サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「勿忘草の歌」

若草の萌える平原

緩やかに流れる風の音

私たちは絶えず

この大地と共に暮らしてきた

この草原を渡る風の歌と共に

私たちの喜怒哀楽は

記憶の箱舟として

川面を漂いつづける

 

手をつないで

私たちは多くの街角を歩いた

すべての街路には

思い出があり

なにかの徴のような

勿忘草が揺れる

電柱の蔭にも

公園のなかにも

かつての私たちの

古びた陰翳が残り

心を過去へ

連れ去ろうとする

 

数え直す度に

金額の食いちがう伝票のように

二人のあいだに

いくつものズレが生まれて

それは陽を浴びて育つ

勿忘草のように

すくすくと伸びた

検算しても見えない

心の最も奥まった地層に

なんらかの変動が生じた

その変動が

不幸な事故のように

いろいろなつながりを

旋盤で断ち切ってしまったのだ

 

信号を待ちながら

私はあなたに似た人影を

雑踏のなかに見た気がして

眼差しだけが

猛禽のように空を飛んだ

どんなときでも

私たちは同じ空気を吸っていたはずで

しかし気付いたときにはもう

透明な壁は高くそびえ

私たちの関係を無表情に隔てていた

 

勿忘草を

力任せに摘んでしまう

忘れなければならないことが

この世にはいくつもあり

失われない記憶だけが尊いのではない

忘却の勇気にも

気高い尊厳はくっついている

もう届かない感情は

投げ捨てましょう

あなたは別の方角へ舵を取る

銃弾のようなスピードで

あなたの横顔は冷淡な石膏に切り替わっていく