詩作 「音を立てないでください」
無音の階段を夕陽が斜めにさえぎる
憂鬱な日には 憂鬱な長雨が降り
私たちを揺さぶる
やがて
世界は暗色の外套を翻すだろう
静かに唇を重ねたときの
小さな
濡れた音
静寂が水晶のように劇しくふるえるので
私たちは舌を絡められない
音が立つから
あなたと過ごした三日間は
天気図の上の分厚い雲と重なっていた
ゆうべ電車のなかで
あなたは古い小説の結末について話していた
橙色の信号がいくつも
窓のそとを幻のように通り過ぎる
測りがたい心の深さ
その湖のような瞳の奥に
私は
つたない言葉で語りかける
愛という言葉の定義を
見失ってすでに久しい
夜は沼地のように街を囲んでいる
あなたの長いまつげ
あなたの
閉ざされたくちびる