サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「サラダ坊主日記」開設三周年記念の辞

 過日、八月二十五日を以て、私の運営する「サラダ坊主日記」は開設三周年の節目を迎えた。

 石の上にも三年、仕事を始めたばかりの若者が上司や先輩から「先ずは三年頑張れよ」としたり顔で言われる、あの伝説的な「三年」が経過した次第である。二十九歳の夏にブログを始め、気付けば私は早くも三十二歳になった。中学生が高校生になり、高校生が大学生になる、あの青春の濃密で目映い三年間に比べれば、随分と代り映えのしない風景のように見える三年間であるが、それでも生きているだけで些細な変化は堆積し、生活の細目にも年月の経過を報せる痕跡や証左が吹き溜まりを形作る。家を買って津田沼から幕張へ転居し、愛娘を授かり、仕事の配属も柏市から千葉市へ移った。大した変化ではない、誰にでも起こり得る凡庸な変化の積み重ねに過ぎないと人は言うかも知れない。だが、私にとっては、夢中で駆け抜けた三年間であった。

 今でも然したる集客効果のない零細ブログであることには変わりないが、開設当初を顧みれば、聊かなりとも客数は上昇している。読者登録数も蛞蝓の速度で這うように増えてきた。だからと言って、私の生活に重要で決定的な転機を齎すような事件は何も起こらない。日々、淡々としたリズムで読み辛い文章を書き殴っているだけである。一つ言えるのは、漸くこうしてブログに上げる記事を認めることが人生の小さな日課として定着してきたということである。それは私以外の誰にとっても無価値な前進に過ぎない。けれども、継続を通じて生まれ、育まれる価値というものを侮ってはならない。

 昨秋から継続的に取り組んでいることとして、三島由紀夫の長篇小説を集中的に読破して感想文に纏めるという計画がある。飽きっぽい性格なので、最初は早々と挫折してしまうのではないかと危惧していたのだが、案外挫けずに続けることが出来ている。改めて読んでみると色々と面白い発見もあり、作者の芸術的な成果を順繰りに辿っていくことで初めて見えてくる認識もあり、個々の作品をバラバラに読み散らかしていては掴めない作者の芸術的特性や思想的構図も視野に映じて来る。個人的には、なかなか有益な試みだと感じている。

 現在は「鏡子の家」の感想文をだらだらと書き綴る傍らで『美しい星』(新潮文庫)を読んでいる。未だ百ページにも達していない段階だが、「鏡子の家」で鮮明に主題化されたニヒリズムの問題が、特異な条件の下に一層露わに揺曳しているように感じられる。

 最後に、何時にも況して整理の行き届かぬ文章となりましたが、読者諸賢におかれましては、今後とも「サラダ坊主日記」の末永い御愛顧を宜しく御願い申し上げます。