サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2020-05-24から1日間の記事一覧

ショーペンハウアー「幸福について」に関する覚書 9

十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 楽観主義にうながされて、この真理を見誤ると、多くの不幸のもとになる。つまり苦悩がないと、その間じゅう、穏やかならぬ欲望のために、あ…

詩作 「refrain」

もう逢うことはできない二度と重なることはない想いは摩天楼の彼方へ吸い込まれ夜は一散に更けてゆく流れ星は必ず堕ちる天頂から 地平線の不明確な稜線の向こうへわたしたちの束の間の禁じられた逢瀬はほろびた墓標を築くことさえ許されぬままに終末の音楽を…

詩作 「約束」

そもそもの始まりからこうなることは知っていたでしょうと大人びた世界が冷たく笑う諭すふりをして罰しているのだ触れれば火傷するものを欲するのは愚かな子供の習慣だと世界は嘲るように舌を鳴らすわたしは半ば憤っているそんなことは知っているさそんなこ…

詩作 「逢瀬の歌」

耳鳴りのように幻聴のようにあなたの声が闇夜の底を跳梁するわたしは何を求めているのか手探りのまま 答えを探り当てることはない幾度も幾度も問い返すその感情の 精確な羅針盤についてあなたは言葉を濁すしかないだって わたしには帰るべき場所がある 仕事…

詩作 「かくれんぼ」

隠れて恋慕する恋い慕う気持ちを静かに泡立たせる君はあくまでも礼儀正しく迂闊に踏み込んだりはしない精妙に測られた適切な距離のおかげで視線が乱反射してしまう何が真実なのか見えづらくなるそれが計算だと決めつけるつもりもないけれど 君が見せる笑顔も…

詩作 「野晒し」

息を吐くたびに罅割れるような音が聞こえるこの陰気な肺臓をかかえて幾千里も歩きとおして一体何を希っているのやら最初に掲げた旗の色は何だったのかそれさえ忘却の淵に沈めてしまったあとで漸く辿り着いた砂埃の舞い立つ寂れた街角 俺は俺自身の魂のありか…

詩作 「わたしたちの落ち度」

何を代表したつもりだろうか「わたしたち」という言葉で罪深い愛情の免罪符をそれで購おうとしたのか混乱するあたまのなかで何が確かなものなのかそれを精確に測定することはとても難しい契約だけで人の心は縛れないし決意だけで時の試練に堪え抜くことは不…

詩作 「呼び声」

黙っていてほしいのだ何も語らず言葉に表そうとしたその途端に何もかもが ややこしくなるからそれは形を与えられてはならない感情なのだそれに明確なラベルを与えてはならないそうなった瞬間から走り出すものがあるはずだからひとたび走り出してしまえば私た…

詩作 「隔壁」

手の届かないものが幾つも並べられショーウインドウの冷たい硝子に朝焼けが映る孤独という言葉の手垢に塗れた感触を海に流して私は私の孤独の内側にうずくまる時計の針が冷静に歩き続ける 私は闇のふところで静かに息を吐いていた幾つかの夢が儚い幻であるこ…

詩作 「後朝」

後朝のわかれに手荒く髪を整えて手早く外套を羽織るあなたの冷え切った横顔には月の光のような輪郭わたしは躊躇いがちに時計の文字盤を読んでみるトーストとコーヒーのささやかな朝食を共に迎えるひまもない 後朝のわかれが積み重なっていくその砂時計のよう…

詩作 「残骸の歌」

帰ってきたのだ久方ぶりに懐かしい風景懐かしい空と森林葉叢に潜んで息を殺す生き物たちの息遣いだが何もかもが覆され赤土はめくれていた剥き出しの地肌に白々しく林立する混凝土の建物俺は漸くこの場所へ帰ってきた猛禽の唸り声が聞こえる俺の帰りを待ちわ…

詩作 「轍をたどる」

誰かの書き遺した白い一枚の紙片をたまたま拾ったので見知らぬ交番へ向かった歩き出したけれども道程は果てしなく遠く何処にも出口が見当たらず私は途中から不安を覚えて明確な地図を欲したむろんそんな便利なものは何処にもない途方に暮れて夕闇地面に刻ま…

詩作 「盆燈籠」

夏の日盛りの空に鮮やかな盆燈籠が突き刺さる何回忌だったかもう忘れてしまった古びた日記帳のページを繰ってもろくに思い出せないほどなのだ盆燈籠は風に揺れやがて西の空から夕映えが静かな跫音を響かせてくる 死者の御霊のその言葉にならぬ騒めきに私は何…

詩作 「墓参」

白々と光っている御影石の向こう側に貴方の顔が浮かんでいるその純粋な錯覚の美しい手触りに時雨が降りかかる命日という言葉が私は好きじゃない 死んでしまった者のために営まれる壮麗な儀式や仰々しい習慣やそれら一切の複雑な纏まりのなかで静かに霞んでい…

