サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

純潔なる戦時下の天使 三島由紀夫「翼」

三島由紀夫の短篇小説「翼」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 この小説は透き通るような、抒情的な美しさに満ちている。通俗的な感傷と言えば確かにそうかも知れないが、この美しさには三島的な主題の片鱗が、蜉蝣の翅のように薄く繊弱に編み込まれて…

Cahier(未知なる誘惑者)

*人間の知的な好奇心は何によって煽られ、駆り立てられるのだろうか? 言い換えれば、我々の存在と精神を知的好奇心の情熱が刺し貫くとき、一体何が、そのような興奮を浮揚させているのだろうか? 何かを知りたいと熱烈に願うとき、我々が期待している「邂…

Cahier(批評家の欲望)

*また益体もないことを徒然に考えている。批評という営為が、何を欲望しているのか、という普遍性を欠いた設問が、脳裡を掠めたのである。 例えば性愛に就いて考えてみる。我々は愛する者から愛されたいという至極当然の感情と期待を有する。逆に言えば、愛…

危機・栄光・誘惑 三島由紀夫「サーカス」

三島由紀夫の短篇小説「サーカス」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。 所謂「見世物」に属する稼業は、観衆の欲望を刺激し、彼らの興奮に向かって想像的に同化することによって成立する。観衆が何を見たがっているのか、その欲望の内実を把握しなければ…

何故、誰かに「見られて」いなければならないのか? 三島由紀夫「春子」

過日、再びプラトンの『国家』(岩波文庫)の繙読に復帰すると宣言しておきながら、枯葉のように頼りない心は速やかに舳先の方角を改め、結局は三島由紀夫の短篇小説「春子」(『真夏の死』新潮文庫)に指先で触れてしまった。別に余人にとってはどうでもい…

プラトン「国家」に関する覚書 7

再び、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「理想」という概念は、プラトンの思索において極めて重要な意義と役割を帯びている。現実に存在する事物への全面的な充足だけで万事済むのならば、プラトンのように彼是と抽象的な思弁を弄する必…

Cahier(「明晰」と「迂回」)

*五月の末から、プラトンの対話篇の繙読を一時休止して、再び三島由紀夫の短篇を渉猟する旅路に赴いていたのだが、俄かに気が変わった。 先刻夕食を終えて、居間の壁際に置いてある新しい書棚に並べておいた、ドイツの哲学者カントの『啓蒙とは何か』(岩波…

危うく揺らぐ「少年期」の断層 三島由紀夫「煙草」

三島由紀夫の自選短篇集『真夏の死』(新潮文庫)の繙読に着手したので、先ず巻頭に収められている初期の短篇小説「煙草」に就いて感想を書き留めておきたいと思う。 三島にとって「少年期」という時代は、聊か感傷的な、特別な価値を有しているように見える…

Cahier(「共感」から「理解」へ)

*何かを「理解する」ということが、具体的に如何なる状況を指すのか、明晰に定義するのは容易ではない。だが、厳密な定義を下さずとも、漠然たる認識の輪郭の間を軽業師の綱渡りのように突き進んで、とりあえず思考を積み重ねていくことは出来る。厳格な定…

青春・反抗・虚無 三島由紀夫「月」

三島由紀夫の短篇小説「月」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 青春とは何か、という聊か気恥ずかしい主題に就いて真面目に考えてみようと思っても、適切な言葉を紡ぎ出せるのかどうか心許ない。体制的な青春、反抗的な青春、従順な若者、頽…

Cahier(記憶する愛情)

*例えばピアニストは素人と比べて、眼前に並ぶ黒白の鍵盤の組み合わせが、どれだけ多様な音律と響きを作り出せるかということに就いて、豊富な実践的知識を泉のように蓄えている。彼らは素人と比べて遥かに多くの深甚な理解を、ピアノという楽器に関して、…

美は「死」と「証人」を要求する 三島由紀夫「憂国」

三島由紀夫の短篇「憂国」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この「憂国」という短い小説は、極めて稠密で引き締まった端正な文体によって綴られた傑作であるというだけに留まらず、三島由紀夫という作家の人間性の最も中核的な部分を凝縮し…

戦後的倫理の諷刺 三島由紀夫「百万円煎餅」

三島由紀夫の短篇小説「百万円煎餅」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 貧しいが勤勉で堅実な若い夫婦の何気ない遣り取りを入念に写し取り、最後の二頁で意想外の皮肉な暗転を示す、この簡潔な「コント」(三島自身の表現)に、大仰な主題を…

典雅で精巧な「情念」の棋譜 三島由紀夫「女方」

三島由紀夫の短篇小説「女方」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 この自選短篇集に収録された数多の作品の中で、余人は知らず、少なくとも私の個人的感受性にとっては、緊密な構成と巧緻な描写を併せ持つ「女方」は、実に出色の出来栄えであ…

Cahier(愛されることを願う生き物)

*「愛する」という言葉の定義は何時も抽象的で茫漠としていて、余りに雑多な行為や感情がその一語の裡に詰め込まれていて、偶に思い出したようにその正体を探ってみようにも、途方に暮れるのがお決まりの結末だ。 休日に掃除機を掛けながら、携帯にイヤホン…

技巧と本性 三島由紀夫「橋づくし」

三島由紀夫の「橋づくし」(『花ざかりの森・憂国』新潮文庫)に就いて書く。 四人の女性が願掛けの為に、迷信的な禁則に従って七つの橋を渡ろうと試みる些細な物語に就いて、余り大仰なことを言い立てても無益な気がする。登場する女性たちの懐いている願い…