サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

サラダ坊主風土記 「仙台・松島・塩釜」 其の二

 仙台市地下鉄東西線大町西公園駅」までの道程は、有り触れた住宅街であった。少なくとも、千葉からの旅行者がわざわざ徒歩で徘徊する必要のある地域ではなかった。だが、そういう無意味な散策にも、旅行の醍醐味というものは潜んでいるというのが、私の予てからの持論である。尤も、その醍醐味が潜んだままに終わる事例も決して珍しくないことを、一応は附言しておかねばなるまい。

 地下鉄東西線の駅舎は真新しく、設備も整っていた。例えるなら、つくばエクスプレスの駅舎のような感じだ。調べてみると、2015年の暮れの開業ということで、真新しく感じられるのも至極当然の話である。つくばエクスプレスよりも遥かに新しい電車である。

 一つ隣の「国際センター駅」で下車し、そこから徒歩で仙台城跡を目指すことにした。歩いて十五分くらいの距離ということで、すっかり油断してしまった訳だ。ところが、小雨の降り頻る中、雨傘を片手に持ってベビーカーを押しながら、青葉山の坂道を登る辛苦は、瑞鳳殿の比ではなかった。しかも悲惨なことに、坂道の途中に幾つか石段があり、スロープが整備されていない為に、娘を乗せたベビーカーを抱え上げて登らなければならず、その疲労たるや尋常なものではなかった。狭い山道だから、スロープが整備されていないことを恨むのも筋違いではあるし、そもそもベビーカーを押して登攀を企てる奇特な変人が来訪することを、青葉城の管理者に要求するのも詮無い話であろう。悪天候であることは分かり切っているのに、苛酷な急坂を、乳母車を押しながらじりじりと登ってくる、坊主頭の男。一歩間違えば、間抜けなテロリストである。

 城跡まで辿り着くと、本丸会館の売店で「萩の月」を買い食いし、一休みしてから、伊達政宗の騎馬姿の銅像を見物に行った。折角だから写真を撮ってもらおうと妻が言い出し、誰か適切な人物はいないかと思案していたら、不意に背後から声を掛けられた。振り返ると、所謂「カメラクルー」と呼ばれる三人組が、強張った作り笑いを浮かべて此方を見凝めていた。東日本放送という耳慣れないテレビ局の取材スタッフだという。女性のリポーターが、状況を素早く察して「写真撮りましょうか」と言ってくれたので、我々は厚かましく好意に甘えることにした。撮影を終えると、その代わりに取材を申し込まれたので、断る訳にもいかず、彼女の話に耳を傾けた。何でも、宮城県がタレントの壇蜜を起用して作成した観光PR動画が、300万ダウンロードという素晴らしい成果を上げたのだが、その内容に性的な連想を誘発する描写が織り込まれているということで、毀誉褒貶が分かれているらしい。それに就いて一般人としての意見を、つまり「街の人の声」を求められた訳だが、生憎、我々はそんな騒動を耳にしたことがなかったので、会話はなかなか咬み合わなかった。リポーターの方が自分のスマホで、その動画を再生して見せてくれたのだが、確かに分かり易く性的な妄想を喚起しようとする内容になっていて、不快感を覚える人も現れるだろうという感想を持った。だが、それ以上の感想は何もない。宮城県内では侃々諤々の議論が湧き起こる性質のトピックなのかも知れないが、千葉県民の我々には特別な関心を惹かれることのない話題である。とりあえず適当なコメントを捻り出して、喋る度にカメラのレンズを見凝めて微笑んでみたのだが、なかなか先方の期待に添うようなコメントを生み出せず、やがて済崩しに打ち切られた。果たして、私のコメントは放映されたのだろうか。若しも放映されていたら、それは千葉市民の栄誉と尊厳を著しく損なう結果となったに違いない。何しろ、娘の愛車であるベビーカーのフロントには、真っ赤なチーバくんの縫いぐるみが誇らしげに掲げられているのである(彼女は時々、気が向くと、チーバくんの可愛らしい鼻を鋭い前歯で咀嚼している)。

 写真を撮り終えると、疲れ果てた我々はタクシーで仙台駅へ戻ることに決めた。我々が引き当てた宮城訛りの男性運転手は非常に物腰の柔らかな、優しい性格の方で、駅前のロータリーで下車して別れるときに娘が手を振ると、声を立てて笑い、非常に歓んでおられた。うちの娘は最近、知らない人に向かって愛想を振り撒くことを覚え、御年寄りを中心に非常に可愛がられている。両親ともに接客業で飯を食ってきた人間であるから、その血が早くも彼女の小さな体躯の中で芽吹いたのかも知れない。何れにせよ、愛嬌は人間の貴重な財産である。

 一日目の夜は、仙台駅から程近い、仙台ワシントンホテルに投宿した。二日目は松島の、もう少し値の張る宿屋を予約したので、初日は成る可く安いところにしたかったのだ。案内された部屋は、絵に描いたようなビジネスホテルの一室であった。安っぽい訳ではないが、機能性しかない。別段、それで不満がある訳でもない。

 荷物を置いてから、夕飯の調達に出掛けた。牛タンを食べたいというのが我々夫婦の共通認識であったが、騒ぎ立てる粗野な一歳児の娘を連れて、ファミレス以外の飲食店に入るのは勇気の要る企てである。彼女の御機嫌を窺いながら、牛タンに舌鼓を打つには、我々は余りにも疲れ過ぎていた。理想と現実の折衷案として、エスパル仙台本館の地下にある「伊達の牛たん本舗」の売店で二千円の「芯たん弁当」を購入し、ホテルに持ち帰って食した。大変美味であった。娘を寝かしつけた後、我々夫婦は「しくじり先生」を見ながら、晩酌をして眠った。