サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

中上健次「地の果て 至上の時」に就いて 2

 中上健次の最高傑作と目され、物語の時系列の上で「地の果て 至上の時」と「岬」の中間に位置付けられている「枯木灘」において、主役である竹原秋幸は、幾度も「土方」という労働が齎す特権的な「幸福」に就いて語っている。

 何も考えたくなかった。ただ鳴き交う蝉の音に呼吸を合わせ、体の中をがらんどうにしようと思った。つるはしをふるった。土は柔らかかった。力を入れて起こすと土は裂けた。また秋幸の腕はつるはしを持ちあげ、呼吸をつめて腹に力が入る。土に打ちつける。蝉の声が幾つにも重なり、それが耳の間から秋幸の体の中に入り込む。呼吸の音が蝉の波打つ声に重なる。つるはしをふるう体は先ほどとは嘘のように軽くなった。筋肉が素直に動いた。それは秋幸が十九で土方仕事についてからいつも感じることなのだった。秋幸はいま一本の草となんら変らない。風景に染まり、蝉の声、草の葉ずれの音楽を、丁度なかが空洞になった草の茎のような体の中に入れた秋幸を秋幸自身が見れないだけだった。(「枯木灘河出文庫 P106)

 こうした「労働」の幸福、自然との融合を通じた或る種の「解放」の感覚が、この「枯木灘」という作品においては幾度も反復される。そもそも、働くことが自然との官能的な合一を齎すような仕事というのは限られており、資本主義社会に生きる私たちの過半は、そのような牧歌的な風景とは無縁のままに、種々の賃金労働に明け暮れている。無論、作中で描き出される「土方仕事」も、そのような資本主義的なネットワークによる拘束から自由では有り得ない。つまり、中上健次は一種のロマンティックな神話として「土方仕事」を意図的に虚構化した上で表現しているのである。鶴嘴を振るい、大地を掘り返すことが非人間的な「風景」との肉体的な合一を齎すというのは、貨幣経済が勃興する以前のプリミティブな「労働」の風景であろう。

 秋幸はまた働いた。自分が考えることもない一本の草の状態にひたっていたかった。過去も未来もない。風を受けとめ、光にあぶられて働く。土がつるはしを引くと共に捲れ、黒く水気をたくわえた中を見せる。それは土の肉だった。土の中に埋まって掘り出された石はさながら大きな固い甲羅を持つ動物が身を丸めて眠っている姿だった。いや死体に見えた。土の中の石は死そのものだ。肉も死も日に晒され、においを放ち、乾いた。掘り出され十分もすればそれらは風景の中に同化した。(「枯木灘河出文庫 P107)

 重要なのは、秋幸が「考えること」を拒絶する為に、自然との交歓という生々しく官能的な秘儀に向かって遁走しているという事実に着目することである。夜明けと共に始まり、日没と共に終わる、いわば自然の律動に響き合うような崇高で特権的な労働として「土方仕事」が描き出されるのは、それが人間的なものに対立する要素として、重要な意義を有するからである。では、人間的なものとは何を意味するのか? 少なくとも「枯木灘」においては、それは「路地」の世界を明確に指し示している。複雑に血筋が絡み合い、真実なのか判然としない数々の「噂」が重層的に飛び交い、時に血腥い殺人や淫行が演じられる閉鎖的な領域としての「路地」は、秋幸にとって「人間的なもの」の権化のような世界であり、彼の実存を極めて錯綜した困難の渦中へ縛り付けているのも、そうした「路地」の生み出す、尽きることのない働きである。その根本には「血縁」と「繁殖」のシステムが横たわり、活発に稼働している。

 秋幸は日に染まり、汗をかき、つるはしをふるいながら、耳に蝉の声を聴いた。幾重にも声がひびきあう蝉の声に、草も木も土も共鳴した。それが自分のがらんどうの体にひびくのを知った。秋幸にはその体の中に響く蝉の声が、なむあみだぶつともなむみょうほうれんげきょともきこえた。フサや美恵から子供の頃きいたように、土方をやり土を掘り起こしながら、いつの日か熊野の山奥に入り込んで修行し、足首を木にひっかけてついに崖からぶら下り、白骨になっても経を唱えつづけていた者に似ている気がした。大きな体だった。日に染まりたい、と思った。そして、ふと、秋幸はさと子の事を思った。それは姉の美恵が、実弘の兄の古市を実弘の妹光子の夫安男が刺し殺すという事件で、心労と過労のため狂った頃だった。その女は駅裏新地で娼婦まがいのことをやっていた。秋幸は二十四歳、兄の郁男が死んだ年齢になっていた。その女が、キノエの娘らしいとは思っていた。キノエの娘とは、秋幸の腹違いの妹のことでもあった。だが、確かではなかった。秋幸はその女に魅かれ、その女を買った。寝た。それから半年ばかりたって或る時、平常にもどった美恵が、駅裏の新地で店を持っているモン姐さんにきき込み、秋幸の腹違いの妹をみつけたと連れて来た。(「枯木灘河出文庫 P121-P122)

