サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

プラトン「国家」に関する覚書 8

再び、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」を読みながら、改めてつくづく思い知るのは、師父であるソクラテスの刑死が、プラトンの精神と思索に及ぼした影響の計り知れない大きさである。彼が「哲学者」の処遇に関して彼是と詳細な…

純潔なる戦時下の天使 三島由紀夫「翼」

三島由紀夫の短篇小説「翼」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この小説は透き通るような、抒情的な美しさに満ちている。通俗的な感傷と言えば確かにそうかも知れないが、この美しさには三島的な主題の片鱗が、蜉蝣の翅のように薄く繊弱に編み込まれて…

Cahier(未知なる誘惑者)

*人間の知的な好奇心は何によって煽られ、駆り立てられるのだろうか? 言い換えれば、我々の存在と精神を知的好奇心の情熱が刺し貫くとき、一体何が、そのような興奮を浮揚させているのだろうか? 何かを知りたいと熱烈に願うとき、我々が期待している「邂…

Cahier(批評家の欲望)

*また益体もないことを徒然に考えている。批評という営為が、何を欲望しているのか、という普遍性を欠いた設問が、脳裡を掠めたのである。 例えば性愛に就いて考えてみる。我々は愛する者から愛されたいという至極当然の感情と期待を有する。逆に言えば、愛…

危機・栄光・誘惑 三島由紀夫「サーカス」

三島由紀夫の短篇小説「サーカス」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 所謂「見世物」に属する稼業は、観衆の欲望を刺激し、彼らの興奮に向かって想像的に同化することによって成立する。観衆が何を見たがっているのか、その欲望の内実を把握しなければ…

何故、誰かに「見られて」いなければならないのか? 三島由紀夫「春子」

過日、再びプラトンの『国家』(岩波文庫)の繙読に復帰すると宣言しておきながら、枯葉のように頼りない心は速やかに舳先の方角を改め、結局は三島由紀夫の短篇小説「春子」(『真夏の死』新潮文庫)に指先で触れてしまった。別に余人にとってはどうでもい…

プラトン「国家」に関する覚書 7

再び、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「理想」という概念は、プラトンの思索において極めて重要な意義と役割を帯びている。現実に存在する事物への全面的な充足だけで万事済むのならば、プラトンのように彼是と抽象的な思弁を弄する必…

Cahier(「明晰」と「迂回」)

*五月の末から、プラトンの対話篇の繙読を一時休止して、再び三島由紀夫の短篇を渉猟する旅路に赴いていたのだが、俄かに気が変わった。 先刻夕食を終えて、居間の壁際に置いてある新しい書棚に並べておいた、ドイツの哲学者カントの『啓蒙とは何か』(岩波…

危うく揺らぐ「少年期」の断層 三島由紀夫「煙草」

三島由紀夫の自選短篇集『真夏の死』(新潮文庫)の繙読に着手したので、先ず巻頭に収められている初期の短篇小説「煙草」に就いて感想を書き留めておきたいと思う。 三島にとって「少年期」という時代は、聊か感傷的な、特別な価値を有しているように見える…

Cahier(「共感」から「理解」へ)

*何かを「理解する」ということが、具体的に如何なる状況を指すのか、明晰に定義するのは容易ではない。だが、厳密な定義を下さずとも、漠然たる認識の輪郭の間を軽業師の綱渡りのように突き進んで、とりあえず思考を積み重ねていくことは出来る。厳格な定…

青春・反抗・虚無 三島由紀夫「月」

三島由紀夫の短篇小説「月」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 青春とは何か、という聊か気恥ずかしい主題に就いて真面目に考えてみようと思っても、適切な言葉を紡ぎ出せるのかどうか心許ない。体制的な青春、反抗的な青春、従順な若者、頽…

Cahier(記憶する愛情)

*例えばピアニストは素人と比べて、眼前に並ぶ黒白の鍵盤の組み合わせが、どれだけ多様な音律と響きを作り出せるかということに就いて、豊富な実践的知識を泉のように蓄えている。彼らは素人と比べて遥かに多くの深甚な理解を、ピアノという楽器に関して、…

美は「死」と「証人」を要求する 三島由紀夫「憂国」

三島由紀夫の短篇「憂国」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この「憂国」という短い小説は、極めて稠密で引き締まった端正な文体によって綴られた傑作であるというだけに留まらず、三島由紀夫という作家の人間性の最も中核的な部分を凝縮し…

戦後的倫理の諷刺 三島由紀夫「百万円煎餅」

三島由紀夫の短篇小説「百万円煎餅」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 貧しいが勤勉で堅実な若い夫婦の何気ない遣り取りを入念に写し取り、最後の二頁で意想外の皮肉な暗転を示す、この簡潔な「コント」(三島自身の表現)に、大仰な主題を…

典雅で精巧な「情念」の棋譜 三島由紀夫「女方」

三島由紀夫の短篇小説「女方」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この自選短篇集に収録された数多の作品の中で、余人は知らず、少なくとも私の個人的感受性にとっては、緊密な構成と巧緻な描写を併せ持つ「女方」は、実に出色の出来栄えであ…

