サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

読書ノート

魂の闇、肉体の光 三島由紀夫「火山の休暇」

三島由紀夫の短篇小説「火山の休暇」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。 「芸術」と「生活」との間に生じる乖離は、言い換えれば「認識」と「行為」との疎隔であり、矛盾である。この二元論的な図式は、プラトニックな意味での「実相」と「仮象」と…

「仮象」の舞台で、自在に踊れ 三島由紀夫「親切な機械」

三島由紀夫の短篇小説「親切な機械」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫の文業は「プラトニズム」と「ニヒリズム」の双極に向かって引き裂かれている。これが近頃、私の抱懐している未成熟な見解である。プラトニズムは、世界の背後に超…

封鎖された未来、彼岸への跳躍 三島由紀夫「頭文字」

三島由紀夫の短篇小説「頭文字」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。 この簡素な物語の構造は、直ちに読者の脳裡へ「春の雪」の有名な悲恋を甦らせるだろう。尤も、松枝清顕の綾倉聡子に対する屈折した恋情に比べれば、朝倉季信と千原渥子の関係は遥…

「超越」と「虚無」の相剋 中条省平「反=近代文学史」

引き続き、三島由紀夫に関する評論を渉猟している。今回は中条省平の『反=近代文学史』(中公文庫)に就いて書く。 中条氏は「三島由紀夫――〈外〉をめざす肉体」と題された本書の第七章において、三島由紀夫の文学に就いて論じている。 自己の不確かさに苦…

殉教者の欲望 澁澤龍彦「三島由紀夫おぼえがき」

引き続き、三島由紀夫に関する批評を渉猟している。今回は澁澤龍彦の『三島由紀夫おぼえがき』(中公文庫)に就いて書く。 大学時代に『偏愛的作家論』(河出文庫)を読んで目映い衝撃を受けて以来、私は澁澤龍彦を優れた批評家として敬愛してきた。彼の文章…

「理想」と「憂愁」の複合体 三浦雅士「距離の変容」

三島由紀夫に関する評論を書こうと思い立ち、それに伴って三島の作品のみならず、高名な論客による批評的な言及に就いても眼を通しておこうという考えの下に早速、三浦雅士の「距離の変容」(『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫)と題された三島論を読み…

「無垢」のフィルター、恩寵としての「情死」 三島由紀夫「岬にての物語」

三島由紀夫の短篇小説「岬にての物語」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。 幼い少年の視線を通じて描かれた、この悲劇的な情死の物語は、例えば晩年の傑作「憂国」のように、当事者である若い男女に焦点を合わせていない。専ら少年の眼に映る風景が…

「いつわりならぬ実在」への憧憬と恐懼 三島由紀夫「苧菟と瑪耶」

三島由紀夫の短篇小説「苧菟おっとおと瑪耶まや」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。 この作品は「花ざかりの森」同様、小説であるというよりは観念的な抒情詩に近い散文であり、尚且つ一個の作品として明確に離陸しているとは言い難い。一組の儚い…

サラダ坊主の推薦図書5選(三島由紀夫篇)

推薦人「サラダ坊主」の前口上 三島由紀夫の遺した夥しい数の小説を、今でも熱心に読み続けている人口がどれくらい存在するのか、その実数を審らかにする手段を私は持ち合わせていません。物故した作家としては例外的なほど、現在でも過半数の作品が現役の文…

プラトン「国家」に関する覚書 10

久々にプラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)の続きを読んでいる。 プラトンは「哲学的素質」の特権的な価値と優越に関して、世俗的な誤解を排除する為に懇切な弁明を繰り返し試みている。その弁明を支える動機の淵源に、刑死した師父ソクラテスの面影が鎮座…

「怪奇」の蒼白い影絵 三島由紀夫「仲間」

三島由紀夫の短篇小説「仲間」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 穏やかで柔らかい子供の眼差しを通じて語りながら、一抹の悪寒を読者の背筋へ忍び込ませる、この手慣れた粗描の掌編は、三島由紀夫という作家の技巧的な多様性を告げる簡素な証拠である。 …

絢爛たる美的本質への回帰 三島由紀夫「孔雀」

三島由紀夫の短篇小説「孔雀」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 作中で描かれる、美しいものを破壊しようとする奇態で危険な衝動は、即座に我々の記憶の裡に傑作「金閣寺」の面影を甦らせるだろう。 俗人の感情としては、美しいものは寧ろ厳密に保存され…

物語の「証人 / 承認」 三島由紀夫「三熊野詣」

三島由紀夫の短篇小説「三熊野詣みくまのもうで」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 この独特で排他的な師弟愛、非対称的な愛情の光景を描き出した小説は、息苦しい関係を精細に掘り出しながらも、稀な性質の抒情を全篇に森閑と湛えて、他所では得難い風味…

美の仮構 三島由紀夫「スタア」

三島由紀夫の短篇小説「スタア」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 この巧緻な佳品は『殉教』に収録された他の小説と同様に、三島的な主題が極めて鮮明な姿形で象嵌されている。「演劇的時間=日常的時間」及び「夭折=老醜」の対義的構図が、全篇を貫く主…

破滅の弔鐘を待ち侘びて 三島由紀夫「急停車」

三島由紀夫の短篇小説「急停車」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 先日感想文を認したためた「毒薬の社会的効用について」同様、この作品にもまた、作者である三島由紀夫の自画像が密かに織り込まれているように見える。戦時下に過ごした特異な青春期の記…

