サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「他人の財産」

触れてしまえば

罪になる

その危うい境界線を見定める

あなたが不意に

翳らせた横顔

その憂いに

指で触れてしまいそう

 

あなたが帰る部屋は

寒空の下で

あたたかく燃えている

月明かりは電柱を照らし

走り去るタクシーのヘッドライトが

束の間

真実を暴くように

流れていく

 

愛してはいけないものを

なぜ

わたしの前に差し出すのですか

神様

 

冬は日ごとに深まり

わたしのコートは

冷たい風になぶられる

隣を歩くあなたは

笑顔を見せたり

真顔になったり

その波に

揺さぶられているのは

わたしの心だけでしょうか

あなたの心は

揺れないのですか

 

手を伸ばせば

触れられる距離で

あなたは笑い

わたしも笑う

黄昏は胸を締めつけるようだ

沈む夕陽が

駅の向こうに消えるまで

束の間

あなたはわたしのものみたいに見える

 

愛することは苦しむことに似ている

愛することは苦しむことに似ていると

なぜ

誰も教えてくれなかったのでしょう

わたしたちは

隣同士で歩いていても

隔てられている

それは見えない掟です

手を伸ばせば

確かに触れられるとわかっている距離で

わたしたちは隔てられている

呼吸すら

滑らかには

行なえないほどに

 

そっと肩をたたく

冗談を言い合って

あなたは自然に笑って

わたしは作り笑いを

丁寧にこしらえる

あなたが素顔を見せるとき

思わずわたしも

素顔で接してしまいそうになる

葛藤は無限に蛇行する

あの橋を渡れば

道は二手にわかれる

あなたの属する世界と

わたしの属する世界との

冷たい分水嶺

 

タイミングが

合わなかったせいで

あらゆることが行き詰まる

夢を見ているように

あなたの眼を

気づけば見つめてしまう

愛情という

きれいなラベルで

整理されない

この屈折した感情を

世界は素知らぬ顔で握りつぶす

夜明けをめざして

歯車は回りつづける

 

神様

なぜ

想いは常に遮られるのですか

なぜ

叶えられない

愛があるのですか

なぜ

慈しむことが

却って心を遠ざけるのですか

なぜ

愛しているのに

傷つけるのですか

なぜ

誰も正解を知らないのですか

 

あなたの背中が

改札に消えていく

人波に

隠れた

小さな背中に

いつまでも残りつづける

わたしの眼差しの意味を

なぜ

あなたに告げることが許されないのですか

 

そして

夜が明けるころ

朝の光が地上に満ちて

わたしの部屋を明るく目覚めさせる

夜露にぬれた

硝子戸のように

わたしの心は湿っている

世界はそれを笑っているのか

世界はそれを罪と呼ぶのか