サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「SOLID MIND」

夢うつつで生きていた

足もとは

いつも宙に浮いていた

想いの強さが

物理的な現実から

私のこころを隔てていたのだ

夏は去り

秋が訪れる

蝉が死に

蟋蟀が啼き始める

慟哭のように

 

おぼれられる限り

おぼれていくような恋に

その胸の苦しさに

どんな必然を信じていたのだろう

優しい笑顔も遠ざかる靴音も

思い出の写真のなかに封じ込められて

遺影のように私の暮らしを黒くふちどる

額縁は傷だらけで

色褪せた写真のなかのすべてに

喪服の私は弔辞をささげる

 

愛し合って別れて

ありふれた経緯に

どんな奇蹟を信じていたのだろう

秋は深まり

冬の匂いにつつまれる

紅葉や銀杏が散り

灰色の幹があらわになる

なつかしく見えるものは未来を阻む

ドアの向こうに

消えてしまった背中に

嘆きの歌は届かないと知っている

知っていても

こころだけ立ち止まって

終電の過ぎ去ったホームに

夏の麦わら帽のように

置き去りにされているよ

 

裁きを与えるものは正義

しかし愛することに正義はなじまない

裁くことは愛をころす手続きだ

正しさはいつでも愛することに敵対している

冷たい刃物が

首筋に押しあてられて

はじめて好きですと告げるような

泥沼の日々に

私のこころは沈められていた

裁きを与えるものは正義だが

愛することには誤謬だけがふさわしい

 

正しい答えを選ぼうとして

思い悩むあなたの長いまつげに

夜露のように飾られた涙を

私はただ美しいと思った

その刹那の純粋な想いだけを

手懸りにして

なぜ人は生きていけないのか

なぜそこに

確かな意味を求めたがるのか

経緯を説明せよ

論理的に述べよ

意図を簡潔に示せ

そうやって車輪は荒れた道をふみこえていく

あなたはそれが苦しかったのか

その苦しさを

私の乾ききった皮膚は痛みとして認識しなかった

 

要約すること

付箋を貼ること

拡大したり縮小したりすること

その果てしない営みのなかで

愛するきもちの温度がうしなわれていく

迷子のように

あなたの魂への帰り道が

夕闇にまぎれてうまく見つけられないよ

差し出した手を

あなたは邪険に振り払うだけで

真昼の太陽のような

無邪気な笑顔はもう私を照り返さない

信号も標識もない

まっすぐな一本道の途上で

私は群青の夜陰に抱かれた

あなたの自転車のベルが

遠ざかっていく

駆けだせない自分の弱さを

否定しても否定しても否定しても

この関係はかわらないだろう

時間が傷をいやすのだとしても

この深い傷口は

時の流れが開いた血の花びらだ

無慈悲な変容が

この真夜中の部屋に月明かりのように射すので

私は今日も寝苦しさに

もだえて

のたうつ

 

さよならさえ

曖昧だった

幕をおろす手際だけが鮮やかで

不器用なあなたには似合わないね

必要でなくなったものを

飼い猫を捨てるように

あなたは寒々しい戸外へ追い出した

私はいつまでも硝子の向こうから見つめていた

傷ついたのは私だけではない

たとえ痛みを感じなくても

あなたの魂にだって

無数の擦り傷が亡霊のように刻まれている

それを知るまで

人はどれほど多くの挫折を

くぐらなければいけないのだろう

答えの出ない路地の行き止まりで

黙って細い月を仰ぐ

この世界に穿たれた

冷えびえとした傷口に似た三日月