詩作 「感謝祭」

ところどころ消え残った音楽の航跡が何かを告げようとしているすくなくとも貴方はこの部屋にはおらずその靴も外套も夏の宵闇へ すでに走り去った遺された想い出は生乾きで抱き締めると ひどく臭う貴方は私に向かってとても感謝していると言った微笑みながら…

詩作 「安房鴨川」

間断なく打ち寄せる波の白い縁私たちの眠らない夜更け押し寄せる波音の重なり合った鈍重な呻き声私たちの満ち足りない睡眠と水平線の暗闇の彼方ちらちらと揺れ動く漁船の灯り真夜中の海原で彼らは獲物を探している獲物を探して光の渦を ばらまいている私たち…

詩作 「言葉の音楽」

繰り返される仕打ちに堪えかねてわたしはいよいよ 決断を下した或る悲愴な音楽の破片が心臓へ次々に突き刺さる 記憶が重くきしみ貴方の陰翳をいっそう深く色濃く彫り込んでいきそして時間はただ ひたすらに垂れ下がっていき眠りは浅く 夢の輪郭は薄くなり時…

詩作 「波止場」

せめぎ合う命の連なりが少しだけ亀裂を走らせた午後波止場から眺める商船の横腹私たちは奏でている何を? 海辺には複数の種類の鳥たちが舞っている。私たちの絶え間ない 退屈な午後の光貴方が去ってから数週間が経った瓶詰の手紙が波間に揺れていると知らさ…

詩作 「塩」

地面にひれふして貴方に捧げるあたしは一つの選び抜かれた純粋な割れ目だその亀裂に何らかの方法で(つまり贈り物や目配せや、もったいぶった冗談やなんかで)辿り着いたそこには虚無と快楽しかないあるいはそれら二つは同じ種子から芽吹いた性悪の双子なの…

詩作 「隠れ家にて、待つ」

誰にも邪魔されずに内緒で来いよ夜が明ける前に一人で来いよ心変わりに声変わり優しい女の膝枕 誰にも話さず二人だけの秘密にしておけ自転車は止せ鍵の音でバレるチェーンの軋む音で悟られる道順に目印を刻むな誰にも見られず追跡されずにモサドのスパイのよ…

詩作 「歌うこと」

花びらが少しずつ散り鳥の囀りが鼓膜をさすり風鳴りに眼を覚まし消えかかった月の薄い輪郭線を眼でなぞる花鳥風月 古今東西私たちの国の 舗装された大地の奥底で死者たちは けらけらと笑っている 私たちはなぜ歌うのか今宵の月が 明るいからか別れた人が 恋…

詩作 「わかれる(弐)」

貴方がいないと生きていけないの君がいなけりゃ僕は人間じゃいられないそう睦み合い互いに捧げ合って宝珠のように光り輝く日々を過ごした後でなぜ冷たい雨が降りしきるのだろう 夜半の煙るような車道の界面誰も通らない横断歩道に瞬きつづける信号機の灯り出…

詩作 「声の続く限り」

声の続く限りに叫ぶ願いがあり世界には夕焼けと地平線があり私には小さな家と妻子がある何億年と奏でられつづけた地球の地鳴りのような音楽とその遣る瀬ない休符の繰り返しに みちびかれ私たちの生命は重い荷車を曳きずりつづけるロケットミサイルが 虚空を…

詩作 「分断史」

わたしたちの暮らす この世界は数多の異なる断片に 引き裂かれているわたしたちは国境によって隔てられ数えきれないほど多くの諍いに 血塗られている戦場に滾り立つ硝煙の やるせない調べはげしく罵り合う 幾つもの車座巡航ミサイルの悲しげな歌声どんな願い…

詩作 「家族会議」

木枯らしの吹くころ静まり返った夕食のあとのテーブル父は険しい顔で新聞を読んでいた皺の寄った社会面珈琲が黒々と染みた政治面あたしは いつものように頼りない眼差しで父が決して興味を示さないテレビ欄を眺めている洗い物の ていねいな水音不機嫌な年代…

詩作 「長野駅、二十一時半」

夢から覚めるように列車がゆっくりと砂浜へ打ち上げられ眠い眼を擦って私は立ち上がる網棚から引きずりおろした革の鞄を翻して私は静かな時刻の片隅へ足を踏み入れる澱んだ心 答え 正解 事実 不穏な予兆駅前は広々とした閑寂の中で時間をかぞえていた私はど…

詩作 「男根銃」

拾ったピストルは青葉の香りがして俺たちは放課後の制服のネクタイをゆるめて水遊びあの公園のベンチでアイスキャンディーをほおばる三人の女の子にもたとえば生理の遅れという悩みがある太陽はぎらぎらと照り映えてこの夏の歌声は空を衝き破るねえ あの人と…

ショーペンハウアー「幸福について」に関する覚書 8

十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 私はあらゆる生きる知恵の最高原則は、アリストテレスが『ニコマコス倫理学』でさりげなく表明した文言「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求…