サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

読書ノート

青春・反抗・虚無 三島由紀夫「月」

三島由紀夫の短篇小説「月」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 青春とは何か、という聊か気恥ずかしい主題に就いて真面目に考えてみようと思っても、適切な言葉を紡ぎ出せるのかどうか心許ない。体制的な青春、反抗的な青春、従順な若者、頽…

美は「死」と「証人」を要求する 三島由紀夫「憂国」

三島由紀夫の短篇「憂国」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この「憂国」という短い小説は、極めて稠密で引き締まった端正な文体によって綴られた傑作であるというだけに留まらず、三島由紀夫という作家の人間性の最も中核的な部分を凝縮し…

戦後的倫理の諷刺 三島由紀夫「百万円煎餅」

三島由紀夫の短篇小説「百万円煎餅」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 貧しいが勤勉で堅実な若い夫婦の何気ない遣り取りを入念に写し取り、最後の二頁で意想外の皮肉な暗転を示す、この簡潔な「コント」(三島自身の表現)に、大仰な主題を…

典雅で精巧な「情念」の棋譜 三島由紀夫「女方」

三島由紀夫の短篇小説「女方」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この自選短篇集に収録された数多の作品の中で、余人は知らず、少なくとも私の個人的感受性にとっては、緊密な構成と巧緻な描写を併せ持つ「女方」は、実に出色の出来栄えであ…

技巧と本性 三島由紀夫「橋づくし」

三島由紀夫の「橋づくし」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 四人の女性が願掛けの為に、迷信的な禁則に従って七つの橋を渡ろうと試みる些細な物語に就いて、余り大仰なことを言い立てても無益な気がする。登場する女性たちの懐いている願い…

花ざかりの墓地 三島由紀夫「牡丹」

久々に三島由紀夫の『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に収録されている短篇小説に就いて書く。 「牡丹」は、実質七頁にも満たない実に簡素な造作の小説であるが、独特の不吉な感触を牧歌的な風景の表皮で覆った、印象的な作品である。官能と暴力は、三島の…

プラトン「国家」に関する覚書 6

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンは「哲学者」と「ソフィスト」との区別に関して執拗な厳格さを示している。彼の考えでは、ソフィストたちが切り売りする「知識」は、哲学者の追究する「真実在」に関する「知識」とは…

プラトン「国家」に関する覚書 5

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「本質」という概念に関する考察を深めて、その思索における役割や機能を明瞭に理解することは、プラトンの思想を適切に把握し、その成果を有意義に活用するに当たっては、非常に重要な作業で…

プラトン「国家」に関する覚書 4

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」の前半における中心的な主題が「正義」という概念の厳密な本質的規定に存することは、一連の議論の推移を徴する限り、明瞭な事実である。そして「理想的国家」の性質に関する厖大な論…

プラトン「国家」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの「理想的な国家」の形態や構造を巡る実験的な議論には、聊か疑義を呈したくなる側面が幾つも刻み込まれている。音楽や詩歌に関する堅苦しい道徳的抑圧、医療に関する優生学的…

プラトン「国家」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて覚書を認めておきたいと思います。 「正義」とは何かを問うことは、プラトンの思想的履歴において常に重要な地位を担い続けてきた主題であると言えます。同時に彼の哲学的探究における野心は、…

プラトン「国家」に関する覚書 1

ゴールデンウィークの繁忙期に追われ、その進捗は遅々としていますが、目下、プラトンの最高傑作の一つと謳われる『国家』(岩波文庫)を繙読しています。例によって、感想の断片を記しておきたいと思います。 未だ全体の半分も読み終えていない段階で、総括…

プラトン「パイドン」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの『パイドン』(岩波文庫)に関する覚書を認めておきます。 この対話篇における議論の主要な眼目は「霊魂の不滅」を証明することにあります。ソクラテスにおいては、哲学的探究は既成の価値観や信条の尤もらしい権威を解体し、いわば探究…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 3

引き続き、三島由紀夫の『金閣寺』(新潮文庫)に就いて書きます。 こういう少年は、たやすく想像されるように、二種類の相反した権力意志を抱くようになる。私は歴史における暴君の記述が好きであった。吃りで、無口な暴君で私があれば、家来どもは私の顔色…

プラトン「パイドン」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの対話篇『パイドン』(岩波文庫)に就いて感想の断片を記録しておきます。 「パイドン」という作品において、プラトンの思想は重要な飛躍を遂げています。少なくとも初期の対話篇において見られたソクラテス的な哲学の精神は、ピタゴラス…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 2