大衆の秘められた欲望の特質 三島由紀夫「毒薬の社会的効用について」

三島由紀夫の短篇小説「毒薬の社会的効用について」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 この聊か戯画的な筆致で綴られた奇態な小説は、作家自身の迂遠な履歴書、夥しい粉飾と暗喩に鎧われた皮肉な肖像画を想わせる一篇である。その核心には無論、表題に掲げ…

劇的なる「不幸」を志向せよ 三島由紀夫「獅子」

三島由紀夫の短篇小説「獅子」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 人間は一般に不幸を避け、幸福を探し求める動物であると信じられている。所謂「快楽原則」は、理性による適切な掣肘を享けた「現実原則」の形態に遷移したとしても、煎じ詰めれば快適な状況…

裁かれる天使、その透明な孤立 三島由紀夫「殉教」

三島由紀夫の短篇小説「殉教」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 特定のカリスマに率いられた邪悪な少年の一群によって行われる陰鬱な制裁を描いた三島の作品と言えば、直ちに有名な「午後の曳航」が思い浮かぶ。二等航海士の塚崎竜二が、洋上の英雄として…

Dionysusの破滅 三島由紀夫「軽皇子と衣通姫」

三島由紀夫の短篇小説「軽皇子かるのみこと衣通姫そとおりひめ」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 「古事記」や「日本書紀」に記録される「衣通姫」の伝説に想を得て綴られた、この荘重な文体の佳品は、恋愛に関する悲劇的なオブセッションを典雅な措辞の…

自己愛の小さな蹉跌 三島由紀夫「雨のなかの噴水」

三島由紀夫の短篇小説「雨のなかの噴水」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 このささやかな掌編は、三島の遺した夥しい作品の中では傍流に属するものであると言える。少なくとも彼が、自らの実存的核心に関わる問題と四つに組み合って劇しい格闘を演じ…

無責任な愛情の惨劇 バンジャマン・コンスタン「アドルフ」

フランス心理小説の最高峰の一つに挙げられるバンジャマン・コンスタンの『アドルフ』(光文社古典新訳文庫)を読了した。 男女の恋愛を巡って湧き起こる数多の諍いと悲劇を、複雑で稠密な心理的抗争として描き出した本作は、慄然とするほど陰惨な幕切れで、…

「天使」という実存的形式 三島由紀夫「葡萄パン」

三島由紀夫の短篇小説「葡萄パン」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫の作品の過半を貫く重要な主題は「認識」及び「行動」の間で繰り広げられる二元論的な相剋の図式として要約される。文学的出発の当初において、審美的認識の密室に閉じ籠…

不貞と絶望 レイモン・ラディゲ「ドルジェル伯の舞踏会」

レイモン・ラディゲの遺作『ドルジェル伯の舞踏会』(光文社古典新訳文庫)を読了した。 年上の女性との早熟で破滅的な不倫を描いた処女作「肉体の悪魔」と比べると、この作品は遥かに大柄で、貫禄のある小説に仕上がっている。日夜、煩瑣で華麗な社交に明け…

恋愛の残酷な側面 レイモン・ラディゲ「肉体の悪魔」

レイモン・ラディゲの『肉体の悪魔』(光文社古典新訳文庫)を読了したので、備忘の為に簡潔な感想を記しておきたい。 ラディゲの仮借無い筆法が描き出す不倫の恋は、少しも甘ったれた感傷が滲んでいない。無論、描き出される登場人物の行動や感情の裡には、…

「芸術」と「生活」のあわい / さかい 三島由紀夫「貴顕」

三島由紀夫の短篇小説「貴顕」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫は「作品」と「現実」との間に屹立する乗り超え難い隔壁の爆破を企図した作家である。その背景には、年来の課題であった「認識」と「行動」との二元論的対立の構図が控えてい…

機密と恐怖 三島由紀夫「花火」

三島由紀夫の短篇小説「花火」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この「花火」という小説は、所謂「怪談」の内幕を、脅かす側の楽屋から眺めるような造作になっている。尤も、この小説における「怪談」の被害者は必ずしも運輸大臣の岩崎だけに限られな…

「悲劇」の呼び声 三島由紀夫「真夏の死」

三島由紀夫の短篇小説「真夏の死」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この「真夏の死」という作品は、血腥い「死」と輝かしい「栄光」と激烈な「性愛」の三つの要素を緊密に結び付けた重要な短篇である「憂国」と並んで、三島由紀夫に特徴的なモチーフ…

「野心」と「幸福」の転轍 三島由紀夫「クロスワード・パズル」

三島由紀夫の短篇小説「クロスワード・パズル」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 ホテルマンという職業と「愛慾」との間には、俄かに切り離し難い緊密な関係が存在する。例えば「ホテルに行く」という表現の裡には、情熱的な愛慾の陰翳が含まれている…

日常の「彼岸」に憧れて 三島由紀夫「離宮の松」

三島由紀夫の短篇小説「離宮の松」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 退屈な日常への嫌悪、恐るべき倦怠への絶望的恐懼、これらの心理的現象は、如何にも三島由紀夫に相応しい主題である。延々と繰り返される単調な生活には、絢爛たる栄誉も残酷な悲劇…

「生成」と「実在」の協奏曲 三島由紀夫「金閣寺」

古代ギリシアの哲学者プラトンの書き遺した夥しい対話篇の数々を読んでから、改めて三島由紀夫の小説を断片的に読み返すと、様々な箇所に、プラトニズム的な認識の形態が挿入され、象嵌されていることに気付く。例えば「美しい星」に登場する円盤は、対話篇…