サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

精神・心理・観念

対話篇「実務と教養」

甲:世の中には「実務的な知識」とそうでない知識が存在するという議論に関して、君はどういう見解を持っているかね? 乙:所謂「実学志向」の話かね? 仕事の役に立たない知識を大学で教えることに関して、主に経済界から批判的な視線が突き刺さっていると…

対話篇「具象と抽象」

甲:先日、君と「抽象」と「具象」に就いて議論したのを覚えているかい? 乙:覚えているよ。今年最初のアイスコーヒーを飲んだ日だ。印象深いね。 甲:あの話題に就いて、あれから徒然に考え込んでいたんだよ。なかなか重要な問題じゃないかと思ってね。君…

対話篇「関係化の技法」

甲:今回は、先達て君と議論したときに我々の間で合意に至った問題に就いて、もう少し敷衍して考えることは出来ないかと思っているんだ。 乙:具体的には、どういう話だい? あの「知識」と「実践」とを巡る煩瑣な議論の続きをやりたいという意味かね? 君も…

対話篇「知識と実践」

甲:君は先日、私が書いた文章に就いて何か反論があるらしいね。私はその文章の中で、知性の役割を「知識」と「実践」とを結び付けるものだと説いた。そして「実践」が如何に重要であるかということを強調しようと努めた。それが君の癇に障ったのかね? 乙:…

意志の力

人間に備わった広義の「ホメオスタシス」(homeostasis)の機能は、驚くべき力を備えていて、如何なる環境にも自身の存在を適応させる強靭な威力を秘めています。 我々は半ば自動的に、眼前のあらゆる環境に適応してしまいます。適応しなければ、自己の存在を…

「挑戦」に就いて

最近、仕事や私生活を通じて重要な主題として考えているのは「挑戦」という概念です。 「挑戦」という言葉は文字通り「戦いを挑む」という意味を含んでおり、その内部には、眼前の現実に甘んじて充足したり適応したりすることへの「抵抗」という語義が潜在し…

プラトニズムの特性に就いて

最近ずっと、古代ギリシアの哲学者プラトンの著作を少しずつ繙読する日々を過ごしています。仕事や雑事の合間に切れ切れに読むので、その進捗は余り順調ではありませんが、読書の過程で徐々に滲み出てきた個人的な思考の切れ端を、ここに書き記しておきたい…

「人間」のアレテーに就いて

私は外国語の知識や技能を一切持ち合わせていません。極めて初歩的な英文を漠然と読解し得るくらいの知識しかありません。つまり、ほぼ皆無だということです。 現代における平均的な日本人にとっては最も馴染み深い外国語である英語に関してさえ、そのような…

「人間的成長」の原理に関する考察

「成長」という言葉は日常の会話において広範に用いられ、誰もが馴染み深い単語として受け止めているように思われます。そして「成長」という言葉は概ね、肯定的な意義を含んだ善性の概念を指し示すものであると看做されています。 「成長」という概念の最も…

恋愛の非対称性と「庇護」の欲望

一般に男女の関係は対等なものであるのが理想的な状態であると考えられ、両者の結合の最も象徴的な形態である「婚姻」においても、両者の対等な合意は、その成立の不可避の要件として日本国憲法に規定されています。 事実、婚姻関係においては、両者の対等な…

普遍的な善性に就いて

「善」という概念は、倫理的な問題の範疇に属します。そして「倫理」という概念は本質的に「他者」の存在との関わりを巡る思考の過程で育まれるものです。他者の存在しない世界では、倫理という概念が重要な主題として人間の意識を占有することはないでしょ…

「善の複数性」に関するノート

「善」という概念が「快」と混同されるのは、享楽主義の徴候です。けれども、あらゆる動物的存在が「快苦」の感覚的原理に支配され、導かれるようにして、己の生存を維持し、様々な行動に結び付けられていることも事実です。享楽主義への批判は、快楽に対す…

「享楽主義」に関する概念の整理

人間は誰しも「快楽」を求めます。無論、この「快楽」という言葉には極めて多義的な射程が備わっており、例えば「白いご飯が美味しい」という素朴な感覚的快楽から「憧れの美女を抱くことが出来た」とか「勤め先の権力闘争に打ち勝って絶頂に昇り詰めた」と…

強さを褒められることよりも、弱さを赦されることを

①「脆弱性」(vulnerability)の問題 人間は誰でも多かれ少なかれ孤独に弱く、他者からの愛情や承認に飢え、孤立よりも連帯を愛することの多い生き物である。孤独は、それだけで人間の精神や肉体から、社会性という言葉で指し示されるような類の双方向的な開…

ニヒリズムと青春の終わり

世の中には「アイデンティティ・クライシス」(identity crisis)という言葉がある。主には思春期から青年期に至る期間に、つまり子供から大人へと変容していく過程において生じる心理的な不安定化や危機のことを指す概念であるらしい。似たような用語として「…

