サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

青春・反抗・虚無 三島由紀夫「月」

三島由紀夫の短篇小説「月」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 青春とは何か、という聊か気恥ずかしい主題に就いて真面目に考えてみようと思っても、適切な言葉を紡ぎ出せるのかどうか心許ない。体制的な青春、反抗的な青春、従順な若者、頽…

Cahier(記憶する愛情)

*例えばピアニストは素人と比べて、眼前に並ぶ黒白の鍵盤の組み合わせが、どれだけ多様な音律と響きを作り出せるかということに就いて、豊富な実践的知識を泉のように蓄えている。彼らは素人と比べて遥かに多くの深甚な理解を、ピアノという楽器に関して、…

美は「死」と「証人」を要求する 三島由紀夫「憂国」

三島由紀夫の短篇「憂国」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この「憂国」という短い小説は、極めて稠密で引き締まった端正な文体によって綴られた傑作であるというだけに留まらず、三島由紀夫という作家の人間性の最も中核的な部分を凝縮し…

戦後的倫理の諷刺 三島由紀夫「百万円煎餅」

三島由紀夫の短篇小説「百万円煎餅」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 貧しいが勤勉で堅実な若い夫婦の何気ない遣り取りを入念に写し取り、最後の二頁で意想外の皮肉な暗転を示す、この簡潔な「コント」(三島自身の表現)に、大仰な主題を…

典雅で精巧な「情念」の棋譜 三島由紀夫「女方」

三島由紀夫の短篇小説「女方」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この自選短篇集に収録された数多の作品の中で、余人は知らず、少なくとも私の個人的感受性にとっては、緊密な構成と巧緻な描写を併せ持つ「女方」は、実に出色の出来栄えであ…

Cahier(愛されることを願う生き物)

*「愛する」という言葉の定義は何時も抽象的で茫漠としていて、余りに雑多な行為や感情がその一語の裡に詰め込まれていて、偶に思い出したようにその正体を探ってみようにも、途方に暮れるのがお決まりの結末だ。 休日に掃除機を掛けながら、携帯にイヤホン…

技巧と本性 三島由紀夫「橋づくし」

三島由紀夫の「橋づくし」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 四人の女性が願掛けの為に、迷信的な禁則に従って七つの橋を渡ろうと試みる些細な物語に就いて、余り大仰なことを言い立てても無益な気がする。登場する女性たちの懐いている願い…

花ざかりの墓地 三島由紀夫「牡丹」

久々に三島由紀夫の『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に収録されている短篇小説に就いて書く。 「牡丹」は、実質七頁にも満たない実に簡素な造作の小説であるが、独特の不吉な感触を牧歌的な風景の表皮で覆った、印象的な作品である。官能と暴力は、三島の…

Cahier(プラトンと「愛情」或いは「寛容」の問題)

*ここ数箇月、古代ギリシアの哲学者であり西洋思想の開祖にも位置付けられるプラトンの対話篇ばかりを読み続けてきて、知らぬ間に憤懣が溜まっていることに気付いた。 プラトンの思想は本質主義的な性質を持ち、究極的には「正義」を重んじて、人間を一定の…

Cahier(常に「此処」から始まる)

*人間は色々の先験的要件に規定されて人生を始める。誰も自分の意志で生まれるときや場所を選ぶことは出来ない。血筋も門地も性別も家産も、肌や瞳の色も、時代や国籍も任意に選択することは出来ない。出生は購買でも消費でもなく、ただ受動的に配給される…

Cahier(運命を嘲笑せよ)

*決定論の思想は、物事を因果律に基づいて如何にも鮮やかに綺麗に整序する。そうやって物事を遠く彼方の淵源から順番に連鎖させ、原因によって結果は必然的に決定されると看做す。それを別の言葉に置き換えれば「運命による支配」ということになる訳で、世…

Cahier(最善を尽くせ)

*纏まらない頭の中身を垂れ流すようにキーボードを打つ。 合理的な精神は、無理や無駄を嫌う。効率の悪いことを蛇蝎の如く忌み嫌う。最初から総て正解が見えていればいいのにと、不合理な現実の厄介な性質に歯咬みする。成程、最初から正解が分かっているこ…

プラトン「国家」に関する覚書 6

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンは「哲学者」と「ソフィスト」との区別に関して執拗な厳格さを示している。彼の考えでは、ソフィストたちが切り売りする「知識」は、哲学者の追究する「真実在」に関する「知識」とは…

シーソーと糾える縄

我ながら、顧みれば迷ってばかりの人生で、今でも日々迷妄の種は尽きず、生きることの正解が何なのか分からず、右へ左へ彷徨するような生活を送っている。だから、達観した人生の名人のような境涯に落ち着いて、艶やかな木製のパイプでも燻らせながら、遠い…

