サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「雨」

雨が降っていました

秋は徐々に冬へと近づいていく

窓際に置かれた花瓶のなかで

名前の分からない花がしずかに萎れていく

今夜はひどく冷える

秋の音階が冬の短調のなかへ融けていくように

買ったばかりの焦茶色のベルトの腕時計が

時間を刻む小さな音が聞こえる

雨の夜は紅茶をのむ

あなたは今夜

新潟へ出張している

新幹線で今朝

東京駅を発った

一週間前の電話で

あなたはそう私に告げていた

その二日後に

私たちは別れた

あなたは他に好きな人がいるので

私とはもう付き合えない旨を

とても遠回しな言い方で私に教えてくれた

私は夜明けまで泣いた

朝日に照らされた

めちゃくちゃに荒れ果てた部屋のなかの光景が

私の理性を呼び覚ますまで

 

新潟には縁がない

あなたの祖父は新潟の酒造家だった

豪雪は悪魔みたいに人の命を食らうと教えてくれた

ホワイトクリスマスなんて浮かれてる都民は愚かだな

俺は背筋が凍りそうになるよ

重く軋む天井の向こうに

夥しい雪の層が束ねられて

夜は一目散に更けていくのだ

大粒の秋雨が窓ガラスをたたく

あなたは新潟のホテルで夜を明かす

女と電話しているのだろうか

その女はホワイトクリスマスに浮かれる愚かな東京都民なのだろうか

 

ラジオから音楽が聞こえる

若い女の子の張り裂けそうな声が響いている

どんな歌声もこの胸の苦しさを癒やすことはないけれど

きっとこの女の子も私の知らない街角で

他人には言いづらい苦しみのなかを生きているのだ

溺死する危険は

あちこちに転がっている

なぜ重力に引きよせられるように人は

誰かへの執着を日常にかえてしまうのだろう

苦しい苦しいと心はつぶやいている

切り捨てられないものを手帳の隙間に忍ばせて

明るい未来に憧れて

少女のように軽やかなステップを踏んで

新潟であなたは取引先と商談

そのあと投宿したホテルの部屋で

私の知らない名前のカクテルでものんで

私の知らない名前の女に電話して愛をささやく

愛の言葉

私がそれに飢えていたもの

その一方で

ときには鬱陶しく感じていたもの

 

別れることには必ず理由があり

それは不幸な事故ではなく

新しい幸福への道標なのだと

友人から励まされたけれど

今はそんなきれいな音楽に浮かれていられる気分じゃないの

だって傷口からあふれる血はまだ止まっていないのよ

あなたの声はまだ生々しく私の鼓膜を叩いているのよ

新潟に出張で行くという電話越しの声のなかに

そのときの私は

本当は危うい波紋を嗅ぎつけていた

本当は何かが壊れようとしている気配を察していた

新しい女の長く伸びた陰翳を

疑い始めれば地獄めぐり

友人はきれいな言葉で

落胆する私をなぐさめるけれど

そんな気分にはなれないの

新しい幸せなんか欲しがってなかったの

絆の温もりを大切にしていたかったの

 

夜明けまで泣くほど

あなたを愛している女を捨てて

新潟へ出張して

別の女に甘い電話をかけて

窓硝子には雨粒の触れる音

もう勝手にしなさいよ

私はあつい紅茶をガブガブのんで

クレンジングオイルで虚飾を剥がし

あなたとの思い出につながる

すべての情報を削除する

秋雨の降る夜に

私はすべてを水に流す

水洗トイレ

あんたなんか要するにオリモノと同じよ