サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作

詩作 「苦しさの涯で」

テールランプが 紅くにじむ 喫茶店のガラスが 曇っている 待ち合わせの時刻の 少し前に プラットホームへ滑りこんだ電車の音が 天井を隔てて 伝わってくる わたしの胸は 予感にふるえる あなたの笑顔を 真新しいキャンバスに 美しく描きだす 逢いたいのは 虚…

詩作 「グレーゾーン」

夕闇は 音を立てない 無言で 一日の終わりの 疲弊のなかに 人々を佇ませる 昨夜 交わした約束は たちまち裏切られる 灰色の関係 灰色の距離 あなたは指折り数えている 幸福な未来が その小さな掌に 触れる瞬間までの 時間の長さ わたしは 一日の終わりの 疲…

詩作 「駅」

電車が 風を巻いてはしりこむ 線路からホームへ 舞い上がる冬の風と 人々のざわめき 夜は一目散に 闇へ溶けていく まだ帰りたくない まだ離したくない つないだ手を からめた指を まだ今は ほどきたくない 秒針が回る 黙々と 残酷に それまで他愛のない会話…

詩作 「しらない世界」

海原は 最果てをしらなかった どこまで 突き進んでも 終着駅は見つからない 明け方まで 浜辺で火を焚いて 酒を浴びていた 車座の男たちも 不意に遠い眼差しで 夜空を見上げた 北極星を 確かめるために あなたの本心が どの波間に揺れているのか 誰もしらない…

詩作 「秘密」

夜の闇に まぎれて すべて隠してしまいましょう 深夜の駅前の道を わたしもあなたも 靴音を殺して歩く 野良猫が 無数の敵意に身構えるように 露見することを おそれて わたしたちは綱渡りのように 夜の暗がりに爪先立つ 秘められた 感情が 少しずつ ビーカー…

詩作 「所有」

長雨に煙る空 遠くに光る ビルの赤いランプ 十一月の街は少しずつ冷えていく こころが少しずつ冷えるように 愛することと 支配することの間に 見いだせなくなった距離を 探し求めて 動く指先 誰かを所有すること 愛しいあなたを所有すること 所有することで …

詩作 「いいえ」

いいえ、それは星ではありません それは夏草の葉叢で生まれた若い蛍火 いいえ、それは風ではありません それは夕暮れの家路を歩くあなたが 一日の労働を終えた溜息の音 いいえ、それは答えではありません それは連綿と続く暮らしのなかで あなたへの関心をか…

街衢十句

一 春の雪 生まれ変わりは どの赤児 二 夕暮れに 燃え立つ祈り 金閣寺 三 淡墨の 空染み渡る 蝉の庭 四 記録から 貴女の名前 除かれる 五 殷々と 弔鐘の打つ 港町 六 鎹の 積りで生まれ 父なし子 七 親不知 抜き差しならぬ 血の因果 八 空騒ぎ 繰り返しつつ …

暗夜十句

一 野良犬が 虹を眺めて 溝攫い 二 年の差の 数だけ鳩を 撃ち殺す 三 虫の声 眠る私の 膝枕 四 卒塔婆に 似て束ねられ 蛍光管 五 風の坂 駆け下りゆく 夏至の街 六 静けさの 内側に降る 火矢と雪 七 興醒めの 途中で気づく 雪月花 八 お前には 何も言わない …

房総十句

一 真夏日の 船橋を往く 三輪車 二 亥鼻の 木蔭に犬が ひとやすみ 三 空き缶を 蹴飛ばした音 京成線 四 武蔵野線 途中で不意に 宙返り 五 嘶きが 空を断ち割り 皐月賞 六 海原に 漁火の咲く 鴨川港 七 隣人の 鞄を盗み 松戸駅 八 白々と 冴える金筒 千葉みな…

夏色十句

一 ベランダに 蛍火が飛ぶ 死期を待つ 二 壊れたら 買い替えるだけ 夏の闇 三 簪が 落ちていました 路地裏に 四 三毛猫が 必死に駆ける 警報機 五 踏み切りの 風吹き渡る 通学路 六 紫陽花が 腐れていくよ 登校日 七 純白の 海岸線に 水死体 八 夏休み 午後…

愛憎十句

一 此間は ご馳走様と 恋敵 ニ 五月雨や 小野妹子の 墓探す 三 墓前には 菊花聖書と 賀茂泉 四 さようなら 雨降り小径 青蛙 五 淫乱な 夜更けが迫る 塩含嗽 六 樹皮を剥ぎ 生成りの肌に 辞世の句 七 もう二度と 逢わないはずだ 靴を履く 八 新聞に 嘘つきが…

勤人十句

一 終電の 光を浴びる 瓶麦酒 二 昨夜から 下痢のとまらぬ 失業者 三 函入りの 娘が家を 出て十年 四 保険屋に 脅され屋根の 修理する 五 陰惨な 記憶と共に 夏の月 六 淋しいと 言われて肩を 叩かれて 七 作業着に 口紅ひとつ 闇ふたつ 八 落雷の 間際の駅…

詩作 「帰り道」

秋は深まる 刻一刻 風のなかで冷えていくあなたの頬が 秋の光りに染められて 夕闇は冴え渡って 思わず手を伸ばす 芯から冷えた あなたの頬 子どものように 幼い唇 誰もいない公園に 夕陽が射す 無人のブランコが 木枯らしに揺れる 知らない間に ずいぶん遠く…

