サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

読書ノート

セネカ「生の短さについて」に関する読書メモ 5

セネカの『生の短さについて』(岩波文庫)を読了した。 二千年前の著述が未だに「生」の現実に対する有効性を失っていない。その厳然たる事実に私は驚嘆せざるを得なかった。セネカは古代ローマの激動の時代を生き抜いた有能な政治家であり、その生涯を苛み…

セネカ「生の短さについて」に関する読書メモ 4

引き続き、セネカの『生の短さについて』(岩波文庫)に就いて書く。 欲望は絶えず「欠如」の認識によって触発され、飢渇に導かれて亢進する。言い換えれば、享楽的な主体は常に自らの所有しない対象、不在の対象、欠如した対象に向かって認識の焦点を合わせ…

セネカ「生の短さについて」に関する読書メモ 3

引き続き、セネカの『生の短さについて』(岩波文庫)に就いて書く。 「忙殺」という無惨な悪徳が、自己の「生」の他者による簒奪或いは侵襲によって生じるのだとすれば、我々がそうした悪徳の齎す虚無の症候を免かれる為には、当然のことながら、この貴重な…

セネカ「生の短さについて」に関する読書メモ 2

引き続き、セネカの『生の短さについて』(岩波文庫)に就いて書く。 多くの人間が、生物学的な宿命たる「死」の到来の厳然たる絶対性に眼を塞いで生きている。日々、忙しさに追い立てられて暮らしていると、自分の「死」という約束された暗鬱な未来に想いを…

セネカ「生の短さについて」に関する読書メモ 1

最近は専らセネカの『生の短さについて』(岩波文庫)を読んでいる。丁寧で稠密な訳文を少しずつ咬み締めるように堪能している。勿論、私にはラテン語の原文を読解する能力など微塵もなく、従って訳文の適切性を原文に徴して確かめることなど不可能である。…

「生活」と「事件」の相剋 三島由紀夫「新聞紙」

引き続き、三島由紀夫の自選短篇集『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に就いて書く。 「新聞紙」(「しんぶんし」ではなく「しんぶんがみ」と読む)と題された短篇を読み終えたとき、その静謐な掉尾の修辞から、私は夏目漱石の「夢十夜」を連想した。 敏子…

「奇蹟」と「日常」の狭間で生きること 三島由紀夫「海と夕焼」

引き続き、三島由紀夫の自選短篇集『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に就いて書く。 「海と夕焼」と題された聊か抒情的な短篇は、作者自身が巻末の明晰な自註において述べている通り、三島にとって極めて重要な含意を帯びた観念である「奇蹟」を巡って構成…

「天使」としての詩人、或いは「実存」の拒否 三島由紀夫「詩を書く少年」

引き続き、三島由紀夫の自選短篇集「花ざかりの森・憂国」(新潮文庫)に就いて書く。 生まれたばかりの赤ん坊は、世界の宏大無辺であることを知らない。嬰児にとって他者は母親と父親に限られ、しかも自己と両親の境目は限りなく曖昧模糊としている。時間の…

自壊する論理とニヒリズム 三島由紀夫「卵」

引き続き、三島由紀夫の自選短篇集『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)を読んでいる。 「卵」と題された短篇は、三島由紀夫の遺した作品の中では、異彩を放つ部類に属していると言えるだろう。こういう表現が適切であるかどうか分からないが、明らかに「卵」…

硝子越しに眺められた慕情 三島由紀夫「遠乗会」

引き続き、三島由紀夫の自選短篇集である『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)を少しずつ繙読する日々を過ごしている。 戦後に執筆され公刊された「遠乗会」という短篇は、最初期の部類に属する「花ざかりの森」や「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日…

箴言の螺鈿 三島由紀夫「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」

引き続き、三島由紀夫の自選短篇集である『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)を繙読している。 「花ざかりの森」に加えて、三島の遺した作品の中では最初期の部類に属する、この「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」という奇怪な表題の小品…

観念と抒情の茫漠たる萌芽 三島由紀夫「花ざかりの森」

三島由紀夫の畢生の大作である「豊饒の海」全巻を読み終えたので、今は同じ作者の短篇集を渉猟することに時日を費やしている。目下、繙読しているのは『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に収められた小品たちである。 作者が十六歳の若さで書いた「花ざかり…

「明晰」の極限的形態 三島由紀夫「天人五衰」 3

三島由紀夫の『天人五衰』(新潮文庫)を読了したので、改めて感想の断片を認めておきたいと思う。 この「天人五衰」を以て掉尾を飾ることとなる厖大な「豊饒の海」の全篇は悉く、三島由紀夫という一人の異才の文豪が長年に亘って真摯な追究を重ねてきた、或…

