サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「サラダ坊主日記」新年の御挨拶(2021年)

 謹賀新年。皆様如何御過ごしでしょうか。サラダ坊主で御座います。本年も何卒宜しく御願い申し上げます。

 旧年中の記憶は絶えざる新型コロナウイルスの猛威と共にあり、誰もが生活の変質と苦闘を強いられ、総理大臣が緊急事態宣言の発令に就いて否定的な見解を表明した翌日の大晦日に、首都圏を中心に過去最高の感染者数を記録するという劇的な幕切れを迎えた一年でありました。海外ではワクチンの実用化が始まり、本邦においても二月頃から医療関係者を皮切りにワクチンの接種が開始されるという報道もあり、微かな希望の燈火が瞬き始めたようにも思われる一方で、イギリスやナイジェリアで変異した株が発見され、既に世界的な蔓延を実現しつつあり、ワクチンの効能の不透明性は高まっています。その意味では、世界は疑いもなくcorona virus diseaseに深刻な敗北を喫した一年でした。
 現在の私が所属する職場は東京駅構内の店舗であり、COVID-19の感染が始まる以前は、厖大な数の乗客を抱える立地ゆえに全国の頂点に立つ売上高を誇る、社内では最も繁忙な場所でした。しかし、リモートワークの拡大や外出自粛に伴う観光客の激減で、東京駅の風景は一変しました。その意味で、私にとってもコロナウイルスは憎たらしい宿敵であり、本来であれば得られた筈の栄光と成長を蹂躙した忌まわしい害悪でした。しかし、ウイルスに不満を述べても仕方ないでしょう。私よりも悲惨な境遇に追い詰められている人々は大勢いる筈です。ですから、私の立場でこれ以上の泣き言を申し上げるのは恥ずべきことでしょう。

 年頭に際して、何かしら抱負を述べるのは世上の古典的習慣であり、私もその伝統に倣って来る新年の目標を記録しておきたいと思います。それは世間に対する宣言ではなく、固より移ろい易い人間の記憶と感情の生理を踏まえて、自分自身の為に明確な里程標を設置しておく為です。
 私は最近英語の勉強を始めました。別に業務上の必要に駆られた訳ではありません(少なくとも私の勤め先は極めてdomesticな企業です)。私は直近の二年間、海外の古典の翻訳に触れる機会を意図的に増やしてきました。当然、総て邦訳を通じて取り組む訳ですが、異国の言語に微塵も通暁しない立場でありながら、一部の邦訳に対して、これは本当に適正な訳文なのだろうかと疑念を懐くことが時折ありました。そもそも、どんなに達意の訳文を望んだとしても、英語と日本語、ラテン語と日本語、古代ギリシア語と日本語との間には、理想的な対応関係というものは存在していません。総ての語彙や文法が相互に完璧なcorrespondenceを示し得るという期待は、幻想的な希望の所産です。その意味では、邦訳を通じて例えばプラトンの対話篇を読むということは、プラトンの思想を多かれ少なかれjapanizeするということに他ならず、また翻訳者の主観を経由するということに他ならないと言えます。
 無論、プラトンを英訳で読んだとしても、同様の問題は共通して発生します。但し、英語によるプラトンの読解の歴史は恐らく、日本語によるプラトンの読解の歴史よりも遥かに長く、分厚く、深いものでしょう。英語至上主義を標榜する積りはさらさらありませんが、少なくともLingua francaとしての英語に習熟すれば、英語で綴られたあらゆる書物に直接アクセスすることが出来るようになります。翻訳の品質や、そもそも翻訳が存在しないという問題に悩まされることも少なくなるでしょう(翻訳の品質の問題は、私の英語力が翻訳者のそれを上回らない限りは解決しませんが)。
 日本語の世界だけで完結することは、少なくとも外国の著述を読解する上では不可能です。Googleが総てを翻訳してくれるようになれば、個人の語学力など不要になるでしょうか? 同じことです。そうなれば我々はGoogleの助力と支配なしには、世界の外部に出られないのです。つまり、それは本質的な解決にはならないのです。
 能書きばかり垂れていても詮ないことですから、先ずは地道に自分の掲げた目標に向かって小さな努力を日々蓄積していく所存です。偶々ネットで、英語一辺倒の勉強は真のglobalizationではなく、多様性の圧殺に過ぎない、従って英語の勉強は無益だという乱暴な意見に接したこともありますが、そういう人間が、英語以外にも複数の外国語を学んで真の国際化に対応しようと努力しているとは思えません。多様性の尊重を理由に、異国の言葉に対する知的関心を放棄するのは単なる鎖国であり、端的に言って堕落に過ぎないでしょう。或いはxenophobiaの典型的な症例かも知れません。
 以上で年頭の御挨拶とさせていただきます。本年も何卒「サラダ坊主日記」を宜しく御願い申し上げます。