詩作 「世界の終わり」

地平線が 燃える 火柱を あげるように 夕陽が没する 壮麗な音楽のように 世界が騒ぎだす もうすぐ なにもかも終わってしまうよ なにもかも 更地に戻ってしまうよ わたしたちは 一斉に 耳をふさいだ 聞きたくない音をすべて 拒んできたわたしたちの 罪なので…

詩作 「クランベリー」

懐かしい歌が 窓辺から聞こえる 古びたラジオ 手入れの行き届いた庭 わたしは目を覚ます 朝が来る 幸福な記憶を 手帳のようにめくる 本棚に囲まれた明るい部屋 そこでは静寂だけが暮らしている 時を刻む音に 名前も知らない鳥の声がまじる わたしは歯を磨き …

詩作 「他人の財産」

触れてしまえば 罪になる その危うい境界線を見定める あなたが不意に 翳らせた横顔 その憂いに 指で触れてしまいそう あなたが帰る部屋は 寒空の下で あたたかく燃えている 月明かりは電柱を照らし 走り去るタクシーのヘッドライトが 束の間 真実を暴くよう…

詩作 「刺青と口紅」

あなたの顔に 刺青を彫りたい どう足掻いても 消えないように 洗っても擦っても 落ちないように 想いが 痣のようにいつまでも 残りつづけることを 願う針先 破れた皮膚の 裂け目のように あなたの嘘を 彩る口紅 真実から 見捨てられた言葉で 駆け引きにおぼ…

詩作 「高速道路」

宙に浮いた オレンジの灯りが 連なる夜の風景 すばらしい速度で 無理にさらってしまうみたいに タイヤが軋む あなたの寝顔が 鋭いオレンジの 光の刃に 傷つけられる それでも昏々と 眠りつづける 胎児のような 表情はゆるがない 江戸橋 汐留 浜崎橋 一ノ橋 …

詩作 「蛍火」

静かにしてください すぐに逃げてしまうから 水路のなかから聞こえる 清らかな音のつらなり 宵の口の 物哀しい調べ あなたのサンダルが立てる音 わたしの団扇が風を裂く音 晩夏の 取り残されたような みじかい休暇 若いあなたは 傷を知らない 流れる血の 重…

詩作 「永遠とよばれた午後」

永遠に続く 夏の日盛りの石段 蝉しぐれは なまぬるい風とともに ゆっくりと道の上を渡っていく あなたの暮らす家は 夏の町並に うずもれている 麦わら帽に 虹色のリボンを結わえた少女が 坂道を自転車で下っていく 開け放たれた縁側から この夏の猛暑を嘆く …

詩作 「霊園」

怖がりは なおらない 昔から夜の闇に たやすく怯えた横顔 あなたは蝋燭の焔の 揺めきを見つめる 死んだ人たちはもう帰らない わかっていると あなたは言う 月明かりが 墓標を静かに照らす 失ったものは もう二度と わたしたちの世界には戻らない 一瞬の愛し…

詩作 「除籍謄本」

去りぎわに 振り返る この世界には 知らぬ間に 手遅れになってしまうものが多すぎる 消印のついた古い葉書 あなたの名が書類から除かれる つないだ手が ほどかれるように 悲しみは 冷めていく この夕暮れ時 気がつけば あの頃の苦しみは 古井戸のように涸れ…

詩作 「居心地」

そりゃあ重要ですよ 居心地は 家具屋の店員みたいに 男は言った 去っていった女の 猫背のシルエットが 眼裏で笑いさざめく 居心地が悪くて 家を出た女の 行方を尋ねる気力は もうどこにも残っていない 居心地を良くするための努力を あなたは怠っていたんで…

詩作 「さよなら、渚」

潮風が遠くから 帆を立てて近づいてくる 砂浜に白く煙る複数形の記憶、男女 波打ち際の静かな日かげで 手を振りました けんめいに もう最後だし 夏は 急速に終わりを迎える 陽炎がアスファルトに揺れて 買ったばかりのアイスキャンディが 汗ばんで溶けて 水…

詩作 「わかれる」

爪を立てて 引っ掻いたように いつまでも消えない幾つかの傷 血の滲む 夕映えの空の下 わたしもあなたも暮れていく道の上に佇んでいました 影法師が長くのびていく その音が聞こえそうで 耳を澄ましてみたら あなたの心は 別れることしか望んでいなかった さ…

詩作 「すべて壊れてしまいました」

すべて壊れて しまいました 嘗て確かにそこにあると信じられたものたち ときを選ばず 息衝いていた様々な感情の雫が 知らぬ間に乾き切っていました あなたの笑顔の写真が ひび割れ 古びていきます 時の暴力に わたしもあなたも逆らえない 時計の針が ゆっく…

詩作 「あなたが」

あなたが遠くを眺めるとき 青い焔のような海が揺れる あなたが瞼を閉ざすとき 紅い夕闇が静かに迫る あなたが声を立てて笑うとき 強張っていた世界が溶ける あなたが怒りに身を任すとき 張り巡らされた嘘が 焼け落ちる あなたが眠れぬ夜を過ごすとき わたし…