サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

My Reading Record of “HARRY POTTER and the Chamber of Secrets”

 英語学習の一環として取り組んだ J.K.Rowling,HARRY POTTER and the Chamber of Secrets,London,2014 を読み終えたので、感想文を認める。

 数奇な出自を持つ少年ハリー・ポッターが、ホグワーツ魔法学校(Hogwarts School of Witchcraft and Wizardly)の生徒として様々な困難を乗り越え、成長していく姿を描き出す本作の第二巻は、周到に張り巡らされた巧緻な伏線の効果を存分に活かし、緊迫感に充ちた神秘的な構成を備えて、少年の苦闘と葛藤を明瞭に浮かび上がらせている。
 これは私の個人的感想に過ぎないが、一般には児童文学の範疇に括られると思われるハリー・ポッターの物語には、人間の心の陰湿な暗部に迫るような描写が不断に鏤められている。ダーズリー家の人々がハリーに加える諸々の冷淡な仕打ちは、現代の基準に照らせば児童虐待の水準に達していると言えるし、マルフォイ家の人々が示す露骨な選良意識、Muggle-bornの魔法使いに対する鮮明な差別感情は、危険な優生思想や民族浄化(その破滅的帰結は、様々な歴史的事件が実証し続けている)の観念と親和的である。作者はハリーに対して次々と困難な試練を投げ与え、勇気、機智、そして他者の援助によって、彼がそれらの障害を克服していく過程を入念に描いている。それらの障害は必ずしも子供向けに調整された手頃な艱難ではなく、たとえ大人であっても容易には克服し得ない多くの重大な課題を含んでいる。それは単純に、現実自体がそのような性質を備えているからである。地上のあらゆる困苦は、襲い掛かるべき相手の素性や年齢を問わない。悲惨な運命の標的は皮肉にも、あらゆる種類の差別を超越している。大人でさえ解決に手を焼く問題に巻き込まれる子供は、この世界に無数に存在している。
 公教育が普及している社会において、子供の生活の過半は、学校という特殊な領域を舞台に営まれる。そこに渦巻く感情や欲望の複雑な様相は、大人の社会に匹敵する厄介な性質を孕んでいる。例えば「スクールカースト」という表現の存在は、子供たちが「皆仲好く平等に」という道徳的理念と隔絶した世界に、実際には抛り込まれているという酷薄な事実を鮮明に示唆している。彼らは明確に「階級」の障壁を意識し、それゆえの優越感や劣等感と日夜交わっている。様々な指標によって比較され、偏見に晒され、優劣の序列を定められる生活に、子供たちは人生の早い段階で投げ込まれる。それが社会的経験というものだと、したり顔で言い放つのは容易い。しかし、渦中にある当事者の心理が、それほど簡明な諦観に辿り着いている事例は稀であろう。苦労を重ねた大人でも、聖者の境涯に達することは稀である。大人が仕事や家庭の問題で苦しむのと同様に、彼らもまた学校や家庭の問題に日々精神の磨耗を強いられている。そしてハリー・ポッターの物語は、魔法という非現実的な設定を援用しているものの、その筋書き自体は明らかに、子供たちの置かれている苛酷な社会的現実と照応しているのである。他者との軋轢に苦しみ、自分の力では解決し難い困難に直面して思い悩み、社会的正義と個人的信念との矛盾に引き裂かれながら、ハリーは智慧を絞り、勇気を発揮し、具体的な行動を通じて問題の解決に挑む。その姿は、生きることの模範的形態の一例を、機智と皮肉に充ちた文体を通じて提示していると言える。
 ハリー・ポッターの物語には、少年少女が抱え込む様々な困難の事例が隠喩的な表現を伴って象嵌されている。例えば、トム・リドルとジニー・ウィーズリーの「日記」を通じた交流の裡に見出される危険性は、例えば現代社会における喫緊の課題として認知されつつあるSNSの問題と、不吉な暗合を示しているように思われる。幼いジニーの苦悩に誠実な仮面を被って熱心に耳を傾け、徐々に信頼を勝ち取り、その紐帯を悪用して相手の心身と行動を支配しようとする手口は、近年告発の相次ぐ教師と生徒との不適切な関係(多くは性暴力を伴う)や、2017年に神奈川県座間市で起きた遺体損壊事件(自殺願望を有する女性とSNSを通じて交流を持ち、誘い出して殺害するという行為を繰り返したもの)を想起させる。子供たちの置かれている生活の環境は、大人たちのそれに負けず劣らず、種々の困難に苛まれているのである。そうした環境を生き延びる上で、知識と勇気は重要な武器となる。そして優れた文学は常に、我々の困難な生に関して、何らかの指針を示す。とはいえ、それは文学の役割が道徳的訓誡に尽きているという意味では全くない。文学は身も蓋もない現実の剔抉を通じて、暗示的な指針を仄めかすだけである。虚構を通じて未知の現実を経験すること、他人に憑依して他人の人生を味わうこと、それが延いては自分自身の困難な人生を乗り超える為の有益な助言となる。こうした観点から眺めれば、ハリー・ポッターの物語は決して荒唐無稽な絵空事ではなく、子供たちの生活と成長に対する重要な支援なのである。

Harry Potter and the Chamber of Secrets (Harry Potter 2)

Harry Potter and the Chamber of Secrets (Harry Potter 2)

  • 作者:Rowling, J.K.
  • 発売日: 2014/09/01
  • メディア: ペーパーバック