無害で安全な幸福

無害で安全な幸福という言い方には明らかに批判的な意識が反響して聞こえるだろう。私自身、無害で安全な幸福に憧れを持たない訳ではないし、傍目には、今の私の生活自体が、無害で安全な幸福の典型のように映じるかも知れない。 けれども、無害で安全な幸福…

幻想を破壊すること

人間は自分の知らないことや体験していない事柄に就いても、何らかの理解や判断を持ちたがる生き物である。知らないことは知らないと明瞭に言い切ってしまえば済むのだが、知らないことに就いても彼是と考えを巡らせてしまうのが人間に備わった知性の内在的…

丁寧に生きるということ

この世界を生き抜いていく上で必要な心掛けというものは幾らでもあり、計え方次第でそれは無数に膨れ上がるだろう。世界には先賢の叡智に満ちた金言から、見知らぬ酔漢の喚き散らす戯言に至るまで、星屑よりも多くの貴重な教訓が氾濫している。それらの教訓…

苦しみのないところには、歓びもまた存在しない。

人間の認識は「差異」というものの把握を前提に組み立てられている。「比較衡量」という言葉があるように、私たちは「差異」によって隔てられ、区分された対象を並べて比べてみることで、様々な観念の壮麗な伽藍を脳裡に建設する。換言すれば、私たちの有す…

「生活」に就いて

「生活」という言葉は、私たちの暮らしの中に、当たり前のように溶け込んでいる。誰もが「生活」という言葉の厳密な定義を改めて検討する必要にも迫られぬまま、遽しい世渡りに齷齪している。例えば「就活」(就職に向けた活動)やら「婚活」(結婚に向けた…

欲望と道徳

一般論として、欲望と道徳との間には、相剋或いは乖離が存在していて、私たちの悩み多き動物的な心は、その隙間に片脚を奪われて動けずに悶えているものだ。道徳は共同体が円滑に回っていくように定められた規範であり約束事なのだが、何時の時代にも、誰の…

複数形の「私」の共存共栄

昨日の自分と今日の自分は別人である。今日の自分と明日の自分もまた別人である。私たちはそれらを首尾一貫した同一の存在として認識している。そのように考えなければ、私たちの世界観は成り立たない。 或いは、私たちは自分を或る明確な一個の存在であると…

「決断」に就いて 2

丁度一年前に「『決断』に就いて」という表題の記事を書いていた。はてなブログから、定期的に送られてくる振り返りのメールを開いて、偶然に知ったのである。それに触発されて再び「決断」という観念、或いは行為を巡って、文章を認めたいと思った。 人間は…

相手から依存されることに喜びを見出すのは、自分が相手に依存していることの証拠である。

依存するというのは、弱者が強者に縋りつくような関係性のことを指していると思われがちだが、少なくとも依存的な関係が長期化する場合には、依存される側にも何らかの利益が発生していると看做すのが自然な推論である。依存される側に立っている強者が、相…

人間は誰も首尾一貫した理窟を生きていない。

また思い浮かんだ漫然とした雑感の欠片のようなものを、静かに追い掛けて確かめていくような文章になるだろう。生きていれば、それが単調な日々であろうと激動の騒乱に満ちていようと、何かしら考えたり思い余ったりすることは自動的に浮かんでくるものであ…

「迎合」に就いて

直ぐに他人の意見に賛同したり、他人の思惑に阿ったりする人間は少なくない。だが、一方で人間には堅牢で頑迷な「自我」というものが備わっていて、それが他人の意見や思惑に対する反抗的な姿勢を育む根拠となる。 誰でもこの二つの側面は交互に顕現するもの…

己の善性を誇張する勿れ

自分では如何に厳しく冷静に現実を見凝めている積りであっても、人間の主観には必ず生得的な偏倚と後天的な歪曲の二つが絡み付いているものである。純然たるリアリズムというのは理論的に想定された不可能な観念に過ぎず、実際の生身の人間は決して「純然た…

幸福に堪えられない人間

人は誰しも幸福であることを願うものだが、幸福には厄介な側面が備わっている。それは「何事も起こらない平穏に順応する」という論理的構造を含んでいるが、その幸福な平穏は必ずしも人を満足させない。退屈は人を殺しかねない。古伝に「小人閑居して不善を…

「共同性」への普遍的な欲望

人間は誰しも、自分と他者とを隔てている根源的な境界を打破し、超越したいという欲望に精神を搦め捕られている。この普遍的な欲望を簡潔に「共同性への欲望」と名付けてみたい。自分という孤立した個体の枠組みから離れて、絶対的な境界線を踏み越えたいと…

ストイシズムの閉鎖的な快楽

人間は絶えず、あらゆる種類の欲望に取り巻かれて、危うく不安定に揺らぎながら生きている。欲望は人間の主体的な理性に先立って、人間の深層から殆ど如何なる脈絡も持たずに迫り上がってくる、自律的な衝動である。その欲望が発する要求の総てに唯々諾々と…