サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

小説「夏と女とチェリーの私と」 3

「勉強が嫌いな子供たちに、どうやって考えたり、学んだりする歓びを、教えてあげられるか、って、思ったりする?」

 不意に投げ付けられた的外れな質問に、唇が自然と乾いて、焦りが血管を駆け巡り、耳障りな音を奏でる。優等生の清々しい香気が隅々まで染み込んだ、純白の脱脂綿のような発言に面食らわずにはいられない。予備校には、眼の焦点も脳味噌の焦点も合っていないんじゃないかと思わせるような奴も偶に現れる。俎板に転がった、哀れな白癬の鮭。その問い掛けは、一体、貴方のどの部分から湧き出した伏流水なのですか、先輩。それにしても、紗環子という名前は、飛び切り美しい言葉に聞こえる。恋しているからなのか、それとも名前そのものを客観的に眺めた結果として感じる、審美的な感想なのか、見分けがつかない。前髪が糸のように乱れ、眦に被さり、それが一層、いやらしさを煽る。彼女がいやらしい訳では、勿論ない。彼女自身は清廉潔白、救い難く穢れているのは、この腐れ童貞、過完熟チェリーの俺の方だ、と言い聞かせ、清純な妄想に傷を刻まぬよう配慮する。

「いやあ、一生懸命教えてますけど、分かんないですね、やっぱり」

「分かんないって、何が?」

「いや、勉強が好きっていう気持ちです」

「分かんないかあ。知らないことを知るって楽しいじゃん。君も、そう思うから、講師やってるんじゃないの?」

「自分は、偶々ですよ。他に遣れることもないし」

 偶々、偶々。そればっかりだ、まるで主体性の欠けた、古い特撮ドラマのヒーローの模型のように、他の仲間と合体することと、ボタンを押せば嗄れた電子音で決め台詞を叫ぶ以外に何の機能もついていない、空っぽの自我。偶々で大事な問題も悉く片付けられると能天気に信じ込んでいる、私の度し難い怠惰な性分を、然し、紗環子先輩は嘲笑しようともしないで、穏やかに見守ってくれている。見守ってくれているのか? 或いは、何の関心も寄せていないだけではないのか。そうやって考え始めると、急に不安で堪らなくなり、表面に露出させることは辛うじて踏み止まるものの、心は俄かに忙しなく右往左往し始め、落ち着かない気持ちが半ば無意識に、親指の爪を咬ませる。

「そっか。でも、そういうのも、アリだよね。何がきっかけだって、そこは人によって色々だからね」

 優しく包み込むように言い含める先輩の落ち着き払った大人の対応が、ささくれ立った私の心の柔肌を和ませ、蒸したタオルで丁寧に拭ったように、ほわほわと温かく浮き立たせる。理知的という評価がぴったりの丁寧な、背中からそっと抱きかかえて腕を回すような態度に、蕾のような恋情が益々色づき、熟れていく。こうやって、男心を他愛もなく擽り、引っ繰り返し、掌の上で転がすのが彼女の魔性じみた趣味なのだとしても、その清潔な瞳の輝きは普段通りで、フェアトレードで輸入されたアフリカの綿布のように、得体の知れない純白の信頼感を私の存在の奥底に深々と植え込み、突き立てられた長い爪は、右心房も左心房も逃がそうとしない。

「先輩は、よくこの店、使うんですか」

 ドキドキする完熟アップルマンゴー状態の心臓をこれ以上窒息させない為に、気持ちの舳先を切り替えようと発した、形ばかりの、トタン屋根のような質問に、先輩は虚空を見凝めるような眼つきで応じた。その虹彩の清々しさは微塵も揺るがず、その清潔な笑顔は磨き上げられた大理石の床のように、いや、磨き上げられた大理石の床を見た覚えもないのに言っているのだが、きらきらと白く光っていて、僅かに唇の庇から覗いた八重歯の尖った輪郭が、見習いとはいえ学究的な佇まいの全景に、一滴の目映いマグネシウムを振りかけたような愛嬌を加えていた。

「うん、偶に彼氏とごはん食べたりするよ」

 彼氏とごはん。足許に俄かに、竜巻に捲られたように開いた奈落が、魂まで根こそぎ吸い込もうとするのに、抗うだけで精一杯の、頼りない性根。正しく、この一喜一憂の劇しさは、未成熟な腐れ童貞に固有の習性の最たるものである。ふらふらと定まらない、種々の幻想に苛まれ、濡れそぼった完熟チェリーの股間が、去年の煮干しの如く萎えていく。もうどうにもならない絶望、マリアナ海溝よりも深い絶望、マントルに達してしまうほどの絶望、その、血腥い現実の手触り。世間一般の口さがない人々は、何と大袈裟な言種かと嘲笑うだろうが、それは暢気な外野の特権と言うべきである。プラスチックのコップに注がれた生温い麦酒を片手に、豆みたいな選手が細胞みたいな球を打ったり投げたりする光景を安閑と座視するのと同じように、そうやって安全な高みから眺めている分には、どんな悲劇も、失笑すべき失態に過ぎない。だが、当事者にとっては、どんな些細なことであっても悲劇は悲劇に違いなく、その絶望の痛みは腐りかけた虫歯並みに深刻なもので、況してや凧揚げのように一喜一憂の落差が劇しく、舞い上がったり墜落したりの繰り返しに忙しい腐れ童貞にとっては、歯茎に焼け爛れた鏝をじゅっと当てられたような激甚の苦痛なのである。

