サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧

寺田寅彦の「父性」

最近、断続的に「寺田寅彦セレクション1」(講談社文芸文庫)を読んでいる。著名な物理学者であると同時に、夏目漱石に師事した名文家としても知られる寺田寅彦の文章には、現代の平均的な日本人には綴り得ないであろうと思われる、独特の芳香と滋味が沈潜…

詩作 「高速道路」

宙に浮いた オレンジの灯りが 連なる夜の風景 すばらしい速度で 無理にさらってしまうみたいに タイヤが軋む あなたの寝顔が 鋭いオレンジの 光の刃に 傷つけられる それでも昏々と 眠りつづける 胎児のような 表情はゆるがない 江戸橋 汐留 浜崎橋 一ノ橋 …

「出来ない理由を探すな」というイデオロギー

仕事をしていると、色々な意見に遭遇する。銘々の個性を備えた人間同士が、様々な見地から自分の持論を述べ合うのだから、それらの多彩な見解が相互に矛盾したり、或いは適当な次元で折れ合い、馴れ合ったりするのも、日常茶飯事になるのは避け難い。だから…

「知らない=つまらない」は、つまらない

私は読みたくなる本が新たに見つかると直ぐに、今手許に置いてページを捲っている書物を投げ出してまで、そちらへ乗り換えたくなる衝動に強く抗えない質である。移り気というか、浮気性というか、余程熱中して読み進めているものでもない限り、そうした衝動…

未来を切り拓く「追憶」

何かを思い出すという営為は、一歩踏み誤ると、直ちに怠惰な感傷へと姿を変えてしまう。誰しも郷愁の甘美な感覚には、冷淡ではいられないに違いないが、それが過ぎ去った世界の哀惜に留まるどころか、寧ろ二度と復権することのない失われた記憶への異様な愛…

商売の根本は「売れないこと」である

私は二十歳の時からずっと小売業の現場で食品を取り扱って飯を食ってきた。けれど、そうやって商売で給与を稼いで家族を養ったり家を買ったり、その他様々の雑多な支出に金を費やしたり出来るのは、つまり曲がりなりにも私が商売人としての渡世を営んでいら…

N君の想い出

何とはなしに、漠然と思い出したことがあるので書き留めておく。 生後七箇月になる娘は、日々元気に動き回り、口の中には小さな乳歯の萌芽のようなものも見え始め、刻々と成長しつつあるということが実感として明瞭に迫ってくる。小さな躰、大人から見れば本…

柔軟で可塑的な「時間」の感覚

夕暮れ時、といっても既に夜陰に包まれた時刻であったが、京成幕張の駅前の床屋へ立ち寄って髪を切ってもらった。 私は生まれてこの方、美容院というものに世話になった経験がなく、床屋のことしか分からないのだが、手許に神経を集中せねばならない職業であ…

怪しい不動産屋

今年の春に、私は千葉銀行の船橋支店で最終決済を終え、完成したばかりの新居へ引っ越した。物件を探し出したのは去年の夏頃で、妊娠した妻が、今後の育児環境などを踏まえ、両親と姉夫婦が暮らし、幼い頃からの友人も多数暮らしている幕張に家を買うことを…

それを「愛」と呼ぶことは難しい 坂口安吾「白痴」

先日、坂口安吾の「白痴」を読み終えた。 古い小説で、太平洋戦争の記憶が明瞭に刻み込まれた小説であると同時に、表題も含めて、現代に書かれたとしたら、色々な方面から批判を浴びそうな仕上がりである。白痴の女性を「豚」と表現する辺り、当時は許容され…

「背広組」と「制服組」

学生時代の友人に、自衛官になりたいと考えている男がいた。同じ大学に通いながら、彼は勉強し直して防衛大学校を受験したいと夢を語っていた。結局、その友人は自衛官の途には進まず、卒業と同時に地元の福島へ帰って新聞社へ勤めるようになった。昨年辺り…

迷いが生じると、途端にグダグダになる男の弁論

生きていると、自分自身との付き合いも段々と長くなっていく訳で、しかも色々と新しい経験を積んだり、今まで味わったことのない場面に遭遇したりすることを繰り返すうちに、それまで知らなかった自分の側面というものを発見する機会も増えていく。そうやっ…

人間の尊厳と、労働の内実と

私は十年前に今の会社へ入り、特に適性があるとも思えないまま、それでも続けるうちに技倆も上がり、経験も積み上がり、信頼も少しずつ得られるようになって、未だに居座り続けている。先月の頭から本格的に転職活動を始め、最終的には頓挫してしまったが、…

「叱責」という点滴

私は東日本大震災の起きる直前の2011年晩冬から三年余り、市川市の店舗で店長を勤めていた。現在の妻は、その店舗で働いていたアルバイトスタッフであった。 先日、当時一緒に働いていたパートの主婦三名を、私の妻が家に招いた。私も休みだったので、同…

詩作 「蛍火」

静かにしてください すぐに逃げてしまうから 水路のなかから聞こえる 清らかな音のつらなり 宵の口の 物哀しい調べ あなたのサンダルが立てる音 わたしの団扇が風を裂く音 晩夏の 取り残されたような みじかい休暇 若いあなたは 傷を知らない 流れる血の 重…