Cahier(愛されることを願う生き物)

*「愛する」という言葉の定義は何時も抽象的で茫漠としていて、余りに雑多な行為や感情がその一語の裡に詰め込まれていて、偶に思い出したようにその正体を探ってみようにも、途方に暮れるのがお決まりの結末だ。 休日に掃除機を掛けながら、携帯にイヤホン…

技巧と本性 三島由紀夫「橋づくし」

三島由紀夫の「橋づくし」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 四人の女性が願掛けの為に、迷信的な禁則に従って七つの橋を渡ろうと試みる些細な物語に就いて、余り大仰なことを言い立てても無益な気がする。登場する女性たちの懐いている願い…

花ざかりの墓地 三島由紀夫「牡丹」

久々に三島由紀夫の『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に収録されている短篇小説に就いて書く。 「牡丹」は、実質七頁にも満たない実に簡素な造作の小説であるが、独特の不吉な感触を牧歌的な風景の表皮で覆った、印象的な作品である。官能と暴力は、三島の…

Cahier(プラトンと「愛情」或いは「寛容」の問題)

*ここ数箇月、古代ギリシアの哲学者であり西洋思想の開祖にも位置付けられるプラトンの対話篇ばかりを読み続けてきて、知らぬ間に憤懣が溜まっていることに気付いた。 プラトンの思想は本質主義的な性質を持ち、究極的には「正義」を重んじて、人間を一定の…

Cahier(常に「此処」から始まる)

*人間は色々の先験的要件に規定されて人生を始める。誰も自分の意志で生まれるときや場所を選ぶことは出来ない。血筋も門地も性別も家産も、肌や瞳の色も、時代や国籍も任意に選択することは出来ない。出生は購買でも消費でもなく、ただ受動的に配給される…

Cahier(運命を嘲笑せよ)

*決定論の思想は、物事を因果律に基づいて如何にも鮮やかに綺麗に整序する。そうやって物事を遠く彼方の淵源から順番に連鎖させ、原因によって結果は必然的に決定されると看做す。それを別の言葉に置き換えれば「運命による支配」ということになる訳で、世…

Cahier(最善を尽くせ)

*纏まらない頭の中身を垂れ流すようにキーボードを打つ。 合理的な精神は、無理や無駄を嫌う。効率の悪いことを蛇蝎の如く忌み嫌う。最初から総て正解が見えていればいいのにと、不合理な現実の厄介な性質に歯咬みする。成程、最初から正解が分かっているこ…

プラトン「国家」に関する覚書 6

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンは「哲学者」と「ソフィスト」との区別に関して執拗な厳格さを示している。彼の考えでは、ソフィストたちが切り売りする「知識」は、哲学者の追究する「真実在」に関する「知識」とは…

シーソーと糾える縄

我ながら、顧みれば迷ってばかりの人生で、今でも日々迷妄の種は尽きず、生きることの正解が何なのか分からず、右へ左へ彷徨するような生活を送っている。だから、達観した人生の名人のような境涯に落ち着いて、艶やかな木製のパイプでも燻らせながら、遠い…

プラトン「国家」に関する覚書 5

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「本質」という概念に関する考察を深めて、その思索における役割や機能を明瞭に理解することは、プラトンの思想を適切に把握し、その成果を有意義に活用するに当たっては、非常に重要な作業で…

プラトン「国家」に関する覚書 4

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」の前半における中心的な主題が「正義」という概念の厳密な本質的規定に存することは、一連の議論の推移を徴する限り、明瞭な事実である。そして「理想的国家」の性質に関する厖大な論…

プラトン「国家」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの「理想的な国家」の形態や構造を巡る実験的な議論には、聊か疑義を呈したくなる側面が幾つも刻み込まれている。音楽や詩歌に関する堅苦しい道徳的抑圧、医療に関する優生学的…

対話篇「実務と教養」

甲:世の中には「実務的な知識」とそうでない知識が存在するという議論に関して、君はどういう見解を持っているかね? 乙:所謂「実学志向」の話かね? 仕事の役に立たない知識を大学で教えることに関して、主に経済界から批判的な視線が突き刺さっていると…

対話篇「具象と抽象」

甲:先日、君と「抽象」と「具象」に就いて議論したのを覚えているかい? 乙:覚えているよ。今年最初のアイスコーヒーを飲んだ日だ。印象深いね。 甲:あの話題に就いて、あれから徒然に考え込んでいたんだよ。なかなか重要な問題じゃないかと思ってね。君…

対話篇「関係化の技法」

甲:今回は、先達て君と議論したときに我々の間で合意に至った問題に就いて、もう少し敷衍して考えることは出来ないかと思っているんだ。 乙:具体的には、どういう話だい? あの「知識」と「実践」とを巡る煩瑣な議論の続きをやりたいという意味かね? 君も…