サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

Cahier(ヨーロッパ・近代・小説)

*最近は専ら海外の小説を読むことに、乏しい読書の時間を充てるように意識している。ウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」を舐めるようにちびちびと読み進めながら、日本語のみを理解し、一度も国境線を跨いだ経験を持たない、生粋の島国根性の持ち主として生活を営んでいる日本人の私が、敢えて海外文学に積極的な関心を懐こうと努めているのは、何故なのだろうかと自問していた。

 ミラン・クンデラの一連の著書に限らず、小説という芸術を「近代のヨーロッパ」が生み出した歴史的な産物として捉える論調は、決して特異なものではない。そうした言説を実証的な仕方で確認する手段を持たない私はただ、クンデラの華麗で犀利な文章に眩惑され、魅了されるばかりの体たらくだ。スペインのセルバンテス、フランスのラブレー、そしてイギリス及びアイルランドの初期の小説家たち(デフォー、スウィフト、スターン、フィールディング)を嚆矢とする近代文学の精華である「小説」を、クンデラは極めて断定的な口調で「ヨーロッパ」という歴史的=地理的なコンテクストに接続している。

 様々な世界宗教が、布教の範囲を拡大する過程で、徐々に各地の土俗的な異質さを夾雑物のように呑み込み、消化吸収していったように、小説という芸術もまた、今日では単なる「ヨーロッパ」の専売特許とは称し難い多様性を獲得しているように見える。同時に小説は「近代」という謎めいた歴史的観念から遠く隔てられた場所にも、成育の為の新たな土壌を幾つも見出しているように思われる。だが、こうした考え方は、小説が形成されてきた構造的な理由に対する無理解と、根源的なレヴェルで密接に絡み合っているのではないだろうか。言い換えれば、そうした「小説」の世界的な普遍性に対する明快な盲信は、例えばクンデラが抱懐しているような「小説」の具体的な歴史性に関する省察の欠落によって支えられているのではないか。

 文字言語を用いて何らかの虚構性の高い物語を書き綴り、一つの新たな時空を創造することの世界的な普遍性を手懸りとして、所謂「小説」という文学的理念を、世界的な普遍性の下に拡大して適用しようと試みる態度が、クンデラの厳密な歴史的意識と相反するものであることは注意すべきポイントであると言えるだろう。もっと言えば、そうした態度は「小説とは一体、何を指す概念なのか?」という根源的な問い掛けに対する考究の甘さと密接な関係を有している。

 クンデラは「小説」という芸術を西洋の近代に固有の歴史的な様式として定義している。「小説」を、セルバンテスラブレーやデフォーを嚆矢とする西欧の「近代」が生み出した芸術であると看做すことは、少なくともクンデラの作家としての方法論においては重要で中心的な意義を備えているのである。それが明治以降の日本に移植されたとき、西欧とは全く異質な文明的背景を有する東洋の島国で、「小説」という理念が一切の変貌と無縁であったと信じ込むのは、原理的な意味で公正な態度ではない。基本的な枠組みを拝借したとしても、それが百年余りの歳月を経て、日本という国家の風土に馴染み、徐々に組み込まれていく過程において、「小説」という理念が如何なる変質も蒙らなかったと考えるのは、無反省な「信仰」に過ぎない。

 一体「小説」とは何なのか、という設問は、市井の読書家に過ぎない私にとっても依然として興味の尽きない難解な「壁」である。だが、そもそも「小説」の厳密な定義を樹立することが、この地上で「小説」を巡って繰り広げられ、日々営まれている種々の「現場」にとって、本当に必要な作業であるかどうかは、冷静に点検してみる必要があるだろう。「小説とは、極めて自由で雑種的な文学の様式である」という言い方は巷間に満ち濫れている。「小説」というジャンルには、如何なる猥雑な要素も持ち込めるし、詩歌や戯曲のスタイルを導入したり、場合によっては挿絵や写真、図表の類を織り込んでも許される。にも拘らず、そうした柔軟な「寛容さ」の形式に何故、ミラン・クンデラは、飽く迄も「ヨーロッパ的な歴史性」という但し書きを付け加えることに固執しているのだろうか? そうした猥雑な精神性は、近代西洋の特権的な性質なのだろうか? こうした問題は、実地に近代西洋の小説作品を一つずつ繙読して、自分自身の五感と知性を以て確認する以外に、解決の端緒を持ち得ないだろうという当たり前の結論に、今は行き着くより他ない。