サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「家族会議」

木枯らしの吹くころ
静まり返った夕食のあとのテーブル
父は険しい顔で新聞を読んでいた
皺の寄った社会面
珈琲が黒々と染みた政治面
あたしは いつものように
頼りない眼差しで
父が決して興味を示さないテレビ欄を眺めている
洗い物の ていねいな水音
不機嫌な年代物の 置時計の針の音
この見飽きた居間の退屈な温もりのなかに
何年も何年も飼われて
鰓をとりあげられた熱帯魚のように
あたしは今にも溺れそうな気分で暮らしてきた
単調な毎日 決まりきった生活の設計図
けれど それも間もなく終わりを迎えようとしている
父は黙り込んで何も言わずに新聞を読み続けている
この乾涸びたような退屈な居間の食卓に 肘をついて
遺された僅かな時間を大切にしようともしない

恋人がやってきた
階段を昇る
ためらいがちな靴音で直ぐに分かる
彼はおびただしい数の「緊張」を携えているだろう
クリーニングから戻ってきたばかりの
シャープな輪郭の ダークグレーのスーツに
清潔なチーフでも さしているだろうか
旱魃の大地のように渇ききった喉を
ソーダでしめらせて
お嬢さんをください
そんな古典的なせりふでも
ただ口ごもるよりは きっとマシだろう
父は眉根を寄せて黙りこんでいる
あの靴音が聞こえないのだろうか
もうすぐ決定的な時刻を迎えるというのに すこしも
あたしの顔を 見ようともしないで

会話はぎこちなく途切れがち
あたしは指折り数えて
時の流れを待つ
父は険しい顔で話を聞いている
洗い物を終えた母の
物言いたげな横顔を ちらりと盗み見て
あたしはずっと考えている
この世界に終わりが来ても なお
共に過ごしたいと願えるほどの 祈りは響いているだろうかと

恋人が帰ったあと
見送りを終えた あたしの顔を見ようともせずに
父は新聞を読みながら 碁石のような声で言った
わるいやつじゃないんだろう すきにしたらいい
それって すごく感じの悪い返事じゃない
攻撃的な眼差しに 父は薄く笑った
おまえの男も いずれこうなるさ
それでもいいなら 選べばいいさ