サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「轍をたどる」

誰かの書き遺した
白い一枚の紙片を
たまたま拾ったので
見知らぬ交番へ向かった
歩き出したけれども
道程は果てしなく遠く
何処にも出口が見当たらず
私は途中から不安を覚えて
明確な地図を欲した
むろん
そんな便利なものは何処にもない
途方に暮れて夕闇
地面に刻まれた轍のあとも
そろそろ掠れて見えなくなりそうな時刻

不安と絶望
そういう手軽なラベルでは
括れないものなのだ
私たちの生きることの根底の
その更に最果てに潜む何か
辿り着けない町の灯を遠くに眺め
仕方なくポケットから取り出した莨を吹かし
夕闇と夜陰の狭間に佇んで
私は頭を悩ませた
いったい何処へ向かえばよいのだろう?

心変わりのあとで
もう直ぐ閉店時刻の
茶店のテラスで
私たちは未来について話し合う代わりに
過去の清算を試みた
取り戻し難い時間の堆積に倦んで
二人の議論はいつまでも平行線をたどった
二つの轍はどこまでも交わらず 重ならず
やがて静かに耳慣れた音楽が奏でられ
誰かがきびきびと
モップで床を拭きはじめた
心変わりの理由を一つずつ
検察官のように調べ上げて
互いに納得がいくまでは
どちらも席を立てなかった
冷め切った珈琲の
交換を願い出るにはもう遅すぎた
夜の帷は店の屋根に
蝙蝠のように覆いかぶさっていた
私たちは何処にも行くあてがなかった
取り残された時間の稠密な重さに
たじろいで
呼吸の維持さえ危うかった

私たちの関係性の静謐な終わり
闇のなかで
誰かが劇しく踊っている
その気配が肌を舐める
静かにしてくれないか
誰か音楽を止めてくれないか
このままじゃ
溜息すら聞こえなくなる
轍の消えた
道の真ん中で
何を頼りに進めばいいんだ
もう呼吸さえ続かないというのに
この轍が
宵闇に溶けて消えてしまうのも
すでに時間の問題だというのに