サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

読書ノート

「中央集権」を拒絶する風土 佐藤進一「日本の中世国家」 2

佐藤進一の『日本の中世国家』(岩波文庫)に就いて書く。 治承・寿永の苛烈な内乱を経て東国に誕生した鎌倉幕府は、王朝期における官職の「家職化」という傾向の新たな展開、その画期的な帰結であると言えるだろう。天皇を頂点とする日本の国政の体系は、少…

「中央集権」を拒絶する風土 佐藤進一「日本の中世国家」 1

佐藤進一の『日本の中世国家』(岩波文庫)を読了したので、感想文を認める。 一応、通読は済んだとはいえ、律令制国家から室町幕府へ至る国家権力の構造の変遷を取り扱った本書は、私の如き歴史の初学者を念頭に置いて執筆されたものではなく、日本史に関す…

「権威/権力」の例外的統合 森茂暁「南朝全史」

俄かに歴史の勉強を思い立って、無きに等しい知識の培養と底上げを図り、日本史に関する解説書の類を渉猟している。いきなり古典や史書に挑むのは命知らずの蛮勇なので、成る可く分かり易いもの、素人でも辛うじて読みこなせるものを探している。 学生の頃、…

Digital Anxiety 安部公房「第四間氷期」

安部公房の長篇小説『第四間氷期』(新潮文庫)を読了したので、感想文を認める。 荒唐無稽の奇怪な設定を案出し、それによって我々の属する社会の日常的現実を宙吊りにしてしまう実験的精神は、安部公房の作風を成す顕著な特徴の一つである。無論、作家なら…

Fateful Damage 安部公房「けものたちは故郷をめざす」

安部公房の『けものたちは故郷をめざす』(新潮文庫)を読了したので、感想文を認める(註:当ページ下段に貼付したAmazonのリンク先は、今年刊行されたばかりの岩波文庫版)。 安部公房の初期の短篇小説に顕著に示されている非現実的で寓話的な作風は、この…

Sadistic Humor 安部公房「R62号の発明・鉛の卵」

安部公房の短篇集『R62号の発明・鉛の卵』(新潮文庫)を読了したので感想文を認める。 この短篇集には『壁』や『水中都市・デンドロカカリヤ』と同様に、安部公房の文業に特徴的な主題や要素が多彩な変奏を伴って象嵌されている。人間を動植物や機械と同列…

Politics and Cybernetics 安部公房「飢餓同盟」

安部公房の長篇小説『飢餓同盟』(新潮文庫)を読了したので感想文を認める。 この作品が「権力」や「革命」といった政治的な主題を取り扱ったものであることは鮮明な事実である。また、この作品を構成する説話論的な構造の中核に「人間レーダー」というサイ…

The Complex of Sadism,Aestheticism,Nihilism,Mysticism 三島由紀夫「鍵のかかる部屋」

三島由紀夫の短篇集『鍵のかかる部屋』(新潮文庫)に就いて、総括的な文章を書いておく。今までは個別の作品を一つずつ取り上げて論じていたのだが、余りに手間が掛かるし、短篇というものは或る程度、包括的な地平から眺めた方が、個々の作品の備えている…

権力・変形・寓話 安部公房「水中都市・デンドロカカリヤ」

安部公房の短篇集『水中都市・デンドロカカリヤ』(新潮文庫)を読んだので、感想文を認める。 同じ新潮文庫に収められている連作短篇集『壁』と同様に、この短篇集にも安部公房の生得的な主題やイメージが繰り返し変奏される形で集まっているように思われる…

変形・被害・同一性の剥奪 安部公房「壁」

安部公房の『壁』(新潮文庫)を読んだので、感想文を書く。 最近は半年以上放置して埃を被っていた自作の小説の続きを書くことに労力を費やしていて、読書ノートを書く時間が確保出来なかった。加之、創造することに夢中になると、分析することには余り食指…

冷笑・虚無・神秘主義 三島由紀夫「死の島」

三島由紀夫の短篇小説「死の島」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 この作品は「火山の休暇」及び「旅の墓碑銘」と共通する主役・菊田次郎の登場する物語である。菊田次郎は作者である三島由紀夫の分身と思しき芸術家であり、彼の経験と独白を借…

愛の破獄と、その蹉跌 三島由紀夫「果実」

三島由紀夫の短篇小説「果実」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 同性愛の女性カップルの悲惨な末期を描いた「果実」は、その全篇が不穏な臭気に覆われている。初期の作品とは異なる稠密で無駄のない硬質な文体は、三島の作家的成熟を濃密に実感…

権威・支配・悪徳 三島由紀夫「怪物」

三島由紀夫の短篇小説「怪物」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 我々は日常に「善悪」という珍しくもない定規を振り回しながら、互いの長さや形状が異なるがゆえに衝突や係争を繰り返し、様々な事柄に「善」や「悪」のラベルを貼付して、それぞ…