「プラトニズム」と「サディズム」をめぐって 坂口安吾「南風譜」

最近、岩波文庫の一冊として刊行されている坂口安吾の「桜の森の満開の下・白痴 他十二篇」を途切れ途切れに読み進めている。頭から順番に読み始めて、今は坂口安吾の代表作の一つである「白痴」の半ばに差し掛かっている。 中学生の頃に、角川文庫から出て…

退屈な人生の、退屈な燦めき

久々に朝から晩まで働いて、随分と疲れを覚えた。これでも小売の現場に立つようになって十年を越え、今更「通し」の立ち仕事に心身を参らせる虞はない。だが、昔のように、つまり二十代前半の頃のように、無我夢中で働き抜くことの尊さのようなものには、余…

毎日、少しずつ書くという習慣

今、半月ほど連続でブログの更新を維持している。 毎日更新を連続したからといって、何らかの具体的な御利益が得られる訳でもない。別に意気込んで連続更新を遣り抜こうと思い立って着手した訳ではない。先月来、転職に関する悩みが日々、頭の中で重油のよう…

誠実と勤勉 村上春樹「職業としての小説家」

先日、村上春樹の「職業としての小説家」(新潮文庫)という自伝的なエッセイの本を読み終えた。近所の書店でも文庫の新刊コーナーに山積みになっているくらいだから、世間的にも話題になっているだろう(ノーベル文学賞の発表の季節でもあることだし。生憎…

個人的であること、主観的であること

個人的であることと、主観的であることは、一見すると似通った言葉=観念に思われて、容易く混同されがちな傾向があるけれども、両者の意味合いは本質的に異なっているのではないかと思う。 主観的であるということは、物事を客観的に捉えられないという意味…

「わたし」を隔てる境界線 細田守「おおかみこどもの雨と雪」

今日、久し振りに細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」という長篇アニメーションを途中まで見返した。封切りの時に劇場で鑑賞して以来なので、概ね四年振りだろうか。相変わらず、感想は変わらない。紛れもない傑作で、非常に美しいアニメーション作品だ…

赤ん坊は、基本的に「前向き」である

私には生後半年余りになる娘がいる。頗る可愛い女の子である。 saladboze.hatenablog.com 未だ「赤ん坊」の部類に属すると言って差し支えない彼女を見ていると、色々なことを考えさせられる。今日、仕事の帰り道に、彼女の顔を思い浮かべながら考えたのは「…

詩作 「永遠とよばれた午後」

永遠に続く 夏の日盛りの石段 蝉しぐれは なまぬるい風とともに ゆっくりと道の上を渡っていく あなたの暮らす家は 夏の町並に うずもれている 麦わら帽に 虹色のリボンを結わえた少女が 坂道を自転車で下っていく 開け放たれた縁側から この夏の猛暑を嘆く …

「生きよ、堕ちよ」と彼は言った

読んだ方が直ぐに気付かれるかどうか分からないが、この「霊園」という作品は、東日本大震災の惨禍から着想を得て綴ったものである。執筆は、震災の年の十月頃で、私は直接的に罹災した訳ではないが、当然のことながら震災発生当時の騒然たる世情は未だに生…

詩作 「霊園」

怖がりは なおらない 昔から夜の闇に たやすく怯えた横顔 あなたは蝋燭の焔の 揺めきを見つめる 死んだ人たちはもう帰らない わかっていると あなたは言う 月明かりが 墓標を静かに照らす 失ったものは もう二度と わたしたちの世界には戻らない 一瞬の愛し…

「借景」と詩想(言葉の加減乗除)

所謂「短詩型文学」と称される作品の様式、つまり短歌や俳句など、厳しい字数制限を課せられた詩歌の様式は、その構造として「借景」の効用を活かすことが原則である。「借景」という言葉は主に「作庭」の世界で流通する概念であると認識しているが、詩作の…

歌い手のマテリアル

このブログに投稿されている自作の拙い詩篇は、2011年10月13日以降に書いたものである。東日本大震災が発生した、良くも悪くも長く記憶に留められるであろうこの年は、私の身辺に様々な変動が起こった一年でもあった。 幾度もこのブログで断片的に述…

詩作 「除籍謄本」

去りぎわに 振り返る この世界には 知らぬ間に 手遅れになってしまうものが多すぎる 消印のついた古い葉書 あなたの名が書類から除かれる つないだ手が ほどかれるように 悲しみは 冷めていく この夕暮れ時 気がつけば あの頃の苦しみは 古井戸のように涸れ…

詩作 「居心地」

そりゃあ重要ですよ 居心地は 家具屋の店員みたいに 男は言った 去っていった女の 猫背のシルエットが 眼裏で笑いさざめく 居心地が悪くて 家を出た女の 行方を尋ねる気力は もうどこにも残っていない 居心地を良くするための努力を あなたは怠っていたんで…

詩作 「さよなら、渚」

潮風が遠くから 帆を立てて近づいてくる 砂浜に白く煙る複数形の記憶、男女 波打ち際の静かな日かげで 手を振りました けんめいに もう最後だし 夏は 急速に終わりを迎える 陽炎がアスファルトに揺れて 買ったばかりのアイスキャンディが 汗ばんで溶けて 水…