サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

Cahier(期日前投票・パネルクイズ予選会)

*荒天の中、朝から期日前投票に出掛けた。花見川区役所まで、シーサイドバスに揺られていく。同乗者は誰もいない。鬱陶しい長雨が、羽織ったチャコールグレイのコートに少しずつ染み込んでいく。悪天候の休日にわざわざ、バスに揺られて区役所へ向かう物好きなど、そんなに多くはないだろう。

 ところが、バスが区役所に近付くに連れて、事態は異様な変貌を遂げ始めた。普段なら閑散としている区役所沿いの道路が、車列で埋まっている。目的地まであと少しなのに、バスは牛歩戦術を余儀無くされた。ドライバーは苛立っているだろうか。

 週末の区役所は、類を見ない混雑に覆われていた。エントランスの付近には、出口調査を任された報道関係者が屯して、作り笑いを浮かべて有権者たちに挨拶を送っている。二階の投票所から発した列は、既に階段の踊り場まで延びていた。しかも、それは投票を待つ列ではない。投票に先立って行なう宣誓書記入の列なのだ。宣誓書を書いたら、もう一度別の列に並び直さなければならない。聞き耳を立てると、現在30分待ちだという。今回の衆院選はやはり、世間の関心を集めているようだ。

 だが、混雑の理由は投票者の数だけではない。投票を取り仕切る役所側の段取りの悪さが最たる原因であった。狭苦しい階段に、投票待ちと宣誓書待ちの列を両方とも並ばせて、その隙間を投票を済ませた人々が、身を捩りながら降りていく。一体、車椅子の人はどうやって投票すればいいのだろう? 老齢の人々にも、こんな不自由な待機を命じる積りだろうか?

 恐らく、想定を上回る投票者の来館に、全く段取りが追い付いていないのだ。投票所の前の狭い廊下に、折り畳みの長机を壁沿いに並べて、宣誓書の記載台にしているのだが、その配置が全く以て最悪だ。唯でさえ狭い廊下に、投票待ちの行列と、選挙管理のスタッフと、宣誓書の記載台が詰め込まれて、往来も儘ならない。

 この状況を鑑みて、例えば宣誓書の記載台を一階のフロアに移設しようとする気配は微塵もない。ただ謝り倒して、冷汗を掻いているだけだ。このスタッフたちを統率する人間は何処にもいないのだろうか? 方針の変更を号令する気概のある人間は誰もいないのか? 待ち時間の長さと段取りの悪さに苛立ち、捨科白を吐いて帰っていく人も少なからず見受けられた。待たされるなら投票しないという態度も随分と幼稚だが(役所の劣悪なオペレーションと、投票の重要性との間には、何の相関性もないのだから)、苛立つ気持ちは理解出来る。こういう事態が、役所に対する不信と軽蔑を醸成する要因となることは疑いを容れない。

 ところで、今回の衆院選と併せて、最高裁の裁判官の国民審査が行われることは、皆さん御存知だろうか。案内の葉書に、その旨が記載されていることは気付いていたが、事前に予備知識を頭に入れておく手間は省いてしまった。投票所で、罷免したい裁判官の名前の上に罰印を記入しろという注意書きを前に、私は暫し途方に呉れた。記された名前に一つも心当たりがない。こんな状態では、罰印など書ける訳がない。薄っぺらな出来心で、他人の人生に難癖をつける訳にはいかないからだ。己の怠慢を棚上げして言うのだが、政党や政局の話だけではなく、最高裁の国民審査に就いても、もっとマスコミは報道して、情報を周知すべきではないだろうか。無論、最大の難点は、私自身の怠慢に存することは言うまでもないのだが。

 

*午後から、朝日放送の視聴者参加型パネルクイズの予選会に参加した。以前、一念発起してネットで予選会に応募し、音沙汰がないので落選したのだと思い込み、そのまま忘れていたところ、つい先日、案に相違して予選会に当選した旨の葉書が届いたのである。慌てて仕事の段取りを調整し、上司の許可も得て、臨時休業を勝ち取り、午前中に遽しく期日前投票を済ませた次第である。

 会場は朝日放送の東京支社、調べてみると、最寄りの駅は大江戸線築地市場駅、人生で一度も立ち寄ったことのない土地である。地図を眺めてみると、新橋や汐留の直ぐ傍である。私は二十一歳から二十二歳の時期に、新橋の店舗に配属されていたので、漠然たる親しみと懐かしさを覚えた。西船橋から東西線に乗り、門前仲町大江戸線に移る。降り立つと、眼前に朝日新聞社のビルが聳え立っていた(幼少期、実家の両親はずっと朝日新聞を取っていた)。鬱陶しい雨は、少しも止む気配がない。

 予選会の開始時刻まで、未だ一時間を余していた。本館の建物を潜り抜け、小さな喫茶店に入る。パンケーキとアイスコーヒーを注文し、莨を吹かして、静かに気持ちを整える。二十分前に会場のある新館へ入ると、一階の廊下に多数の眼鏡男子(男子と言えるほど、若くはないが)が屯しているところに遭遇した。同じく眼鏡の私も、その集団へ素早く溶け込む。数十人規模の眼鏡の男性が、無言で壁面に沿って並び、一様にスマホの画面を睨みつけているのは、なかなか異様な光景であった。

 定刻になり、係員の案内に導かれ、私たちは列を成してシールタイプの簡易な入館証を受け取り、エレベーターで十階へ運ばれた。殺風景な会議室に通され、やはり無言で席に着く。女性のアシスタントプロデューサーが、控えめな関西訛りで予選会の流れを説明する。最初に自己紹介のシートを三十分かけて各自記入し、その後に八分間全三十問の筆記試験を受けた。ネットに上がっている過去問で修業を積んだ積りではあったが、分かりそうで分からない絶妙な問題が並んでいて、確信を以て答えられた問いは一部に過ぎなかった。それでも空欄は残さなかったので、案外いけるんじゃないかと甘い期待を懐いていたが、十五分間の採点の後、そのぼんやりした自信は見事に殲滅された。合格者は面接の為に別室へ呼ばれ、落第した私たちは即座に解散となった。桜よりも儚く散ったのである。カゲロウよりも短い命だったのである。

 帰り道、築地市場駅の改札を通るとき、ゴムの長靴を履いた短髪の男性を見かけた。風貌から察するに、築地市場にお勤めの方ではないだろうか。私もまた、荒天に備えてコロンビアの長靴を履き、坊主頭である。まるで市場関係者ではないか。