サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

破滅の弔鐘を待ち侘びて 三島由紀夫「急停車」

三島由紀夫の短篇小説「急停車」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 先日感想文を認したためた「毒薬の社会的効用について」同様、この作品にもまた、作者である三島由紀夫の自画像が密かに織り込まれているように見える。戦時下に過ごした特異な青春期の記…

大衆の秘められた欲望の特質 三島由紀夫「毒薬の社会的効用について」

三島由紀夫の短篇小説「毒薬の社会的効用について」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 この聊か戯画的な筆致で綴られた奇態な小説は、作家自身の迂遠な履歴書、夥しい粉飾と暗喩に鎧われた皮肉な肖像画を想わせる一篇である。その核心には無論、表題に掲げ…

劇的なる「不幸」を志向せよ 三島由紀夫「獅子」

三島由紀夫の短篇小説「獅子」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 人間は一般に不幸を避け、幸福を探し求める動物であると信じられている。所謂「快楽原則」は、理性による適切な掣肘を享けた「現実原則」の形態に遷移したとしても、煎じ詰めれば快適な状況…

裁かれる天使、その透明な孤立 三島由紀夫「殉教」

三島由紀夫の短篇小説「殉教」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 特定のカリスマに率いられた邪悪な少年の一群によって行われる陰鬱な制裁を描いた三島の作品と言えば、直ちに有名な「午後の曳航」が思い浮かぶ。二等航海士の塚崎竜二が、洋上の英雄として…

Dionysusの破滅 三島由紀夫「軽皇子と衣通姫」

三島由紀夫の短篇小説「軽皇子かるのみこと衣通姫そとおりひめ」(『殉教』新潮文庫)に就いて書く。 「古事記」や「日本書紀」に記録される「衣通姫」の伝説に想を得て綴られた、この荘重な文体の佳品は、恋愛に関する悲劇的なオブセッションを典雅な措辞の…

自己愛の小さな蹉跌 三島由紀夫「雨のなかの噴水」

三島由紀夫の短篇小説「雨のなかの噴水」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 このささやかな掌編は、三島の遺した夥しい作品の中では傍流に属するものであると言える。少なくとも彼が、自らの実存的核心に関わる問題と四つに組み合って劇しい格闘を演じ…

無責任な愛情の惨劇 バンジャマン・コンスタン「アドルフ」

フランス心理小説の最高峰の一つに挙げられるバンジャマン・コンスタンの『アドルフ』(光文社古典新訳文庫)を読了した。 男女の恋愛を巡って湧き起こる数多の諍いと悲劇を、複雑で稠密な心理的抗争として描き出した本作は、慄然とするほど陰惨な幕切れで、…

Cahier(批評家の仕事)

*過日、たまたま青空文庫で夏目漱石の「作物の批評」という古めかしい文章を読んだ。 漱石の文章は今から百年前に綴られたもので、しかも英文学と漢籍の分厚い素養がベースになっているから、現代の平均的日本人の眼には、如何にも堅苦しく難解な措辞のよう…

「天使」という実存的形式 三島由紀夫「葡萄パン」

三島由紀夫の短篇小説「葡萄パン」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫の作品の過半を貫く重要な主題は「認識」及び「行動」の間で繰り広げられる二元論的な相剋の図式として要約される。文学的出発の当初において、審美的認識の密室に閉じ籠…

Cahier(恋情の力学・論客の実存)

*引き続き、バンジャマン・コンスタンの高名な恋愛小説『アドルフ』(光文社古典新訳文庫)を読んでいる。恋心という感情の力学的な構造を鮮明に描き出すコンスタンの筆致は、性急なほどに簡明で合理的である。この作品に備わった、身も蓋もない冷徹な大人…

詩作 「祝詞」

今日は はじまりの一日 あふれる光とながれる風のなかで 空は透き通るように青く眩しい 私たちはこの場所に誓いのことばを刻みます 祈りが天に届くように 願いが世界を動かすように 今日は はじまりの一日 遠い日のあらゆる過ちを押し流して 優しい夢の揺籃…

詩作 「WORKING BLUES」

夜明け前に目覚めて 暗い商店街を駆けぬけ 始発の電車に飛び乗る ぼやけた視界に手を伸ばして 無意識に着替えたら くたびれたライブティーシャツだったけど気にしない どうせ今日も一日仕事 朝から晩まで東京駅のあなぐらで いらっしゃいませいらっしゃいま…

詩作 「はじまりの歌」

長い間 暗がりをさまよっていた どんな光も滲んで見えた 私たちの衰えた情熱 私たちの老いさらばえた理性 長い時間が過ぎていったあとの 沙漠で私たちは はじまりの合図を待っていた 何の? 自ら踏み締める一歩の深さ そこからはじめる以外に方法はないのに …

詩作 「日向へ」

光の射す場所へ 手をつないで走ろう 息を切らして 夢を見るように 僕たちは光の射す場所へ急ぐ 苦い日々が カレンダーを端から端まで染めている さあ つないだ手を強く握り返そう ここは生きるには暗く寒すぎる だから 新しい世界へ飛び立つんだ 終わりを迎…

詩作 「手当たり次第」

手を伸ばして 当たるを幸い 女を口説く そんなあいつに 君は見蕩れるのか 金歯がいくつもはまった虫歯野郎だ 相手にするだけ時間の無駄さ キスする度に腐臭がするぜ だけど君は聞いちゃいない 走り出したら止まらないんだ そういうものだからしょうがない 好…

