が明るくなることは有り得ない。

 秋幸とフサの関係には、明らかに幼少期からの「母子」の親密な関係性が残響しているが、秋幸と龍造の関係は「親子」と言うよりも「朋輩」に近い。年齢や血縁関係の問題に拘らず、秋幸と龍造は奇妙に水平的な関係性を築き上げていく。

 実際に親子であっても、父親と息子の間には奇妙な水平性が成立し得るという端的な事実は、家族というシステムが「母子」の垂直性、或いはもっと端的に「母親」という中心的な象徴を通じて形成されていることを間接的に示しているのではないだろうか。血縁的なシステムに対する憎悪を、労働の無機質な反復性や、自然という「無生物」への没入という方法によって乗り越えようとしていた「枯木灘」の秋幸は、出所後に直面した「路地の消滅」という現実によって、否応なしに血縁的なシステムの外部へ放逐されることになる。「路地」という母系的な空間、絶えず父親が入れ代わり、母親の同一性によって辛うじて秩序が保たれていくような性質の「家族」が存在する空間の消滅は、彼を吹き曝しの空地へ追い立てることになる。「家族」が消え去れば、残るのは「朋輩」だけである。

 「家族」の同一性が、母親の同一性によって保たれるのが母系的な社会の特質であるとするならば、父親の同一性によって保たれるのが父系的な社会の特質である。そして「母系的なものと父系的なものとの抗争」の狭間に生み出されるのが「朋輩」の原理である。秋幸が龍造との間に「朋輩」を思わせる特殊な関係を築き上げるのは、彼が単に母系的なものから父系的なものへの移行を果たした為ではない。そもそも「家族」という制度が「路地」の消滅によって解体されたことが、両者を「朋輩」として結び付けた根本的な契機なのである。

 だが、一体「朋輩」として結び付くことが、何故、秋幸と龍造において必要であったのか。言い換えれば、この小説における物語と出来事の入り組んだ構造は何故、要請されたのだろうか。この作品の、図式化に対する強靭な拒絶の作用に、私の頭脳は刃毀れするばかりで一向に役に立ちそうもない。巧く考えが纏まりそうにもないので、今夜はこれで擱筆することにしたい。

 

地の果て 至上の時 (講談社文芸文庫)

地の果て 至上の時 (講談社文芸文庫)