サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「咆哮」

そのとき

不意に電車がとまり

私は世界の裂け目を

覗いたような気がした

普段と変わらぬ

午後の景色のなかに

変化が訪れた

線路は軋み

緊急の放送があらゆる場所で

白目をむいて

奏でられた

地球はいよいよ

終わりを迎えるのだろうか

電車の扉が開くまで時間が必要だった

世界が声を取り戻すまで

時間が必要だったからだ

 

氷柱のように立ち止まることが

私たちに許された

わずかな選択肢のひとつだった

誰もが

まなざしを

テレビの画面に送っていた

焼けつくように

熱いまなざしが

走査線を食いちぎろうとしていた

津波から煙が上がり

どよめきが午後の駅舎を

潮騒のようにおおった

電車の動かなくなった駅で

人々は途方に暮れたように

悲劇の姿を

みつめていた

立ち止まることしか

そのときの私たちには許されなかったのだから

 

涙ではない

限界を超えた異変には

かなしみという感情が

通じないのだった

持ち合わせの言葉では

うまく隙間を埋められない

私たちはいつまでも

そのはがゆい隙間に苦しめられた

苦しめられた?

いや それは過去形では語りえない

それは常に

現在進行形で取りあつかわれる

いつまでも追いつかない

かなしみをあらわす様々な言葉が

その火口のような傷に

たどりつかないのだ

一年経っても

百年が過ぎても

 

この声が届きますか

荒れ果てた地の涯に

もちろん

あのときから

沈黙は私たちの日課となった

日直が黒板をきれいに消すように

沈黙で

私たちは頼りにならない言葉を眠らせた

あの午後から

電車は動かないままだ

私たちの日常は

シールのようにめくられた

 

それでもあきらめないのだ

物分りの悪い私たちは

電車が動き出すのを

新しい日々の眩しさのなかで

こどものように待っている

たとえ

千年の後でも

永遠の涯でも