サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「台風一過」

劇しいスコールのような

一夜の嵐のあとで

朝方の駅へ向かう道は

晴れた空におおわれていた

あらゆるものが

洗いたてのような美しさで

輝いている

僕はその朝

駅で君に会った

久しぶりに会った

久しぶりだったので驚いた

 

雨は明け方に止んだらしい

荒ぶる風も静かに途絶えた

棺桶が沖あいへ流されていくように

ひとつの訣別は

朝焼けの海の涯へ沈められたはずだった

僕は新しい生活に慣れ始めていた

ひとつの不在に

慣れ親しんだ

それなのに僕はその朝

駅で君に会った

毎日のように使う

最寄りの駅で

よりにもよって

君に出会った

 

時間が急速に巻き戻される

かつて粉々に打ち砕かれた硝子の花瓶が

きれいに片づけられたあとの清潔な床に

一粒だけ残っていた破片のような明るさで

君は懐かしい笑顔を僕に向ける

それを罪と呼ぶことが

弱い僕にはどうしてもできない

その笑顔の懐かしさに

締めつけられる鼓動をどうにもできない

 

思い出は時間によって洗浄される

夏の麻のジャケットを

クリーニングに出していたような

この二ヶ月だったのか

君が急に僕を捨てることに決めてから

いろいろな哀しみが魂に刻まれた

君は少し強張った笑顔で

僕に話しかける

何故

いまさら僕に話しかける?

それは罪の意識からなのか?

それとも単に淋しさを埋め合わせるためなのか?

 

同じ電車に乗って

同じ方向へ揺られていく

何事もなかったような

普通の言葉と表情で

僕らは語り合う

まるで過去が蒸発したかのように

僕らは千葉県を南へ下っていく

僕は混乱している

台風一過の晴天に

嵐の劇しさを忘れた

無邪気な気象予報士のように

 

封じられていた傷口の奥から

血が流れるように愛があふれだす

ねえもう一度

僕は夢を見る権利を掴めるだろうか

雨上がりに架かる虹のような美しさで

僕を誘う懐かしい笑顔

雨上がりの景色は

すべてが明るく輝いて見えるから

きっと君の笑顔がまぶしいのも

劇しいスコールの置き土産

雨上がりの錯覚のなかで

十六歳の少年でもあるまいし

愚かな自分を嘲りながら

それでも僕は

君の笑顔を愛しく想う

もう一度深く傷つけられるのだとしても

燃え盛るストーブに柔らかな掌で触れるような愚かさで

もう一度

君の笑顔を独占したくなる

 

愛情と性欲の境目には

明確なシルシがついていないから

気づかずに踏み越えていたりする

そんな勘違いの是非を

問い質そうとする厳しさが

弱い僕にはカルシウムのように不足している

淋しさが愛の理由ならば

性欲が愛の理由ならば

金品が愛の理由ならば

黴びた思い出が愛の理由ならば

僕らはきっと不幸になるのに

手を染めずにはいられない

人間関係中毒

知らぬ間に

妄想や幻聴さえ日常茶飯事なのだ

 

西船橋で僕は降りた

君の笑顔を振りかえらずに