サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

読書ノート

機密と恐怖 三島由紀夫「花火」

三島由紀夫の短篇小説「花火」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この「花火」という小説は、所謂「怪談」の内幕を、脅かす側の楽屋から眺めるような造作になっている。尤も、この小説における「怪談」の被害者は必ずしも運輸大臣の岩崎だけに限られな…

「悲劇」の呼び声 三島由紀夫「真夏の死」

三島由紀夫の短篇小説「真夏の死」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この「真夏の死」という作品は、血腥い「死」と輝かしい「栄光」と激烈な「性愛」の三つの要素を緊密に結び付けた重要な短篇である「憂国」と並んで、三島由紀夫に特徴的なモチーフ…

「野心」と「幸福」の転轍 三島由紀夫「クロスワード・パズル」

三島由紀夫の短篇小説「クロスワード・パズル」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 ホテルマンという職業と「愛慾」との間には、俄かに切り離し難い緊密な関係が存在する。例えば「ホテルに行く」という表現の裡には、情熱的な愛慾の陰翳が含まれている…

日常の「彼岸」に憧れて 三島由紀夫「離宮の松」

三島由紀夫の短篇小説「離宮の松」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 退屈な日常への嫌悪、恐るべき倦怠への絶望的恐懼、これらの心理的現象は、如何にも三島由紀夫に相応しい主題である。延々と繰り返される単調な生活には、絢爛たる栄誉も残酷な悲劇…

「生成」と「実在」の協奏曲 三島由紀夫「金閣寺」

古代ギリシアの哲学者プラトンの書き遺した夥しい対話篇の数々を読んでから、改めて三島由紀夫の小説を断片的に読み返すと、様々な箇所に、プラトニズム的な認識の形態が挿入され、象嵌されていることに気付く。例えば「美しい星」に登場する円盤は、対話篇…

プラトン「国家」に関する覚書 9

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの強力な二元論的思考において、最も基礎的且つ重要な区分は「生成するもの」と「実在するもの」との峻別である。「生成するもの」は、我々の肉体的感覚を通じて把握される現象としての事物であ…

プラトン「国家」に関する覚書 8

再び、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」を読みながら、改めてつくづく思い知るのは、師父であるソクラテスの刑死が、プラトンの精神と思索に及ぼした影響の計り知れない大きさである。彼が「哲学者」の処遇に関して彼是と詳細な…

純潔なる戦時下の天使 三島由紀夫「翼」

三島由紀夫の短篇小説「翼」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この小説は透き通るような、抒情的な美しさに満ちている。通俗的な感傷と言えば確かにそうかも知れないが、この美しさには三島的な主題の片鱗が、蜉蝣の翅のように薄く繊弱に編み込まれて…

危機・栄光・誘惑 三島由紀夫「サーカス」

三島由紀夫の短篇小説「サーカス」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 所謂「見世物」に属する稼業は、観衆の欲望を刺激し、彼らの興奮に向かって想像的に同化することによって成立する。観衆が何を見たがっているのか、その欲望の内実を把握しなければ…

何故、誰かに「見られて」いなければならないのか? 三島由紀夫「春子」

過日、再びプラトンの『国家』(岩波文庫)の繙読に復帰すると宣言しておきながら、枯葉のように頼りない心は速やかに舳先の方角を改め、結局は三島由紀夫の短篇小説「春子」(『真夏の死』新潮文庫)に指先で触れてしまった。別に余人にとってはどうでもい…

プラトン「国家」に関する覚書 7

再び、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「理想」という概念は、プラトンの思索において極めて重要な意義と役割を帯びている。現実に存在する事物への全面的な充足だけで万事済むのならば、プラトンのように彼是と抽象的な思弁を弄する必…

危うく揺らぐ「少年期」の断層 三島由紀夫「煙草」

三島由紀夫の自選短篇集『真夏の死』(新潮文庫)の繙読に着手したので、先ず巻頭に収められている初期の短篇小説「煙草」に就いて感想を書き留めておきたいと思う。 三島にとって「少年期」という時代は、聊か感傷的な、特別な価値を有しているように見える…

青春・反抗・虚無 三島由紀夫「月」

三島由紀夫の短篇小説「月」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 青春とは何か、という聊か気恥ずかしい主題に就いて真面目に考えてみようと思っても、適切な言葉を紡ぎ出せるのかどうか心許ない。体制的な青春、反抗的な青春、従順な若者、頽…

美は「死」と「証人」を要求する 三島由紀夫「憂国」

三島由紀夫の短篇「憂国」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この「憂国」という短い小説は、極めて稠密で引き締まった端正な文体によって綴られた傑作であるというだけに留まらず、三島由紀夫という作家の人間性の最も中核的な部分を凝縮し…