 然し、踏み止まれ、マイセルフ。どんな腐れ童貞にも、いや、腐れ童貞だからこそ、分厚く硬化した蹠の角質みたいな鋼のプライドを、胸の奥底に秘めているものなのだという厳粛な真実を、読者諸賢は御存知だろうか。その暑苦しく汗臭い重厚な鎧が余りにも頑丈である為に、却って様々な物事が円滑に捗らなくなるのが、単なる童貞ではない「腐れ童貞」の悪しき生態なのだ。紛れもない純一無雑の童貞野郎でありながら、女と手も握れぬ度し難い晩熟の気持ち悪い性的不適格者であると決め付けられるのは、たとえ相手が崇高なる女神様であろうとも、いや、だからこそ猶更、絶対に堪えることの不可能な、地割れの如き屈辱と感じられるのである。悟られてはならない、この腐臭を放つフレンチローストの珈琲豆のようなペニスを、否、一度も女性の膣に突撃したことはないのだから、香り豊かな深煎りを名乗るのはおこがましい、まだまだ青臭い焙煎の足りない生豆なのだ、まあそんなことはどっちでも宜しいが、兎に角、我が童貞生活の牢固たる歴史を勘の鋭い先輩に見抜かれ、憐憫の対象となり、敬して遠ざけられるような事態に陥落することだけは回避せねばならないのだ、分かってるよな、オレ。

「そうなんですね。なんか、静かで、落ち着きますもんね」

「そうそう。ゆっくりとお喋りするのに向いてるの」

 明鏡止水の対極に位置するこの騒がしい胸のうち、そうですか、彼氏とごはん食べながらゆっくりお喋り、誠に優雅な幸福と寿ぐべきだ。若い人間というのは兎角、壮大な野望に身を焦がし、遠大な理想を赤旗に染め抜いて高々と掲げ、存在することのないユートピアへ邁進すべく走り出すのが常道というもの、然しやはり、幸福というのは慎ましく砂糖菓子のように壊れ易く、路傍の雑草の如く目立たないものこそ本物であって、凡庸極まりない景色の中にこそ、一点の紅い薔薇が、椿でもいいけど、鮮やかに際立ち、強度の近視の眼球にも美しく照り映えるものなのだ。ささやかな幸せというが、幸せというものはその本性からして些細で小さな可愛らしいもの、総身を貫くような激越な快感や悦楽の類とは決して手を結ぶことのない平和主義者である。それに風呂へ浸かるみたいに脳天まで浸かって若い身空で結構な御身分、しかも学才を嘱望され素敵な彼氏、素敵かどうかは実際に見て確かめない限り断定は出来ないが、この人が惚れるくらいだから少なくとも過完熟チェリーボーイではあるまい、その素敵な殿方と咬み締めるような幸福の時間を味わっているという、この良識的な成熟の仕方はどうだ。到底、私には叶わない夢だったと諦めたくもなるが、プライドが安易な挫折を許さないから見苦しく喰い下がるしかない。

「どういう方なんですか?」

「会社員だよ。半導体とか、顕微鏡とか、そういうものを作ってる会社の、営業を遣ってる人。院の先輩だったの」

 なんてこった、というマンガみたいな科白が胃の腑の奥底から活火山のように迫り上がる。相手は会社員、即ち社会的成熟を既に成し遂げた精悍な成人男子、こちらも辛うじて法律的には成人の部類だが、中身は小学生の頃と比較しても大して代り映えしない、無脊椎動物が無脊椎のまま陸へ上がったような体たらくだ。逆立ちしたって東京タワーは東京タワー、身長検査で押上に突っ立っているアイツに勝てる見込みはゼロ、空の木を英訳した洒落た名前のアイツに羨望の眼差しを幾ら投げつけても、天望回廊から観光客の憐れむような見返しを浴びせられるのが関の山だ。

 会社員。使い走りのようなアルバイトの身分では、きちんとした定職に就いて世の中の役に立っている一人前の男と同じ土俵で対決する訳にもいくまい、という絶望がフレンチローストの珈琲のように襟首へ黒々と染みる。どうしたものか、勝てる見込みのない相手にも果敢に立ち向かい、傷だらけの肉体を叱咤激励鼓舞脅迫して駆り立てたって、勝てないものは勝てない、弱肉強食の偉大なる摂理を覆すのは幼稚園児が相対性理論を発明するより難しい。会社員か、せめて相手が同年代の学生であってくれたなら、もう少し戦いようもあっただろう、頭の出来が悪くたって、例えばそれも一つの個性だと言い包めて競い合いことも不可能ではなかったろうが、こうまで距離が開いては戦意を維持することさえ難しい、周回遅れが決まった時点で幾らアクセルを踏み込もうと途中で、志半ばで息切れの後に息絶えるのが確実な未来予想図であろう。なんてこった、先輩は既に逞しい男の腕に抱かれて刺し貫かれ、生娘の証であるというあの秘密の粘膜さえ衝き破られた後だったとは、ショック過ぎる。そうか、先輩。貴方は勉強ばっかりの頭の固い石部金吉女ではなかったのですね。勿論、貴方が生え抜きの石部金吉女であったのなら、私もこんな風に憧れたり妄想を膨らませたり妄想と一緒に股間を膨らませたりすることはなかったに違いない、だから総ては予め想定され見抜かれていた事態に過ぎないのであり、今更大袈裟にガッカリするのは己の醜態に拍車を掛けるばかりであろうと、頑張って居直ってみる。転んだ達磨が何食わぬ顔で起き上がるように、私も平然たる顔を装って、先輩に精一杯微笑みかけてみるのであった。