サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「桜貝」

海辺に

夢のかけらが

落ちていた

記憶の哀しいピースのように

私たちの暮らしの

すみずみに転がっている

煮え切らない想いのように

春が来ても

この海の冷え切った水面は融けない

そのとき彼女はつぶやいた

私の愛した人は

冬が過ぎてもまだ帰らない

 

あれから二年と六ヶ月が経ちましたが

海辺にあの人からの便りが流れ着くことはありませんでした

彼女はつぶやいて

細い指先で

涙をぬぐった

その涙は空色で

曇った街角には

静かな秋の気配が漂っている

喜ぶことも悲しむことも忘れたように

ゼンマイの壊れた時計が道端へ落ちている

 

桜貝を拾って

形見の代わりにします

帰らない人を待つ家に

金木犀の香りが届きます

桜貝がこの季節に

海辺に落ちているのか知らないけれど

昔あの人は

砂浜でよく貝殻を拾った

子供が夢を見るような横顔で

拾った貝殻に一つ一つ

想い出に似た名前をつけた

 

津波にさらわれたあの人の

仏壇に添える花が浮かばない

四十九日という言葉が

彼女の脳裡をかすめた

母親が静かに言う

あなたはまだ若いんだから

これからのことを少しは考えた方がいいわ

彼女は黙っている

からだのなかに

息衝いている

あの人の残響を探しているのだ

 

桜貝が浜辺に落ちているのを見かけたら

彼女に電話をしてあげましょう

遠くの海へ去っていった

大切な人のために

生きることを忘れた哀しい女の

眠れない夜を少しでも減らすために