サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

サラダ坊主の幸福論 15 セネカ先生のストイシズム(七)

引き続き、古代ローマの賢者セネカ先生のストイックな幸福論に就いて私的な評釈を進める。 ある種の自由さをもって論じ始めたのだから、こうも言えよう、幸福な人とは、欲望も覚えず、恐れも抱かない人であるが、ただし理性の恩恵によってそうであるような人…

サラダ坊主の幸福論 14 セネカ先生のストイシズム(六)

引き続き、古代ローマの政治家であり偉大な哲人であったセネカ先生の幸福論を繙読し、私的な評釈を試みる。 敷衍した定義が望みなら、原義を何ら損なうことなく種々の様相をもたせて、また別様に言い換えることもできる。なぜなら、幸福な生とはこうだと言っ…

サラダ坊主の幸福論 13 セネカ先生のストイシズム(五)

引き続き、セネカ先生のストイックな幸福論に就いて探究を続ける。先生の幸福論は、古代ギリシア以来の伝統的な主知主義に根差し、自らの精神を生の支配者に任じて、外在的な事物に惑わされない堅牢な「自家発電」の境涯を形作ることに重きを置いている。あ…

サラダ坊主の幸福論 12 セネカ先生のストイシズム(四)

引き続き、古代ローマの高名な政治家であり、ストア派の優れた哲人でもあったセネカ先生の倫理学的知見に就いて検討を進める。 われわれは、外見が見栄えのするものではなく、純粋で、安定し、隠れて見えない部分ほど美しさを増す善きものを追求しよう。それ…

サラダ坊主の幸福論 11 セネカ先生のストイシズム(三)

引き続き、セネカ先生のストイックな御高説を拝聴し、自らの幸福論的探究の充実に役立てたいと思う。 私がここで言う「俗衆」には、花輪をかぶった連中も、ギリシア風の外套を着込んだ連中も含まれている。(幸福な生というものを考える際)私が目を向けるの…

サラダ坊主の幸福論 10 セネカ先生のストイシズム(二)

引き続き、古代ローマの政治家であり思想家であったセネカ先生のストイックな御高説に就いて私的な論究を進めていきたいと思う。 セネカ先生の倫理学的な省察において重要な位置を与えられているのは「理智」及び「自立」の二つの美徳である。これらの概念の…

サラダ坊主の幸福論 9 セネカ先生のストイシズム(一)

エピクロス先生の幸福論に就いて一通りの検討を卒えたので、今度は古代ローマの政治家であり思想家であったセネカ先生の御講義を拝聴したいと思う。 セネカ先生は一般にストア学派の哲学者に分類されるが、此処では敢て煩瑣な哲学史的問題に深入りする必要を…

サラダ坊主の幸福論 8 エピクロス先生の静謐な御意見(七)

引き続き、古代ギリシアの賢者エピクロス先生の幸福論に就いて検討を進める。生前から「享楽主義」(hedonism)の汚名を着せられ、著しい歴史的曲解に曝され続けてきた先生の倫理学的な知見が、実際にはヘドニズムの特徴である「絶えざる飢渇」への正統な処方…

サラダ坊主の幸福論 7 エピクロス先生の静謐な御意見(六)

引き続き、古代ギリシアの賢者エピクロス先生の幸福論に就いて検討を進める。既に前回までの記事で、私はエピクロス先生の幸福論と「快楽」に関する考え方が、過激で貪婪な「享楽主義」(hedonism)とは一線を画すものであることを確認し、強調した。先生が幸…

サラダ坊主の幸福論 6 エピクロス先生の静謐な御意見(五)

引き続き、古代ギリシアの賢者エピクロス先生の幸福論に就いて検討を行なう。 快は第一の生まれながらの善であるがゆえに、まさにこのゆえに、われわれは、どんな快でもかまわずに選ぶのではなく、かえってしばしば、その快からもっと多くのいやなことがわれ…

サラダ坊主の幸福論 5 エピクロス先生の静謐な御意見(四)

引き続き、エピクロス先生の此岸主義的な幸福論に就いて私的で地道な検討を進めたい。先生は「メノイケウス宛の手紙」の中で、人類の歴史とは切っても切れない不可分の関係にある「欲望」の種類に関して腑分けを試みておられる。 つぎに熟考せねばならないの…

Cahier(病床・幸福論・四歳児)

*先月末から十日余り、具合が悪くて仕事を休んでいた。インフルエンザの薬を貰って吸入しても高熱が下がらず、流行のコロナウイルスの件も頭の片隅を過り、地元の総合病院で念入りな検査を受けた。レントゲンとCTスキャンを撮っても肺炎像は見当たらず、…

サラダ坊主の幸福論 4 エピクロス先生の静謐な御意見(三)

引き続き、古代ギリシアの偉大なる賢者エピクロス先生の学説の検討に取り組む。 だが、多くの人々は、死を、あるときは、もろもろの悪いもののうちの最大なものとして忌避し、あるときはまた、この生における〈もろもろの悪いもの〉からの休息として〈むなし…

サラダ坊主の幸福論 3 エピクロス先生の静謐な御意見(二)

今回は古代ギリシアの哲学者、エピクロス先生の幸福論の内実に就いて、より具体的な検討を進めていきたい。 さて、わたしが君にたえず説き勧めてきたことを、それこそが美しく生きるための基本原理であると理解して、習いおこなうべきである。まず第一に、神…

サラダ坊主の幸福論 2 エピクロス先生の静謐な御意見(一)