虚無と栄達 三島由紀夫「訃音」

三島由紀夫の短篇小説「訃音」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 有能で人心掌握の技術にも長けながら、その人格の根底において酷薄で、権力に対する妄執に身を焼かれている若い財務官僚の内面の変遷を描いた「訃音」は、アプレゲールの青年たち…

「日常」という監獄 三島由紀夫「慈善」 2

三島由紀夫の短篇小説「慈善」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 よしこのような粗暴な決心が、朝子への思いがけない感情の傾斜度に、あとからつけた照れ隠しの理窟であったにせよ、彼はこうして行為を簡単明瞭にジャスティファイしてくれるよう…

「日常」という監獄 三島由紀夫「慈善」 1

三島由紀夫の短篇小説「慈善」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 ……かくてまた、三度三度の食事がはじまるのだった。露西亜の或る詩人が書いているように、「僕の前に無限につづく食事の連鎖を見るのは」たまらない。しかし戦争からかえってみる…

綺語の伽藍 三島由紀夫「祈りの日記」

三島由紀夫の短篇小説「祈りの日記」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。 平仮名を潤沢に含んだ女性の一人称による語りは、同じく三島の最初期の作品である「みのもの月」にも共通する特徴的な様式である。フランスの心理小説の伝統と共に、三島の…

若き心理学者の肖像 三島由紀夫「彩絵硝子」

三島由紀夫の短篇小説「彩絵硝子だみえがらす」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)について書く。 作家の文体が、年輪の堆積に伴って様々な変遷を遂げるのは当然の現象であり、そこには当人の精神的組成の変貌や、徐々に培われた世智の醗酵などが影響している。…

芸術と反俗 三島由紀夫「施餓鬼舟」

三島由紀夫の短篇小説「施餓鬼舟」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 芸術家とは一体如何なる生き物なのか、如何なる固有の実存的性質を伴っているのかという主題は、三島由紀夫の脳裡を終生去らずに苛み続けた難問であるように思われる。芸術と人…

「恐怖」の普遍的構造 三島由紀夫「復讐」

三島由紀夫の短篇小説「復讐」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫の文業には時折、何らかの「恐怖」を形象化する「怪談」の系譜に列なると思しき作品が登場する。私見では「花火」や「仲間」や「雛の宿」といった作品が、そうした範疇に…

Ecstasy and Nihilism 三島由紀夫「ラディゲの死」 3

三島由紀夫の短篇小説「ラディゲの死」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 少年の平静な目つきに、コクトオが見たものは、危機に抗はむかっている倨傲の影である。この目こそは青年たちがことごとく懐疑派になって、自暴自棄に陥っていた時代に、懐…

アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 5

古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 さて、幸福を最善のものと語る点ではおおよその合意が得られているようにみえるが、さらにここでは、より明確に幸福とは何であるかを語ることが求められてい…

アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 4

古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 同様のことが、善のイデアについてもあてはまる。というのも、もし[さまざまな善いものに対して]共通して述べることができる或るひとつの善があるとしても…

アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 3

古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 さて、以上述べてきた事柄にかんして、ひとつ異論があるだろう。というのも、[イデア論者の]諸説はありとあらゆる善について述べられたものではなく、それ…

アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 2

古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 「ニコマコス倫理学」の序盤には、アリストテレスによる師父プラトンへの批判的な言及が記されている。 ここでわれわれは、普遍としての善を考察し、それが…

アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 1

古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 プラトンの開創したアカデメイアで、概ね二十年に及ぶ学究としての研鑽の生活を送ったアリストテレスは、古来「万学の祖」と崇められ、西洋の思想や文化に決…

ショーペンハウアー「幸福について」に関する覚書 10

十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 申し分なく思慮深い生活を送り、自己の経験からそこにふくまれる教訓のすべてを引き出すためには、しばしば回想し、自己の体験・行動・経験…

Ecstasy and Nihilism 三島由紀夫「ラディゲの死」 2

引き続き、三島由紀夫の短篇小説「ラディゲの死」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫の作品において繰り返し言及され、強調される「行為」という概念は、単なる諸々の行動を包摂するものではなく、恐らくは「生命」と引き換えに敢行され…

Ecstasy and Nihilism 三島由紀夫「ラディゲの死」 1

三島由紀夫の短篇小説「ラディゲの死」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 フランスの夭逝した小説家レイモン・ラディゲに対する熱狂的な偏愛に、三島は随所で言及している。 そのうち、ちらほら翻訳物なども読むようになったが、中学三、四年のこ…

ショーペンハウアー「幸福について」に関する覚書 9

十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 楽観主義にうながされて、この真理を見誤ると、多くの不幸のもとになる。つまり苦悩がないと、その間じゅう、穏やかならぬ欲望のために、あ…