サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 1

昨秋から延々と取り組み続けている個人的な計画、即ち三島由紀夫の主要な作品を悉く読破して自分なりの感想を纏め、見知らぬ赤の他人が振り翳したり口走ったりする「三島文学」への評価から切り離された場所で、手作りの個人的な知見を築き上げるという抽象…

死と官能の結託 三島由紀夫「音楽」 2

三島由紀夫の『音楽』(新潮文庫)を読了したので感想文を書き綴る。 性的欲望は、単なる神経的な快楽を味わう為だけの純然たる物理的な営為ではなく、そこには様々な浮薄な観念が頑固な皮脂のように纏いついているものである。性的欲望、或いは端的に「エロ…

死と官能の結託 三島由紀夫「音楽」 1

三島由紀夫の『絹と明察』(新潮文庫)を読了したので、現在は同じ作者の『音楽』(新潮文庫)を読んでいる。 或る精神分析医の手記という体裁を取り、一人称の話法で綴られたこの小説において、最も重要な役回りを演じる弓川麗子という女性に就いての描写を…

無意識の偽善者 三島由紀夫「絹と明察」 3

引き続き、三島由紀夫の『絹と明察』(新潮文庫)に就いて書く。 血栓性の脳軟化症に犯されて病床の生活を始めた駒沢善次郎は、大槻との対決を通じて危うく揺らぎかけた持ち前の「慈愛」と「善意」の論理を辛うじて守り抜き、或る澄明な境涯へ到達することと…

無意識の偽善者 三島由紀夫「絹と明察」 2

引き続き、三島由紀夫の『絹と明察』(新潮文庫)に就いて書く。 その返信は、よしんば長い時間を経ても、必ず届く。これはかなり神秘的なことだが、駒沢は自分が善意を施している相手方の反応を、あんまり当然なものと信じていたので、詳しく検証して見るこ…

無意識の偽善者 三島由紀夫「絹と明察」 1

三島由紀夫の『午後の曳航』(新潮文庫)の再読を卒えたので、今は同じ作者の『絹と明察』(新潮文庫)という小説を読んでいる。 滋賀県彦根市に本拠を置く近江絹絲紡績という会社の労働争議(この会社は、今も商号を改めて事業を継続しているそうだ)を題材…

「少年性」の原理に基づく断罪 三島由紀夫「午後の曳航」再読 2

引き続き、三島由紀夫の『午後の曳航』(新潮文庫)に就いて書く。 今朝彼らは弁当を持って、神奈川区の山内埠頭まで出かけ、倉庫裏の引込線のあたりをぶらついて、いつものとおりの会議をひらき、人間の無用性や、生きることの全くの無意味などについて討議…

「少年性」の原理に基づく断罪 三島由紀夫「午後の曳航」再読 1

目下、三島由紀夫の『午後の曳航』(新潮文庫)を再読している最中である。未だ通読していないが、覚書を認めておこうと思う。 「午後の曳航」という小説は二部構成の作品であり、第一部の「夏」と第二部の「冬」との間には、明瞭な対照性が賦与されている。…

虚無と諧謔 三島由紀夫「美しい星」

三島由紀夫の『美しい星』(新潮文庫)を読了したので、拙い感想を書き留めておく。 死の臭気と濃密な官能の織り成す厳粛で陰惨な悲劇を描き出すことに長けた三島の文学的経歴の中で、荒唐無稽の絵空事の代表とも目される「宇宙人」や「空飛ぶ円盤」の登場す…

ニヒリズムと青春の終わり

世の中には「アイデンティティ・クライシス」(identity crisis)という言葉がある。主には思春期から青年期に至る期間に、つまり子供から大人へと変容していく過程において生じる心理的な不安定化や危機のことを指す概念であるらしい。似たような用語として「…

Cahier(弔事・歯車・遺された者たち)

*九月の一日に岳父が心臓を病んで急逝し、瞬く間に通夜と葬儀が営まれ、遽しい日々を過ごした。漸く人心地がついたところだが、妻の方は未だ相続の手続きやら四十九日の法要の仕度やらに追われて日々忙しく追い立てられている最中である。 結婚式ならば一年…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 7

引き続き、三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)に就いて書く。 ⑥「他者」の価値観に擬態するニヒリストの肖像 オカルティズムの深淵から感性的な現実の世界へ帰還した山形夏雄は、自分が陥っていた虚無の荒寥たる領域の消息に就いて語りながら、次のように…

小説「月影」 3

小学校に上がる少し前から、燈里は夜中に起き出して夢遊病者の如き症状を呈することが多くなった。当時、子供の寝室に充てていた居間の隣の和室から、不自然な物音が漏れてくる。何事かと思って身を硬くすると、瞼の開いていない燈里が寝乱れた黒髪を複雑に…

小説「月影」 2

大切なものの価値や有難味や尊さを、人は失ってから初めて悟ると世間は口を酸っぱくして哀しげに、憂鬱な表情で何度も言い募る。如何にも言い古されて手垢に塗れた言葉だが、実際問題、それは揺るぎない真理であろう。燈里が普通に私の手の届く範囲で成長し…

「サラダ坊主日記」開設三周年記念の辞

過日、八月二十五日を以て、私の運営する「サラダ坊主日記」は開設三周年の節目を迎えた。 石の上にも三年、仕事を始めたばかりの若者が上司や先輩から「先ずは三年頑張れよ」としたり顔で言われる、あの伝説的な「三年」が経過した次第である。二十九歳の夏…