プラトン「国家」に関する覚書 5

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「本質」という概念に関する考察を深めて、その思索における役割や機能を明瞭に理解することは、プラトンの思想を適切に把握し、その成果を有意義に活用するに当たっては、非常に重要な作業で…

プラトン「国家」に関する覚書 4

引き続き、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」の前半における中心的な主題が「正義」という概念の厳密な本質的規定に存することは、一連の議論の推移を徴する限り、明瞭な事実である。そして「理想的国家」の性質に関する厖大な論…

プラトン「国家」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの「理想的な国家」の形態や構造を巡る実験的な議論には、聊か疑義を呈したくなる側面が幾つも刻み込まれている。音楽や詩歌に関する堅苦しい道徳的抑圧、医療に関する優生学的…

対話篇「実務と教養」

甲:世の中には「実務的な知識」とそうでない知識が存在するという議論に関して、君はどういう見解を持っているかね? 乙:所謂「実学志向」の話かね? 仕事の役に立たない知識を大学で教えることに関して、主に経済界から批判的な視線が突き刺さっていると…

対話篇「具象と抽象」

甲:先日、君と「抽象」と「具象」に就いて議論したのを覚えているかい? 乙:覚えているよ。今年最初のアイスコーヒーを飲んだ日だ。印象深いね。 甲:あの話題に就いて、あれから徒然に考え込んでいたんだよ。なかなか重要な問題じゃないかと思ってね。君…

対話篇「関係化の技法」

甲:今回は、先達て君と議論したときに我々の間で合意に至った問題に就いて、もう少し敷衍して考えることは出来ないかと思っているんだ。 乙:具体的には、どういう話だい? あの「知識」と「実践」とを巡る煩瑣な議論の続きをやりたいという意味かね? 君も…

対話篇「知識と実践」

甲:君は先日、私が書いた文章に就いて何か反論があるらしいね。私はその文章の中で、知性の役割を「知識」と「実践」とを結び付けるものだと説いた。そして「実践」が如何に重要であるかということを強調しようと努めた。それが君の癇に障ったのかね? 乙:…

プラトン「国家」に関する覚書 2

引き続き、プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて覚書を認めておきたいと思います。 「正義」とは何かを問うことは、プラトンの思想的履歴において常に重要な地位を担い続けてきた主題であると言えます。同時に彼の哲学的探究における野心は、…

意志の力

人間に備わった広義の「ホメオスタシス」(homeostasis)の機能は、驚くべき力を備えていて、如何なる環境にも自身の存在を適応させる強靭な威力を秘めています。 我々は半ば自動的に、眼前のあらゆる環境に適応してしまいます。適応しなければ、自己の存在を…

「挑戦」に就いて

最近、仕事や私生活を通じて重要な主題として考えているのは「挑戦」という概念です。 「挑戦」という言葉は文字通り「戦いを挑む」という意味を含んでおり、その内部には、眼前の現実に甘んじて充足したり適応したりすることへの「抵抗」という語義が潜在し…

プラトン「国家」に関する覚書 1

ゴールデンウィークの繁忙期に追われ、その進捗は遅々としていますが、目下、プラトンの最高傑作の一つと謳われる『国家』(岩波文庫)を繙読しています。例によって、感想の断片を記しておきたいと思います。 未だ全体の半分も読み終えていない段階で、総括…

プラトニズムの特性に就いて

最近ずっと、古代ギリシアの哲学者プラトンの著作を少しずつ繙読する日々を過ごしています。仕事や雑事の合間に切れ切れに読むので、その進捗は余り順調ではありませんが、読書の過程で徐々に滲み出てきた個人的な思考の切れ端を、ここに書き記しておきたい…

「人間」のアレテーに就いて

私は外国語の知識や技能を一切持ち合わせていません。極めて初歩的な英文を漠然と読解し得るくらいの知識しかありません。つまり、ほぼ皆無だということです。 現代における平均的な日本人にとっては最も馴染み深い外国語である英語に関してさえ、そのような…

「人間的成長」の原理に関する考察

「成長」という言葉は日常の会話において広範に用いられ、誰もが馴染み深い単語として受け止めているように思われます。そして「成長」という言葉は概ね、肯定的な意義を含んだ善性の概念を指し示すものであると看做されています。 「成長」という概念の最も…

プラトン「パイドン」に関する覚書 3

引き続き、プラトンの『パイドン』(岩波文庫)に関する覚書を認めておきます。 この対話篇における議論の主要な眼目は「霊魂の不滅」を証明することにあります。ソクラテスにおいては、哲学的探究は既成の価値観や信条の尤もらしい権威を解体し、いわば探究…

焼亡する「美」のイデア 三島由紀夫とプラトニズム 3

引き続き、三島由紀夫の『金閣寺』(新潮文庫)に就いて書きます。 こういう少年は、たやすく想像されるように、二種類の相反した権力意志を抱くようになる。私は歴史における暴君の記述が好きであった。吃りで、無口な暴君で私があれば、家来どもは私の顔色…