「明晰」の極限的形態 三島由紀夫「天人五衰」 2

引き続き、三島由紀夫の『天人五衰』(新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫にとって「美しさ」という或る感性的な基準は、個人の実存の総体を統括する重要な規矩であり、至高の基準である。「美しさ」は、その他のあらゆる社会的な価値を超越する重要性を認…

「明晰」の極限的形態 三島由紀夫「天人五衰」 1

目下、三島由紀夫の『天人五衰』(新潮文庫)を繙読中である。 「春の雪」及び「奔馬」においては、情熱と行為との密接に絡み合った実存の形態に主要な焦点が宛がわれていた「豊饒の海」であるが、第三巻の「暁の寺」以降は徐々に主題が「認識=理智」の領域…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 8

三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)を読了したので、余り整理の行き届いた内容にならない自信があるものの、一応は節目として総括的な感想を綴っておきたいと思う。 「暁の寺」に限らず、この長大な「豊饒の海」という物語の中心には二条の対蹠的な光芒が底…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 7

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 隣室の妻が寝静まってから、かなりの時が経った。本多は書斎の灯火を消し、ゲスト・ルームの壁ぞいの書棚へ歩み寄った。何冊かの洋書をそっと抜き出し、床に重ねた。彼が自ら客観性の病気と名付…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 6

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 芸術作品とは、時間の或る断面図である。滔々と流れ続ける無限に等しい時間性の或る特定の瞬間を切り取り、凍結させ、その細緻な構造を余すところなく明瞭に抽出し晶化させること、それが芸術と…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 5

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 これは漠然たる感想に過ぎないのだが、三島の「理想」を象徴するのが「春の雪」における松枝清顕や「奔馬」における飯沼勲であるとしたら、三島の「現実」を象徴するのは「暁の寺」において一挙…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 4

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 長大な「豊饒の海」の物語の劈頭から登場する本多繁邦は、第一巻「春の雪」及び第二巻「奔馬」においては、飽く迄も脇役の位置を堅持して、主役に当たる松枝清顕と飯沼勲の苛烈で絢爛たる「夭折…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 3

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 作中に登場するドイツ文学者の今西という奇妙な男は、本多繁邦の別荘開きの祝宴に招かれ、客人たちの前で自身の抱懐する「性の千年王国ミレニアム」に就いて長広舌を揮う。「柘榴の国」と名付け…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 2

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 「豊饒の海」の第一巻から、常に物語の重要な証言者として登場し続けている本多繁邦は、戦時中の生活を「輪廻転生」の研究に充て、洋の東西を問わず、多種多様な文献を渉猟する。作中における「…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 1

目下、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)の繙読に着手している。繰った頁数は未だ序盤であるが、断片的な感想を撒き散らしておきたい。 「美しさ」とは何か、という問題に就いて答えを返すことは決して容易な所業ではない。「美しい」という内在的な感覚が…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 6

三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)を読了したので、総括的な文章を書き留めておこうと思う。 退屈で凡庸だが、小さな発見や些細な僥倖に満ちた静謐な日常の暮らし、というものへの素朴な憧れや慈しみと、完璧なまでに対極的な地点に立脚しているのが、三島由…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 5

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 「純粋」であることへの透明に磨き上げられた欲望、それは猥雑な事物の複雑な混淆として織り成されている我々の日常的な生活を蒸留することへの欲望だと言い換えて差し支えない。だが何故、勲はそ…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 4

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫という作家は、我々の存在を否が応でも取り囲み、腕尽くで捕縛して決して解放することのない「時間」という奇妙な形式、権力、原理の有する「腐蝕」の作用に就いて、根深い敵愾心を胸底…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 3

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 純粋とは、花のような観念、薄荷をよく利かした含嗽薬の味のような観念、やさしい母の胸にすがりつくような観念を、ただちに、血の観念、不正を薙ぎ倒す刀の観念、袈裟がけに斬り下げると同時に飛…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 2

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 「豊饒の海」の第一巻に当たる「春の雪」においては、主役である松枝清顕は未来を削除された情熱的な恋愛の裡に、無時間的な「永遠性」の観念を見出して計り知れない陶酔に溺れた。それは「結婚」…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 1

三島由紀夫の畢生の大作「豊饒の海」の第二巻に当たる『奔馬』(新潮文庫)の繙読に着手したので、感想の断片を書き散らしておきたいと思う。 三島由紀夫という作家の精神に内在する特異な価値観の形式を、仮に一言で要約するならば「生きることは堕落するこ…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 8

三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて、総括的な文章を纏めておきたいと思う。これで「春の雪」に関する考察は一区切りとなる予定である。 三島由紀夫の文学には幾つかの典型的な特徴が存在して、それが個々の作品の垣根を越えて一つの長大な系譜のよ…