先般「サラダ坊主の幸福論」と銘打って見切り発車で始めた続き物の企画であるが、端的に言って「幸福」とは実に多義的な概念である。それをどのような角度から、どのような趣旨で捉えようと考えているのかによって、当然のことながら「幸福」という言葉の定…

サラダ坊主の幸福論 1 開幕の口上

不図思うところがあり、今回から断続的に「サラダ坊主の幸福論」と銘打って、甚だ輪郭の曖昧な「幸福」という観念を主題に、古今東西の先賢の書物を渉猟し、特定の分野に固執することなく、成る可く横断的で柔軟な思索を積み重ねていこうと発起した。 思うと…

戦後的ニヒリズムの肖像 三島由紀夫「魔群の通過」

三島由紀夫の短篇小説「魔群の通過」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 この作品に登場する人々は何れも癖の強い、奇態な性質の持ち主ばかりである。主役に当たる伊原を除いて、彼らは何れも敗戦による社会の激変によって著しい没落を強いられたと…

「政治」への冷笑 三島由紀夫「大臣」

三島由紀夫の短篇小説「大臣」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 この小説は、所謂「政界の内幕」を活写した体裁の作品である。尤も、作者は国家の政策に関する具体的な持論を述べたり、現行の政権に対する批難や嘲罵を露わに示したりする為に、こ…

色欲と懲罰 三島由紀夫「山羊の首」

三島由紀夫の短篇小説「山羊の首」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 この作品の主題であり、全篇を束ねる寓意の焦点でもある「山羊の首」の反復的な登場は、太宰治の虚無的な短篇小説「トカトントン」を多くの読者に想起させるのではないだろうか…

納富信留「ソフィストとは誰か?」に関する覚書 2

納富信留の『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫)に就いて書く。 「哲学者」という独特の観念は、師父ソクラテスの特権的な聖別を企図したプラトンによって、数多のソフィストたちの思想的範型の渾沌たる集合から、精密な論理的検証を通じて析出された…

納富信留「ソフィストとは誰か?」に関する覚書 1

納富信留の『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫)に就いて書く。 古代ギリシアの哲学者プラトンに関して、日本を代表する高名な研究者である納富氏が、本書において展開している古代哲学史に就いての緻密な考究の方針は、柄谷行人氏が『哲学の起源』(…

地上の愛慾に身を焦がして 三島由紀夫「みのもの月」

三島由紀夫の短篇小説「みのもの月」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 表題の「みのもの月」とは漢字で書けば「水面之月」であり、要するに水面に映じた不安定に揺らぐ月影を意味している。劈頭に掲げられた「往生要集」からの引用が示唆するよう…

「夭折」の再演 三島由紀夫「朝の純愛」

三島由紀夫の短篇小説「朝の純愛」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 昭和期の戦後文学を代表する多才な文豪であった三島由紀夫の業績を要約して、要するに彼の取り扱った最も重要な主題は「アンチエイジング」(anti-aging)であったと断定したら、何を下ら…

近親姦と死者 三島由紀夫「雛の宿」

三島由紀夫の短篇小説「雛の宿」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この簡素な作品には、歴然たる霊異の彩色が盛られており、官能と禍々しさの入り混じった情景の数々は、単純な怪談とも割り切れない独特の風味を備えている。女子の成長を祈念する桃の節句…

Cahier(総てが「物語」であるのならば)

*まるで定期的な衝動が迫り上がるように、難解な古代ギリシア思想の断簡や後世の概説を啄む日々から離脱し、懐かしい風景に巡り逢うように、三島由紀夫の短篇小説を読み漁る生活に復帰している。 哲学は専ら純然たる理窟の伽藍であるように思われがちだが、…

退屈な幸福と、ロマネスクな不幸 三島由紀夫「鴛鴦」

三島由紀夫の短篇小説「鴛鴦」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 一般に「鴛鴦」とは仲の睦まじい夫婦や恋人の比喩に用いられる言葉である。その比喩に相応しく、この作品に登場する久一と五百子のカップルは頗る気の合う二人で、無難で保守的な処世訓の信…

「訓誡」に化身した宗教的愛慾 三島由紀夫「侍童」

三島由紀夫の短篇小説「侍童」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 年長者が教育や訓誡を建前として年少者を寵愛する風習は、例えば古代ギリシアにおける「少年愛」(paiderastia)などの豊富な歴史的事例を備えている。この「侍童」における伊佐子と久の迂遠…

「媚態」のニヒリズム 三島由紀夫「恋重荷」

三島由紀夫の短篇小説「恋重荷こいのおもに」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この作品を一つの簡素なラベルで要約するとすれば、恐らく「三角関係の話」ということになるだろう。尤も、この短い小説の裡に詰め込まれた幾つかの場面には、一般に「三角関…

紺碧の誘惑 三島由紀夫「蝶々」

三島由紀夫の短篇小説「蝶々」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この作品で扱われる主題もまた、「女神」という短篇の集成に収められている他の小説と同様に、或る男女の恋愛の様相であるが、極限まで切り詰められた簡素な略画のように見える「白鳥」や「…

「肉慾」の蔑視 三島由紀夫「哲学」

三島由紀夫の短篇小説「哲学」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 古今東西を問わず、人間関係の苦悩というものは地上に途絶えたことがなく、況してや複雑な欲望の混淆する性愛の紐帯に就いては、多くの人間が様々な形態の煩悶や悲劇に苦しめられ、場合によ…