 例えば、このような描写と語りの中には、秋幸の内的な分裂と動揺が極めて明瞭に刻印されていると言えるだろう。彼が忌避し、抵抗しようとする逃れ難い宿命としての「路地」の威光は、殺戮と近親相姦の入り組んだ関係性によって、その畏怖すべき深淵を如実に明示している。彼は「土方仕事」を通じて、自然との交歓に己自身を解消していくことで、そのような錯綜した関係性の齎す堪え難い苦しみからの遁走を図っているのである。「がらんどうの体」というのは、彼の願望が束の間、生み出した幻想的な自画像に過ぎない。彼は労働を通じて「がらんどうの体」に変化し、大自然との交歓と融合によって、内的な煩悶や懊悩を除去してしまおうと願うが、そうやって遁走を試みる間にも刻々と、肉体の内部に刻み込まれた様々な、厖大な「記憶」が甦り、彼を「一本の草」である状態から引き剥がしてしまう。

 人間の犇めき合う血腥い世界に傷つけられ、憔悴した人間が厭世的な思想を膨張させ、所謂「花鳥風月」を重んじる隠者的なメンタリティを懐き始める事例は、この国では一種の伝統的な作法であろう。「俗世」に倦んで「彼岸」を求める仏教的な精神、隠者の精神は古来、多くの聖職者や放浪者によって受け継がれてきた重要な実存の系譜である。だが、そうしたメンタリティの不可能性を、秋幸は強制的に理解させられることになる。義弟の秀雄を殴殺した廉で、刑務所に送られてしまうのだ。

 「地の果て 至上の時」は、その秋幸が出所してからの「路地」の変貌の物語である。帰還した彼は、母親や姉から「土方仕事」に復帰するよう勧められるが、それを拒否する。その理由は、単に土木の世界に愛想を尽かしたというような、些末な心理的問題には還元されない。彼の服役中に「路地」を襲った深刻な変貌が、秋幸に「労働の幸福」という夢想に耽溺し続けることを禁じたのである。

 町の地図が大きく塗り変えられているのを車で走って見て充分すぎるほど分かった。元々秋幸の家から海岸までのあたりは田があり畑があったりして建物の少ないところだったが、そこもかつて市の中心を区切るように横たわった路地からの山を削り取った土で埋め立てられていた。農道を広げただけのような折れ曲った道は閉鎖され、信号機の指示どおり左に折れても、道が途中から鉄線で囲われていたり、工事中の看板がバリケードのように道を塞いでいた。さらに国道に沿って走ると峠はなくなり、広角と呼ばれた高台はかすかに他よりも高くなった新開地に成り、高速道路のインターチェンジの工事中だった。秋幸はその土地の変りようにあきれ、そのうちいたるところにむき出しになった赤まだらの土が何者か人為を越えた大きな者が力まかせに地表をはいだ後のように思え、「これじゃ、土方がウケに入って、キャデラック乗り廻すのあたり前じゃの」と良一に言うと、良一は「もうけとるのは佐倉、浜村、桑原、それに成り上った二村だけじゃろ」とつぶやく。(「地の果て 至上の時」新潮文庫 P43)

 「枯木灘」における「黒く水気をたくわえた」土と、「地の果て 至上の時」における「赤まだら」の土との相違はそのまま、秋幸の精神的な変容の、隔てられた前後の距離に等しい。彼の変貌は、自然との精神的な合一の不可能性に対する自覚、或いは「安住」の不可能性の自覚に基づいている。言い換えれば、秋幸はそれまで自分が嫌悪し、遠ざけ続けてきた「人間的なもの」の中枢に自ら飛び込むことを、決然と引き受けたのである。それが「蠅の王」と渾名される浜村龍造との接近を意味していることは、殊更に附言するまでもない。浜村龍造との急激な接近は、秋幸が逃れられない宿命との対峙を決意したことの反映であると解されるべきなのだ。

 

地の果て 至上の時 (講談社文芸文庫)

地の果て 至上の時 (講談社文芸文庫)

 

 

枯木灘 (河出文庫)

枯木灘 (河出文庫)