サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「UNDERGROUND TRACK」

地下のホームで

久々にあなたを見かけた

一年以上経つだろう

人生八十年と仮定すれば

一年の歳月は

一瞬の泡沫にすぎない

だけど

ひとつの泡が生まれて弾けるほどの

短い季節の循環のなかでも

変わっていくものは

ひどく大袈裟に

様変わりしてしまうのだ

記憶の手触りも

だいぶ変遷を重ねてきた

地下のホームの奥まった場所で

あなたはスマートフォンの画面を

俯いて見つめていた

まっすぐな黒髪が

緩やかに浮かぶ

明るい茶色に変わっていた

列車が来るまでのあいだ

私はあなたの横顔を

古びた回想に重ねて

その輪郭を指先で繰り返し

なぞった

 

東京駅の胎内

にぎやかな雑踏の絶えない

地表の世界とは裏腹に

静まり返った午後の地下ホームで

私たちは同じ列車の到着を待っていた

目的地はきっとちがう

だけど同じ列車を待っているその偶然が

私をあの頃の生活へ不意にいざなうのだ

心が静かに痛んでいる

打撲のような

鈍い疼きが

嘗ての幸福のありかを報せる

(警笛のように無音でひびく)

スマートフォンの画面を見つめる

その横顔は

かつては見慣れた

ありきたりの光景だったのに

今は新鮮に見える

数メートルの距離が

私の孤独を痛切に強調する

(フォルテッシモの合図)

 

出逢いと別れは溶接されている

選り好みはゆるされない

はじめて言葉を交わした瞬間から

すでに私たちは遠ざかり始めているのだ

列車の到着を報せるアナウンスが聞こえる

あなたが顔をあげた

私はすぐに顔を背けた

心臓がドキドキする

もう一度盗み見たとき

あなたは呆けたような顔で

列車のいない線路を見つめていた

 

求めても得られないものを欲しがって

泣いたり喚いたり

騒がしい生き物だ

掴めないものにばかり

こころ奪われて

いったい何を望んでいるのやら

千葉行きの列車に乗り込む

あなたと同じ車両に私は移った

平日の午後で

乗客は疎らだ

あなたは誰かの音楽を聴いている

私はあなたの声が聴きたいと思う

 

もう諦めたつもりなのに

あなたの本性は見抜いたつもりなのに

復縁を望む気持ちだって息絶えたはずなのに

なぜ実際にこうして

偶然にでもあなたの姿を見つけると

心が苦しくなるのだろう

この切ない距離が歯がゆくなるのだろう

もう逢いたいとも思わなくなっていたのに

淋しさも麻痺していたのに

少しだけ好きになりかけている人もいるのに

あなたを愛した頃の実感もリアルには取り出せないのに

姿を見ればなぜ

呼吸が苦しくなるのだろう

 

列車が停まってドアがひらくたびに

私はあなたが降りてしまわないか心配して

横目で確かめる

あなたは最初の場所から動かないで

物思いに耽っている

分かっているこんな邂逅に何の意味もない

すべて終わってしまったあとでは思い出なんて生ごみのようなものだ

いずれ腐敗して悪臭を放つことしかできない

知っているけれど視線はあなたを狩人のように狙っている

あなたの急所をさがしている

せめてもう少しだけ

延命させてほしいんだ

この無意味な時間を

この無意味な奇蹟を

 

あなたは依存と愛情を履き違えているように見えた

それを頭ごなしに否定する訳ではないけれど

それが愛しく想えることもあるけれど

私はあなたの依存に力を奪われた

私は様々な言葉であなたに伝えようとした

(言葉は界面活性剤のように果てしなく滑った)

依存が全面的にゆるされないとき

あなたは私の誠意をうたがった

あなたは非情な検察官の眼差しで

二人の絆を点検した

冷淡なロジックを

ナイフのようにひるがえして

あたしの優しく繊細な心を傷つけないで(というナルシズム)

あたしの望むことと

あなたの望むことを

あなたの努力で合致させて(というエゴイズム)

その幼さが可愛く見える瞬間はあっても

それは消耗品の恋愛ではありませんか

結婚したいとあなたは気軽に口にするけれど

消耗品に結婚する資格はありませんよ

子どもが欲しいとあなたは安易に口にするけれど

幼児が嬰児を分娩など聞いたこともない

そしてあなたは私を見限った

理窟っぽくて冷淡で思い通りにならない私を見限った

私はあなたの想い描く理想の鋳型に嵌まらなかった

(ちゃんと形の合う奴を今度あたらしく買って来るわね)

洋服を品定めするように

愛する人をマウスでクリックするのですね

それがあなたの習慣なのですね

だったら破局は免かれない

鍵と鍵穴との

不幸な訣別

 

錦糸町であなたは降りた

私は船橋で降りるからまだ降りない

さよならと呟いてみたが

そのくだらない感傷に

吐き気を覚えた