サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

三島由紀夫「禁色」に関する覚書 3

 引き続き、三島由紀夫の「禁色」(新潮文庫)に就いて書く。

③「妻」の視点とストイシズム

 物語の後半で、養子縁組した愛人を悠一に寝取られた男が、逆恨みの余りに悠一の同性愛を告発する手紙を、南家に送り付ける場面が登場する。悠一は自分が異性愛者であることを立証する為に敢えて鏑木夫人を利用するが、その策略は妻である康子に対して思わぬマイナスの影響を与えてしまう。

 ……しかるにすでに康子は自若としていて、生活の中に腰をおちつけ、渓子を育てながら、老醜の年齢まで、悠一の家を離れない覚悟を固めていたのである。絶望から生れたこんな貞淑には、どのような不倫も及ばない力があった。

 康子は絶望的な世界を見捨てて、そこから降りて来ていた。その世界に住んでいたとき、彼女の愛はいかなる明証にも屈しなかった。悠一の冷たい仕打、彼のすげない拒否、彼の遅い帰宅、彼の外泊、彼の秘密、彼が決して女を愛さないこと、その明証の前には、密告状などは些々たるものである。康子は動じなかった。その向う側の世界に住んでいたからである。

 その世界から降りて来たのは、何も康子の発意ではない。彼女はその世界から引きずり下ろされたと謂ったほうが適当である。良人として多分親切すぎた悠一は、わざわざ鏑木夫人の力を借りて、妻をそれまで住んでいた灼熱した静けさの愛の領域から、およそ不可能の存在しない透明で自在な領域から、雑然とした相対的な愛の世界へ引きずり下ろしたのである。康子は相対的な世界の明証にとりまかれた。彼女にとって昔から既知のものでもあり、親しいものでもあった、あのおぞましい不可能の壁にとりまかれた。そこに処する方法は一つである。何も感じないことである。何も見ず、何も聴かないことである。

 康子は、悠一の旅のあいだに、新たに住まなければならなくなった世界の処世術を身に着けた。自分に対してすら敢然と、愛さない女になった。この精神的な聾唖者になった妻は、一見はなはだ健やかに、派手な黄の格子縞のエプロンを胸からかけて良人の朝食に侍っていた。もう一杯珈琲はいかが、と彼女は言った。やすやすとそう言ったのである。(P626-P628)

 この荒寥たる家庭の光景には、愛情に関する心理的な動向の複雑な逆説が絡み付いている。夫が誰のことも愛さないと信じている限り、康子にとって自分が愛されないことは、自分が悠一を愛することの決定的な障碍にはならない。そんな彼女にとって、悠一が同性愛者であるという告発は何ら危機を齎さず、寧ろ彼女の留まっている絶対的な明証の世界の安寧を一層堅固で揺るぎないものに変える福音にも等しい認識である。

 だが、悠一が女を愛し得るのだとすれば、康子が悠一に愛されないという厳然たる事実は、その従前の崇高な特権性を剥奪され、彼女の身分は「誰のことも愛さない美青年に選ばれた妻」という不可解だが絶対的な境遇から一挙に落魄してしまう。彼女の存在は単なる無数の性愛的な選択肢の一つに退嬰し、俗世間に氾濫している凄まじい男女の愛慾の騒乱の世界へ今再び投げ込まれることとなる。この相対性の明証は、彼女がずっと堪え忍んできた絶対的な明証の冷え冷えとした静寂な幸福よりも、遙かに浅ましく低俗で下劣である。少なくとも、康子は最早、己の特権的な不幸を信じることが出来ない。彼女は単に通俗的な意味で「不幸な妻」に過ぎず、そこには神秘的な悲劇性の暗い輝きなど、既に微塵も見出せないのである。

 その相対性の地獄を乗り切る為に、彼女が敢えて「愛すること」を峻拒する生き方を選んだのは、不幸だが賢明な判断であったと言わねばならない。愛し愛されることの堪え難い相対性、あらゆる場所に忍び入り、浸潤している「愛別離苦」の悲劇的な相対性と偶然性、言い換えれば「愛することの絶対的な偶然性」は、彼女がかつて素朴な仕方で夢見ていた「愛し合う男女の幸福」という理想的幻像を粉微塵に破砕してしまう。悠一が誰のことも愛さない絶対的な存在であるとき、彼を結婚という契約によって独占することは、そこに愛情が介在しないとしても、彼女を特権的な幸福の境地へ導いてくれた。彼女は自分の特権的な立場を信じ、その立場を維持する為に献身的な覚悟を示すことが出来た。だが、悠一が鏑木夫人との間に関係を持っていたという「異性愛の告白」は、そのような特権性への信仰を根底から倒壊させてしまったのである。爾来、彼女が悠一のように「誰も愛さないこと」を根拠として、自らの特権的な立場の恢復に努めたのは心理的な必然である。