三島由紀夫の「金閣寺」は、昭和二十五年に発生した、若い寺僧による金閣寺放火事件に題材を求めて執筆された作品です。三島の遺した数多の作品の中でも特に著名で、国際的な評価も高い傑作であると看做されています。実際、その作品を実地に繙いてみれば分…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 1

私は一昨年の秋から今年の早春まで、ずっと三島由紀夫の小説ばかりを読む生活を送ってきました。それは結果的にそうなったということではなく、最初から意識的に樹立した計画に基づいていました。私は彼の小説の中では「金閣寺」に最も強く惹かれているので…

プラトン「パイドン」に関する覚書 1

プラトンの対話篇『パイドン』(岩波文庫)の繙読に着手したので、断片的な感想を記録しておきたいと思います。 プラトンの壮麗な思想の体系が、師父であるソクラテスの薫陶と、その不合理な刑死から受けた衝撃の裡に胚胎したことは揺るぎない事実であろうと…

プラトン「饗宴」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの対話篇『饗宴』(光文社古典新訳文庫)に就いて書きます。 「饗宴」におけるソクラテスと、ディオティマという謎めいた女性との含蓄に富んだ対話には、かつて「メノン」において取り上げられた「探究のパラドックス」との深い関連性を思…

プラトン「饗宴」に関する覚書 1

目下、絶賛繙読中のプラトンの著名な対話篇『饗宴』(光文社古典新訳文庫)に就いて、断片的な感想を認めておきたいと思います。 この「饗宴」という対話篇は、プラトンの文業においては中期の部類に属する作品と考えられており、実際に初期の対話篇(このブ…

プラトン「ラケス」に関する覚書

プラトンの初期対話篇の部類に属する『ラケス』(講談社学術文庫)を読了したので、簡潔に感想を認めておきたいと思います。 プラトンの遺した数多の対話篇の中でも、その経歴の初期に綴られた幾つかの作品は、相互に類似した構成上の特徴を有しています。ソ…

プラトン「ゴルギアス」に関する覚書 3

享楽への根深い執着に依拠して生きる「ヘドニズム」(hedonism)との対決は、倫理学における重要な課題の一つである。ヘドニズムは「苦痛=欠乏」と「快楽=充足」との一体的な融合としての「欲望」に依存し、欲望の充足を通じて得られる刹那的な快楽の経験を…

プラトン「ゴルギアス」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの対話篇『ゴルギアス』(岩波文庫)に就いて書く。 欲望は、苦痛と快楽の綜合によって構成されている。欲望が、その充足の過程において快楽の感覚を経験する為には、前提として苦痛の感覚の介在が要請される。何らかの欠乏が事前に生じて…

プラトン「ゴルギアス」に関する覚書 1

プラトンの対話篇『ゴルギアス』(岩波文庫)に就いて、感想の断片を認めておく。 様々な話柄を取り扱って絶えず流動的に舳先の方角を転変させ続けることは、この「ゴルギアス」に限らず、プラトンの書き遺した数多の対話篇の総体に共通する原理的な特徴であ…

プラトン「メノン」に関する覚書 4

引き続き、プラトンの『メノン』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 メノンによって提示された「探究のパラドックス」を解決する為の処方箋として、ソクラテスは次のような考え方を表明する。 このように魂は不死であり、すでに何度も生まれてきており、…

プラトン「メノン」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの『メノン』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 この対話篇の中で、登場人物のメノンが提示し、ソクラテスが図式的に整理した「探究のパラドックス」に関して、断片的な思索を書き留めておこうと思う。 「人間には、知っていることも…

プラトン「メノン」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの『メノン』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 「プロタゴラス」や「メノン」といった初期の対話篇において、「美徳アレテー」という観念の正体に関して繰り広げられる果てしない問答は、明確で完結的な解答に辿り着かない。恐らくプ…

プラトン「メノン」に関する覚書 1

プラトンの対話篇『メノン』(光文社古典新訳文庫)を読了したので、感想の断片を記しておく。 「メノン」は「プロタゴラス」同様、人間の「美徳アレテー」を重要な主題に据えた作品である。そして「美徳」は教えられるものなのか、仮にそうであるならば、何…

プラトン「プロタゴラス」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの『プロタゴラス』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 悪徳という概念は、何故か自明の事柄のように我々の生活の周辺を飛び交っているように感じられるが、その精密な定義を取り出そうと試みれば、断片的な知見が氾濫して認識の混乱を…

プラトン「プロタゴラス」に関する覚書 1

古代ギリシアの哲学者であるプラトンの『ソクラテスの弁明』(光文社古典新訳文庫)を読了したので、今度は同じ著者の『プロタゴラス』(光文社古典新訳文庫)に着手した。 現代的な日本語に即した、平明な訳文をコンセプトに掲げる光文社古典新訳文庫の一冊…