小説「月影」 1

人から、どういう娘さんでしたかと訊かれる度に、私の唇は堪え難い重圧のために素気なく閉ざされてしまう。そうした現象に抗おうと試みても、鋼鉄の城門のように、或いは濠を渡る頑丈な跳ね橋が敵襲を察して遽しく引き揚げられるように、私の唇は半ば自動的…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 6

引き続き、三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)に就いて書く。 ⑤「醜悪な現実」とオカルティズム 感性的な「美」の範型に従属し、芸術家として「時間的法則」を免かれた世界で無秩序と遊戯の日々に暮らしてきた夏雄の平穏な境涯は、徐々に「人間的関心」に…

愛慾と殺意の共同体 三島由紀夫「獣の戯れ」

三島由紀夫の『獣の戯れ』(新潮文庫)を読み終えた。 この小説には「愛の渇き」や「美徳のよろめき」に通じる背徳的な愛慾の気配が色濃く漂っている。特に深刻な浮気性の夫に独占欲を懐きながら容易に満たされずにいる孤独な草門優子の姿は「愛の渇き」の悦…

Cahier(七十三回目の終戦記念日・追憶と風化・八月十五日の焔のような夏の光り)

*今日は七十三回目の終戦記念日であるという。毎年八月十五日が終戦記念日であることは知っている。私の父方の実家は広島にあり、亡くなった祖母は原爆が光るのを自分の肉眼で目撃したと言っていた。 テレビでは全国戦没者追悼式の映像が幾度も断片的に流れ…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 5

引き続き、三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)に就いて書く。 ④「美」の超越的な範型、或いは審美的ニヒリズム この世界の事象に如何なる意義も価値も認めないことが、ニヒリズムと呼ばれる精神的情況の特質であるとするならば、新進気鋭の芸術家として登…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 4

引き続き、三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)に就いて書く。 ③「自然」と「実相」に基づくニヒリズムの超越的性質 あらゆる他者の存在を「鏡」のように扱い、己の外面的な価値を確かめることで内在的な虚無に抵抗する舟木収のナルシシズムは、高利貸を営…

サラダ坊主風土記 「盛岡・小岩井」 其の五

そのホテルの二階には露天風呂を含めた大浴場があり、その周辺が「おまつり広場」と称する空間になっている。夜に限って、祭りを模した射的やスーパーボール掬いなどの出店が並び、イベントスペースではビンゴ大会や和太鼓の演奏などが行なわれるのである。 …

サラダ坊主風土記 「盛岡・小岩井」 其の四

小岩井農場の涼しい喫茶店で軽食を済ませた後は、土産物売り場を見物して幾つか日持ちのする菓子を購い、腕時計の文字盤に急かされるように正門を出て、待合室で路線バスの到着を待った。予定よりも一本早い、盛岡駅まで直行する便である。 行きの便はマイク…

サラダ坊主風土記 「盛岡・小岩井」 其の三

盛岡旅行の二日目は、小岩井農場へ遊びに行く計画であった。朝の九時に盛岡駅の東口を発車する路線バスに搭乗せねばならない。早起きしてホテルでビュッフェ形式の凡庸な朝食を摂り、チェックアウトの手続きを済ませて、晴れ渡った午前の街並へ繰り出す。 バ…

理想と現実、論理と情熱、厖大なる「空虚」 三島由紀夫「宴のあと」

未だ「鏡子の家」に関する感想文を書き終えていないのだが、三島由紀夫の『宴のあと』(新潮文庫)を読了したので、記憶が褪せる前に記録を遺しておきたいと思う。 日本における「プライヴァシーの侵害」という法律的闘争の先駆的な事例という枕詞が何時でも…

サラダ坊主風土記 「盛岡・小岩井」 其の二

岩手銀行の旧本店は、中津川に架かる中の橋の畔にあり、盛岡城跡公園の対角に位置している。それほど巨大な建物ではない。東京駅の丸の内を連想させる赤煉瓦の造作である。 路上の劇しい暑さから逃れるように、我々は薄暗い館内へ入り、入場券を買い求めた。…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 3

引き続き、三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)に就いて書く。 ②稀薄な「自己」とナルシシズムの原理 稀有の美貌に恵まれながら、一向に売れる見込みのない役者稼業を営んでいる舟木収は、自己の稀薄な実在感に絶えず悩まされている。 「それから……」 と又…

サラダ坊主風土記 「盛岡・小岩井」 其の一

過日、妻子を伴って二泊三日の岩手旅行へ出掛けて来た。その備忘録を認めておく。 私にとって岩手県は未踏の地である。そもそも東北地方に余り縁がなく、昨年の夏に訪れた仙台も、初めて足を踏み入れた場所であった。旅先の選定に際して、未踏の地であるとい…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 2

引き続き、三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)に就いて書く。 ニヒリスティックな認識、つまり世界には如何なる意味も価値も存在しないという認識は、予め定められた社会的=歴史的枠組みの内部に従属して生きる人々へ加えられた残酷な痛撃であると同時に…

ニヒリズムの多様な範型 三島由紀夫「鏡子の家」 1

三島由紀夫の『鏡子の家』(新潮文庫)を読了したので、感想を書き留めておく。 三島が数多く遺した長篇小説の内でも大部の範疇に属する「鏡子の家」は、同時代の批評家や読者から冷遇された失敗作として語られることが多い。けれども、私自身の感想としては…