戦後的倫理の諷刺 三島由紀夫「百万円煎餅」

三島由紀夫の短篇小説「百万円煎餅」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 貧しいが勤勉で堅実な若い夫婦の何気ない遣り取りを入念に写し取り、最後の二頁で意想外の皮肉な暗転を示す、この簡潔な「コント」(三島自身の表現)に、大仰な主題を…

典雅で精巧な「情念」の棋譜 三島由紀夫「女方」

三島由紀夫の短篇小説「女方」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この自選短篇集に収録された数多の作品の中で、余人は知らず、少なくとも私の個人的感受性にとっては、緊密な構成と巧緻な描写を併せ持つ「女方」は、実に出色の出来栄えであ…

技巧と本性 三島由紀夫「橋づくし」

三島由紀夫の「橋づくし」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 四人の女性が願掛けの為に、迷信的な禁則に従って七つの橋を渡ろうと試みる些細な物語に就いて、余り大仰なことを言い立てても無益な気がする。登場する女性たちの懐いている願い…

花ざかりの墓地 三島由紀夫「牡丹」

久々に三島由紀夫の『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に収録されている短篇小説に就いて書く。 「牡丹」は、実質七頁にも満たない実に簡素な造作の小説であるが、独特の不吉な感触を牧歌的な風景の表皮で覆った、印象的な作品である。官能と暴力は、三島の…

プラトン「国家」に関する覚書 6

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンは「哲学者」と「ソフィスト」との区別に関して執拗な厳格さを示している。彼の考えでは、ソフィストたちが切り売りする「知識」は、哲学者の追究する「真実在」に関する「知識」とは…

プラトン「国家」に関する覚書 5

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「本質」という概念に関する考察を深めて、その思索における役割や機能を明瞭に理解することは、プラトンの思想を適切に把握し、その成果を有意義に活用するに当たっては、非常に重要な作業で…

プラトン「国家」に関する覚書 4

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」の前半における中心的な主題が「正義」という概念の厳密な本質的規定に存することは、一連の議論の推移を徴する限り、明瞭な事実である。そして「理想的国家」の性質に関する厖大な論…

プラトン「国家」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの「理想的な国家」の形態や構造を巡る実験的な議論には、聊か疑義を呈したくなる側面が幾つも刻み込まれている。音楽や詩歌に関する堅苦しい道徳的抑圧、医療に関する優生学的…

プラトン「国家」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて覚書を認めておきたいと思います。 「正義」とは何かを問うことは、プラトンの思想的履歴において常に重要な地位を担い続けてきた主題であると言えます。同時に彼の哲学的探究における野心は、…

プラトン「国家」に関する覚書 1

ゴールデンウィークの繁忙期に追われ、その進捗は遅々としていますが、目下、プラトンの最高傑作の一つと謳われる『国家』(岩波文庫)を繙読しています。例によって、感想の断片を記しておきたいと思います。 未だ全体の半分も読み終えていない段階で、総括…

プラトン「パイドン」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの『パイドン』(岩波文庫)に関する覚書を認めておきます。 この対話篇における議論の主要な眼目は「霊魂の不滅」を証明することにあります。ソクラテスにおいては、哲学的探究は既成の価値観や信条の尤もらしい権威を解体し、いわば探究…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 3

引き続き、三島由紀夫の『金閣寺』(新潮文庫)に就いて書きます。 こういう少年は、たやすく想像されるように、二種類の相反した権力意志を抱くようになる。私は歴史における暴君の記述が好きであった。吃りで、無口な暴君で私があれば、家来どもは私の顔色…

プラトン「パイドン」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの対話篇『パイドン』(岩波文庫)に就いて感想の断片を記録しておきます。 「パイドン」という作品において、プラトンの思想は重要な飛躍を遂げています。少なくとも初期の対話篇において見られたソクラテス的な哲学の精神は、ピタゴラス…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 2

三島由紀夫の「金閣寺」は、昭和二十五年に発生した、若い寺僧による金閣寺放火事件に題材を求めて執筆された作品です。三島の遺した数多の作品の中でも特に著名で、国際的な評価も高い傑作であると看做されています。実際、その作品を実地に繙いてみれば分…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 1

私は一昨年の秋から今年の早春まで、ずっと三島由紀夫の小説ばかりを読む生活を送ってきました。それは結果的にそうなったということではなく、最初から意識的に樹立した計画に基づいていました。私は彼の小説の中では「金閣寺」に最も強く惹かれているので…

プラトン「パイドン」に関する覚書 1

プラトンの対話篇『パイドン』(岩波文庫)の繙読に着手したので、断片的な感想を記録しておきたいと思います。 プラトンの壮麗な思想の体系が、師父であるソクラテスの薫陶と、その不合理な刑死から受けた衝撃の裡に胚胎したことは揺るぎない事実であろうと…