詩作 「はぐれる」

闇が来る前に いろいろと蓋をする 覗き込まれないように 人間は醜く その空洞は 覗き込めば腐臭が匂う 古びた記憶をさぐりあうのはやめておこう 聖域に触れた指は 毒を浴びたように黒く枯れる 封蝋が乾いて 開けてはならない扉を隠す 光のあふれる街角に こ…

詩作 「声が嗄れるまで」

伸び上がった背中に 指先でそっと触れた 振り返る前に 慌てて考える言い訳 どんな答えも一枚めくれば 言い訳と劣情に濡れている なんだよと向けられた瞳に 水たまりが映っている気がした あふれんばかりの 哀しみが鏤められた水たまり あなたは遠くへ 靴音も…

詩作 「金木犀」

静かに壊れていくものの 息づかい わたしたちに許された いくつかのみじかい祈り 大きな声で 嘆く天使 その痩せた肩胛骨 自分の姿を 鏡に映して 小さく笑った まるで現実のように 閉鎖された空間で わたしたちに認められた乏しい権利 切なげに微笑む夕暮れの…

詩作 「シルエット」

孤独な明け方の光 暁の街で 夜から脱け出した黒猫の影 天球儀の奥底で 二人は巡り逢いました なにかの間違いのように 触れ合った袖口 宿命という言葉を 古びた辞書から拾い上げる 黒革の財布から 美しい新札をとりだして 窓口へ出したら 役所の人は静かに首…

詩作 「桜貝」

海辺に 夢のかけらが 落ちていた 記憶の哀しいピースのように 私たちの暮らしの すみずみに転がっている 煮え切らない想いのように 春が来ても この海の冷え切った水面は融けない そのとき彼女はつぶやいた 私の愛した人は 冬が過ぎてもまだ帰らない あれか…

詩作 「冒頭」

風のなかで誰かが歌っていた 春の嵐が 都会の鉄道網をぞんぶんに掻き乱した ハレー彗星がもうすぐ地球に届く 総武線各駅停車は今 亀戸駅を発車したばかりです 強がって結局は 相手のなさけを欲しがっているだけ 理窟で割り切れるものを 拾い集める でも欲し…

詩作 「音を立てないでください」

無音の階段を夕陽が斜めにさえぎる 憂鬱な日には 憂鬱な長雨が降り 私たちを揺さぶる やがて 世界は暗色の外套を翻すだろう 静かに唇を重ねたときの 小さな 濡れた音 静寂が水晶のように劇しくふるえるので 私たちは舌を絡められない 音が立つから あなたと…

詩作 「ふたり暮らし」

空は青く晴れている 青葉が風に揺れている 遠い道を歩いてきた あなたの笑顔が 細胞のなかに折り畳まれている 通いなれた駅までの道を 二人で歩き始める 季節が変わり 風は柔らかく吹き寄せる あなたの苗字を 表札に加えよう ふたりで暮らすこと 真昼のあふ…

詩作 「うわべ」

うわべを重んじないのは愚か者です 人間は表面で出来ています だから皆 スキンケアにあれほど必死なんでしょう 潤んだ瞳が 誠実な言葉を簡単に踏み越える夜だってあるでしょう その睫毛も眉毛も芸術的に加工されていますよね 表面は大切です テレビなんて表…

詩作 「船出」

纜が静かにほどかれる 知らぬ間に 東の空の縁を 白く染めていく今日のひかり 船の帆がもうすぐ風をとらえる 貴方の心をとらえるように 世界はずっと暗い静寂のなかで 時を数えるばかりで 私たちはいつもこうして 冷え切った夜の揺籃に抱かれて 息を殺すよう…

詩作 「愛じゃない」

子曰く 愛に非ず 心の継ぎ目の淋しさを モルタルにて埋めんと欲す 子曰く 愛に非ず 性の快楽の欠乏を 能う限り低予算にて満たさんと欲す 子曰く 愛に非ず 金銭の不足に伴う諸々の不満を 他力にて解消せんと欲す 仁義礼智忠信孝悌 人が求めるものの核心は愛 …

詩作 「すれちがい」

その言葉には 多彩な意味が織り込まれている プラスマイナス 刻一刻と入れ替わるオセロのような磁石 睦み合う二人のあいだで 徐々に腐蝕していく絆のことを すれちがいと呼ぶこともある 忌まわしい呪文のように 別れ話の終止符に添えられる言葉 すれちがいが…

詩作 「師走哀歌」

透明な暮らしのなかで 札束を計えるように 過ぎた時間を秤にのせる 身を切るような年の瀬の風が 私の魂に蓋をかぶせる 着信はもう待たない メールを待ち侘びるのも止めた なぜならそれは 愛することとは無関係だから 焦がれるように想うことは 愛することと…

詩作 「INFINITE」

声が嗄れていた 言葉にならない感情が 次から次へと 押し寄せるので 波打ち際に立つ二人の背中は揺らいでいる 陽炎のなかで果てていく恋心の 粗末な墓標 もう一度愛しあいたい だけど愛するという言葉の定義は保留のままで 幸せになれるか分からない だって…

詩作 「台風一過」

劇しいスコールのような 一夜の嵐のあとで 朝方の駅へ向かう道は 晴れた空におおわれていた あらゆるものが 洗いたてのような美しさで 輝いている 僕はその朝 駅で君に会った 久しぶりに会った 久しぶりだったので驚いた 雨は明け方に止んだらしい 荒ぶる風…