 悠一はジャッキーの額に苦悩を見出した。

「ジャッキーは寛大だね」と悠一が言った。

「愛する者はいつも寛大で、愛される者はいつも残酷さ。悠ちゃん、僕だって、僕に惚れた男にはあいつ以上に残酷だよ」――そこでジャッキーは、この年になっても自分が年長の外人にいかにちやほやされるかという、にやけた自慢話をいくつかした。

「人間をいちばん残酷にするものは、愛されているという意識だよ。愛されない人間の残酷さなんて知れたもんだ。たとえば、悠ちゃん、ヒューマニストというやつはきまって醜男だ」(P503-P504)

 言い換えれば、康子は「愛する者の寛大さ」を棄却し、敢えて「妻」という役割に絶望的なまでに自身の存在を擬することで、ニヒリスティックな権力を確保し、己の心理的な負担を減殺する道を選び取ったのである。そのとき、寧ろ悠一の側で、ナルシシズムの牢獄の破綻と、康子に対する愛情の萌芽という重要な変貌が起きていたことは、皮肉な巡り会わせであり、作者の厭味で狡猾な計算の賜物であると言える。この残酷な逆転は、この小説が単なる「檜俊輔の陰湿な復讐劇」という簡便なラベリングに収まるものではないことを明瞭に訴えている。

 悠一は妻の出産の現場に立ち会ったことを契機として、檜俊輔が彼の耳目に注ぎ込んだ邪悪なナルシシズムの害毒から脱却する端緒を掴み取る。

 しかしこのとき、苦しみの絶頂にいる妻の顔と、かつて悠一の嫌悪の源であったあの部分が真紅にもえ上っているのとを、見比べていた悠一の心は、変貌した。あらゆる男女の嘆賞にゆだねられ、ただ見られるためにだけ存在しているかと思われた悠一の美貌は、はじめてその機能をとりもどし、今やただ見るために存在していた。ナルシスは自分の顔を忘れた。彼の目は鏡のほかの対象にむかっていた。かくも苛烈な醜さを見つめることが、彼自身を見ることとおなじになった。

 今までの悠一の存在の意識は、隈なく「見られて」いた。彼が自分が存在していると感じることは、畢竟、彼が見られていると感じることなのであった。見られることなしに確実に存在しているという、この新たな存在の意識は若者を酔わせた。つまり彼自身が見ていたのである。

 何という透明な、軽やかな存在の本体! 自分の顔を忘れたナルシスにとっては、その顔が存在しないと考えることさえできた。苦痛のあまり我を忘れた妻の顔が、もし一瞬でも目をみひらいて良人を見上げたら、そこに自分と同じ世界にいる人間の表情を容易に見出したに違いない。(P482-P483)

 ナルシシズムという精神的な形態の最大の特質は、その人間の思索や行動の規範が悉く「他者の視線」によって外部から規定され、制約されるという点に存する。その意味では、ナルシシズムは「他者の視線」を平然と蹂躙して恥じようともしないエゴイズムの横暴な性格とは異質である。だが、ナルシシズムが「他者の視線」によって制約されるのは、決して他者を愛するからではないし、他者の想いや考えに共感するからでもない。ナルシシズムは他者によって承認され、讃嘆されることでしか、自己の実存を支えることが出来ないという極めて深刻な病理に縛られているのである。だからこそ、作者は南悠一に絶世の美貌を授けることによって、そのナルシシズムの病態を過度に堅牢なものへと仕立て上げる手筈を整えたのだ。そして、堅固に組み上げられたナルシシズムの歪んだ支配力は、悠一の自意識を呑み尽くし、絶えざる外貌への讃嘆によって「愛される者の残酷さ」を極限まで高める働きを示したのである。

 だが、ナルシシズムに呑み込まれ、徹底的に「他者から見られること」だけを糧に己の生を支えていくという悪魔的な処世術は、言い換えれば己の存在を絶えず客体化し、如何なる主体性も厳格に排除することに等しい。彼が俊輔の傀儡と化すのは、ナルシシズムに固有の過剰な客体的受動性が最大の要因である。他者に依存し、他者の評価に左右されること、それがナルシシズムにとっての最も根源的な規範であり法律である以上、彼は自らの主体的な判断によって行動を選択することが出来ない。彼が「愛される者の残酷さ」を存分に悪用して、女たちを誑かし、男たちを弄ぶときの表層的な闊達さは、彼が一切の主体性を棄却していることの逆説的な反映なのである。

禁色 (新潮文庫)

禁色 (新潮文庫)